第115話 城ヶ崎河合3
城ヶ崎が綾道ニセと出会ったのは小学校二年生の頃だ。
――あなたって、お姫様みたいに可愛らしい人ね。
他人との距離がうまく取れず、当時も友達がいなかった城ヶ崎にはじめて声をかけてくれたのが彼女だった。
うっすらと赤みがかった髪色に、誰とでも仲良くなれそうな快活な声。
人形のように大人しかった城ヶ崎とは正反対の、太陽のように眩しい少女に「友達になりましょ」と声をかけられた瞬間、天使が舞い降りたかのように鼻息荒く興奮したのを覚えている。
けど、最初の関係はすぐに壊れてしまった。
――綾ちゃん。あの子つまんないから話すのやめなよ。
――あの子ね、ママがね、ばっかりでつまんないもん。
他の子に陰口を叩かれてるのを耳にしてしまい、気がつくと自分から距離を取ってしまい。
本当は友達が欲しいのに、また上手くいかなかった……と、ぼんやり遠くを見ていたある日――母に言われたのだ。
「あなたの誠意が足りないのよ」と。
人は、人と話し合うことで仲良くなれる。
あなたはきちんと、彼女と真正面からお話しした?
友達になりたい、仲良くしたい、って……伝えたかしら? と。
「河合。この件は私が改めて、向こうのお母様に”お話し”しておきます。……でも、子供は子供同士きちんと向き合わなくてはいけませんよ」
そう母に諭され、勇気を出して学校に向かった翌日……
気づけば、城ヶ崎は彼女達に囲まれていた。
ごめんね、姫ちゃん。私達が間違ってた。
姫ちゃんは大切なお友達だから、これからも仲良くしてね――にこやかに声をかけられ、城ヶ崎は、世界はこんなに容易く変わるんだと心の底から打ち震えた。
言葉があれば。想いがあれば、人は仲良く出来る。
お金なんか関係ない。うまく喋れるかどうかも関係ない。
相手をきちんと見据え、メッセージを誠実に伝えることさえできれば、世界中の人間とも仲良くなれる、それが城ヶ崎の信条であり信念。
だったはず、なのに。
「ほら、姫ちゃんいこ? どうしたの?」
「っ……」
目の前で笑うかつての親友が、信用できない。
お金の問題じゃない、真心の問題だと、いつもいつも言い聞かされてきたはずなのに――
「どうしたの? ね、友達のお願いなんだよ? もしかしてお金ないとか?」
「…………え、と」
「大丈夫だってほら、カードとかスマホ決済とかあるでしょ? ちょちょっと暗証番号入れちゃえばいいだけだからさ、お願い! 持つべきものは友達だよ、ほんと最近困っててさあ、ね? ね、姫ちゃん?」
赤髪の友達が、私に笑う。
おかしい。友達のお誘いなのに。
大切な、お友達のお誘いなのに。
後ろの金髪からも「ねえねえ」とせかされてるのに、城ヶ崎の世界がぐらりときしむ。
「えと……あ、れ……?」
視界が歪む。
違う。何かが違う。……私の居るべき世界は、こんな歪んだ場所じゃない。間違っている。誤っている。
世界がこんなに汚いはずはない。私の知る世界はもっと、金や恐怖、欲望や恐怖なんて存在しない、美しいお花畑のような世界で――
けれど現実は。
彼女が求めているのは、友達ではない。……お金だ。
それ位、バカな城ヶ崎だって理解出来る。理解、したくない。
視界がうっすらと暗くなる。
心が溺れる。私が、壊れる。
イヤだ。イヤだ。誰か。誰か――お願いします。私を。私を、助けて……
ぐらついたその背を、トン、と、誰かに支えられる。
振り返れば――
「……え」
眼鏡をかけたモンスターの”友達”が、そっと城ヶ崎の背中を支え。
正面に立つ三人組の”友達だったはずのもの”を睨んでいた。
「すみません。この子、私の友達なんですけど……何か用ですか?」
「ん? あなた誰?」
「学校のクラスメイトで、友達です」
「んー……姫ちゃんさあ、良くないと思うなあ。こんな地味で貧乏くさそうな子と友達してるの? それより私達と遊んだ方が楽しいよ?」
ねえと迫られ、けれど城ヶ崎は――おかしなことに。
反射的に――あれほど恐れていた綺羅星のほうへ、身を引いた。
理由はわからない。
背中にいるのは、ただのJKでなく般若なのに。
けど。
少なくとも……
後ろの鬼は見えるけど、正面の人の皮を被った鬼は、正体を隠している……そんな気がして。
「すみません。私の友達、怖がってるみたいなんで、遠慮してもらえませんか?」
「んー。ごめんね? 私もいますっごく困っててさ、そういう訳にいかないんだよねー。ね、姫ちゃん?」
「っ……」
震えた城ヶ崎に変わり、綺羅星が彼女を守る騎士のように前に出る。
綾ちゃんが、ふぅん? と唇をつり上げた。
「お姫様を守る騎士様、ってわけ? 格好いいけど、いいのかな。ね、そういえばあなた、ダンジョンとか好き? 好きよね、ショップにわざわざ来るぐらいだし」
「……まあ、ちょっとは」
「良かった。じゃあさ、ここで話し合うと目立っちゃうし、いかない? ダンジョン」
同じ女子高生同士、たっぷり話し合いましょう。……ね?
綾ちゃんがニマニマと笑い、後ろの二人組も歪に笑うなか――ふと城ヶ崎は思い出す。
そういえば綾ちゃん、小学六年生のくらいの頃から、ダンジョン系の武道に入ってたはず……
「綺羅星さん、待ってください。彼女……綾ちゃんは小学校の頃からダンジョンで鍛えてて、確か武道を……」
「そうなの? ふーん」
綺羅星がじっと綾ちゃんを、三人組を舐めるように見定め、
「よっわ……小学校からやっててこの程度なんだ、ふーん……」
「うん? いま、なんて言ったのかな? 聞き間違いかなぁ、貧乏なお嬢ちゃん」
「あ、ごめんなさいつい本音が。私、最近ガマンが利かなくなって、自分でも反省してるんですけどつい」
ごめんね、本当のこと言って傷つけてしまって。
真実を陳列してしまい大変申し訳ありませんでした、と慇懃無礼に頭を下げ、サラリーマンのように謝罪してるフリをする綺羅星に――
綾ちゃんがキレた。
「あんたさ……あたしのこと、舐めてるでしょ」
「そんなことは。舐めるっていうのは格下相手に使う言葉で、あなたは舐めるほどもないので」
「……近くにあるし、寄ってかない?」
どこを、なんて聞くまでもない。
綺羅星も淡々と、「構いませんけど」と頷き、当然のように城ヶ崎を連れながらお店を後にする。
ああ。ああ。どうしよう。
分からない。
城ヶ崎にはもう何も分からない。彼女の知る”友達”の世界は、こんな殺伐としたものではないはずなのに。
そう思いながら、城ヶ崎は綺羅星と綾ちゃん共々、S級ダンジョン”凪の平原”へと足を踏み入れ――
「や、やべっ、ごめ、ゆ、許し、ゆるぢてぐだざいいいっ――おね、おねが……わ、わだぢが悪かったですうううっ」
「え、もうですか? ダメですよこれくらいで音を上げてちゃ。本番はこれからなんですから。ね? ほら、頑張れ♪ 頑張れっ♪」
鈍い殴打音が、人気のないダンジョン中層に響き渡る。
友達だったものの顔が変形し、城ヶ崎の前でみるみる醜い姿に変わっていく。
「ひ、ひいいっ……な、何こいつ、頭おかし――」
「もうっ、もうちょっと抵抗しないとダメじゃないですか。今のままじゃ即落ち二コマの女って笑われますよ? それとも、ホントは虐められるの好きなんですか? そうなんですね? 自分から餌撒いて振ってくるくらいだものね、なら最初から言ってくれれば良かったのに」
「あ、あ……っ」
「じゃ、とりあえずお洋服、脱ごっか」
「ひっ……」
「嫌? ならここで死ぬ? どっちがいい?」
「……………………」
「は~い、よくできました。お洋服が破れちゃうと、それはそれで疑わしい証拠になっちゃうからね? でも身体のほうはいくら傷つけても魔力ダメージにしかならないし、レコーダーがなければ証拠も残りません。また一つ賢くなりましたねぇ、えらいえらい。――じゃあ次は、逆らっちゃいけない相手についてしっかり身体でお勉強しましょうねぇ」
「ひっ……も、許し、ぶべっ」
そして再び響く殴打音。
綺羅星善子はあまりにも凶悪であり猟奇的であり、そして――圧倒的なまでに、卑劣だった。




