第114話 城ヶ崎河合2
影一との面談を終え、友達である綺羅星とともに足を運んだ武器屋『ヤマモトダンジョナーズ福岡』にて――
私は何をしているんだろう、と、城ヶ崎はぼんやりと困惑していた。
店内は、中規模程度の電気屋といった風だろうか。
並ぶのは武器防具のみならず、回復ポーションや攻撃アイテム、配信用カメラに加え、ダンジョン用宿泊グッズに調理グッズ――従来のダンジョンでは満たせない需要を取り込み、拡大の一途をたどっているらしい。
地下に至っては、ダンジョンで入手した食材を用いたレストランや専用スーパーもあるのだとか。
知らない世界が広がっている……これも、政府の方針……?
不思議に思いつつ、城ヶ崎はそっと並ぶ綺羅星を窺う。
彼女は武器屋コーナーに入るなり慣れた様子で槍を掴んだり、剣を軽く振ったりしている。
今日のテーマは外見らしく、たまにそれっぽいポーズを取っているけど……
どうにも、似合わない。
城ヶ崎の脳裏にはあの、瞳を血走らせながら獰猛に笑い、殴りかかり切り刻む彼女の姿しか――
「城ヶ崎さん。これどう思います?」
「っ……」
「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。ただ質問してるだけですし」
委員長らしく、うっかり丁寧語が混じる彼女だが……決して逆らってはいけないことは、もう、本能として植え付けられている。
人間の皮を被った怪物。猛獣。
城ヶ崎に出来る事は、ただ、彼女の内に眠る獣を刺激しないことだけ……。
恐怖にじわじわと心を侵食されるなか、綺羅星が「うーん」と手にした魔法剣を棚に戻す。
「格好いいけど、やっぱり先生や破光さんの言うとおりなんですよね。しっくり来ない」
「そう……なんですか?」
「うん。うまく言えないんだけど、違うな、って本能が匂いを嗅ぎ取っちゃうっていうか……」
残念そうに溜息をつく様子は、どう見てもダンジョン世代にいる普通の女子高生。
お似合いの武器を買いたい、デコりたいというのは年頃のJKなら割と持つ悩みらしいけど……
と、魔法剣に後ろ髪を引かれるらしい綺羅星に、城ヶ崎は合いの手を挟み、
「その……出しましょうか。お金……」
「あ、ううん。自分の武器ですし、必要のないものを買ってインベントリの容量を無駄に使いたくないので」
「でも、お金は私に払わせると……」
「あの時はそう言ったけど、私、言うほど奢ってもらう気もないんですよね」
綺羅星がそこで、優雅に笑い――
「あなたとの格付けは、もう、済んだから」
「っ」
「なのに無理強いするのも、格好悪いかなって。ね?」
犬歯を輝かせさ微笑を浮かべる綺羅星に、身体が強ばる。
恐怖の鎖が心を縛り、萎縮するのをみて満足げに微笑む、綺羅星。
「そこまで怯えなくても大丈夫ですよ。逆らわなければ、ね。……あ、すこし席を外しますね? お手洗いに。それから、ご飯にしましょう?」
「っ……か、畏まりました」
「ふふ。もちろん、ご飯も割り勘でいいから」
綺羅星がすっと姿を消し――
城ヶ崎は僅かに緊張をとくも……身震いが収まらない。
今朝も悪夢に魘され、飛び起きた。
馬乗りにされマウントを取られ、チェーンソーをがなりたてながら笑顔を浮かべる彼女の幻に、心臓をバクバクさせ悲鳴をあげたのを母様に聞かれ、どうしたのと心配された今朝の記憶が蘇る。
母様は、私がダンジョン被害に遭ったことの後遺症だと勘違いしているけれど……
本当は、違う。
城ヶ崎は、地上を平然と歩いているモンスターが、怖いのだ。
――母様からは、辛いなら引っ越しても良いのですよと言われたけど……。
――多分。アレは、引っ越し程度で逃げられるものではないし、逃げたら今度こそどうなるか分からない――いや、私は確実に彼女に消され――ダメだ、何も考えられない――
と、私が一人ただただ困惑し、震えていたそこに、
「あれ~? そこにいるの、姫ちゃんじゃない?」
「……え?」
混濁し、ぐらぐらと揺れた思考を遮ったのは、覚えのある懐かしい響き。
とくん、と心が温かく熱を持ち、城ヶ崎の記憶が蘇る。
「……あやちゃん?」
振り返れば、赤みがかったゆるふわのショートヘアに、銀のピアスを付けた快活な少女。
真っ新なワンショルダートップスに半ズボンを合わせた快活な少女が、女友達ふたりを連れひらひらと手を振るのが見えて。
じわりと胸が痛み、……涙を飲んだ。
綾道ニセ。
小学二年生の頃、友達のいなかった城ヶ崎に声をかけ、はじめて仲良くなった大切な人だ。
中学進学のとき進路の違いで別れちゃって以来、連絡が取れてなかったけど……。
「ん? どしたの、姫ちゃん。固まっちゃって。びっくりした?」
「い、いえ。久しぶりだったので、つい」
「もー。あたしと姫ちゃんの仲じゃん、驚かなくても大丈夫だって」
けらけらと笑う彼女は、ああ、小学校の頃から変わりはない。
彼女は城ヶ崎のことを、お姫様みたいだから「姫ちゃん」と呼ぶ。
本当に懐かしい。
……まあ、ちょっと変わったなと思うのは、彼女の後ろにいるお友達(?)らしき金髪の子達がニヤついてるくらいか。
――私の、原点。
――私に、友達の大切さを教えてくれた、大事な、大事な……。
「っ……」
ずきんと胸がきしみ、悲鳴をあげる。
いまの綺羅星とはまったく違う、本当の意味での友達こそ、彼女――綾道ニセだ。
「ん。どうしたの、姫ちゃん。そんな辛そうな顔して。ん?」
……。
ほんの僅かな迷いが、生まれる。
どうしよう。
相談……してみようか、という疑問が、城ヶ崎の中にふと浮かぶ。
綺羅星のことを――い、いやあり得ない。ダメだ。彼女を巻き込む訳にはいかないし、それに、しばらく疎遠になってた友達にいきなりそんなこと話しても。
……でも。
でも彼女は私の友達で、原点で、こんな風に気さくに話しかけてくれたなら、今でももしかしたら――
「それよりさ姫ちゃん。久しぶりにご飯いかない? いつもみたいに、そっちのお金で」
「っ……えと」
「あ、そうだ! あのね私ね、最近どーしても欲しいものが出来ちゃったの、悪いんだけどまた買ってくれない?」
綾ちゃんがすっとスマホに示したのは、いまや世界でもっとも有名な通販ショップだ。
表示されたのは――
え、と僅かに息を飲む。
映っているのは、ダンジョン用装備品のひとつ。耳につける宝石つきの銀のピアスで、日本円に換算して百二十万ほどする米国産アクセサリーだ。
大した額ではないけれど……でも、小学校の頃の「お願い」に比べると、ずいぶん……。
「あたし達もおじさん相手に頑張ってるけど、姫ちゃんには叶わなくってさ。ごめんね? 中学のとき違う学校いっちゃって。成績、追いつかなくってさ」
「い、いえ……ですが、百万は、ぽんと出すにはちょっとお高いような……」
「なに言ってるの、姫ちゃんのママ、これ位いっつも出してくれたじゃん」
――え。
なにそれ。
……私のママが、お金を出した?
待って。……何の話?
彼女は確かに、城ヶ崎の母が”説得”したことで、大のお友達になったはず。
まあ、お菓子を買うとき毎回奢ったりはしてたけど……でも、いつも出していた、というのは……?
「あれ、これ言っちゃダメなやつだっけ? でも姫ちゃんも子供じゃないんだし、さすがに分かるよね」
「……あ。……え……?」
「ってことでお願い! そしたらまた友達になってあげるから。ね? いまどこの学校いってるの? 姫ちゃん人と話すの苦手でしょ。そんな相手よりほら、お金で解決できる関係が一番いちばんっ」
にぱっと眩しい笑顔をみせ、ね? と両手を広げて天使のように迎える彼女。
けど、城ヶ崎はその手を取れない。
……取ることが、出来ない。
昔の城ヶ崎であれば、何の躊躇もなく手にしただろう。
違和感があっても気のせいだと誤魔化し、彼女の頼みを聞き入れたことだろう。
友達の願いなら、違和感はあっても気のせいだと、あっさり無視して。
けど、いまの城ヶ崎は……
危機感を。
ヒトの嘘偽りを、知っている。
――世の中には、ヒトの皮を被ったバケモノがうようよしていて。
友達のフリをしたモンスターが、地上にも当たり前のように溢れている……そんな中。
久しぶりに再会した友達が、いきなりお金をせびってくる。……それは。
それは本当に、私の望んでいた、友達……なのだろうか?
どくん、どくんと心音が高鳴り、城ヶ崎の常識が、音をたてて崩れていく。
綺羅星善子は、人の皮を被ったモンスターだ。
……けど、この子は。
私の信じた友達は――本当に、友達と呼べるものだったのか?




