第112話 関係
綺羅星善子と、城ヶ崎河合。
二人がどのような経緯を経て再び友達になったのか、正確に聞いた訳ではない。
が、綺羅星の晴れやかな表情と、城ヶ崎の怯えた子猫のような様をみれば、自然と想像もつくというもの。
影一自身、城ヶ崎に対して特に思うところもないので、二人の好きにすれば良い。
後は小粋なトークの時間だ。
「どうでしょう、城ヶ崎さん。私個人としては、綺羅星さんは狩人向き、ダンジョンの掃除屋向きだと思うのですが」
「そ、れは……私が、答えていい、もの……なんですか……?」
「もちろん。彼女の仕事ぶりは、真面目で丁寧。モンスターに対する高い観察力と冷静な行動力、そして何より根性と狂気をきちんと兼ね備えている。経験した身として、同感できるのではありませんか?」
影一の返答に、びく、と城ヶ崎の肩が跳ね、やがて子ウサギのように青ざめ震え始めた。
どうやら二人は、影一が想像しているよりも深い友情で結ばれたらしい。大変に良いことだ。
「っ……綺羅星さんは……私が知らなかっただけで、……とても……向いてる、と思います。も、モンスターをやっつけるときも、あんな顔で……飛びかかって、殴って……」
「城ヶ崎さん。私をただの暴力女みたいに言わないでくださいね?」
「ひっ……す、すみません……」
「いえいえ。あと、そんなに怯えなくてもいいですよ。私達、友達でしょう?」
綺羅星がにこりと微笑み、城ヶ崎が全身を引きつらせながら頷く。
おじさん目線で見ても同級生の二人が仲良しなのは大変喜ばしいし、弟子の成長にも目を見張るものがある。裏で頑張った甲斐があったというものだ。
青春ですねえ、と二人を茶化しながら資料を完成させた影一は、さて、とノートPCを閉じた。
あとのことは、彼女達に任せよう。
高校生とはいえ子供ではないのだから、必要以上に大人が出張るのは良くないだろう。
それに、影一には別の仕事が残っている。
「綺羅星さん。報告書作成へのご協力、ありがとうございます。……そしてすみませんが、本日はお先に失礼しますね。これから一つ、フライトの予定がありまして」
「先生、旅行ですか?」
「雑用を少々。すぐに帰ってきますので、ご心配なく」
ネクタイを整えながら影一は二人に礼をし、会計の札を片手に喫茶店を後にする。
――最初に弟子入りを頼まれた時は、正直にいえばそこまで期待はしていなかった、と思う。
が、綺羅星は影一の想像を遙かに超えて成長した。
彼女ならいずれ良き戦力になるだろうし、今後も面白いものが見れるだろう。
そんな彼女の将来のため、そして影一自身の安心安全のため。
最後の仕事もきちんと片付けねば、と、足早に空港へと向かい始めた。
*
それを見送った綺羅星が、にこり、と城ヶ崎に笑いかけた。
「私の先生、大人ですよね……」
「……ええ、まあ……」
「城ヶ崎さんも悩み事があれば、一度ご相談してみたらどうですか?」
きっと先生なら応えてくれますよと囁かれるが、城ヶ崎はただ半笑いで返すしかできない。
思考が霞み、ぼんやりとしている。
……うまく、頭が働かない。
人間というものが、こうも恐ろしい存在だなんて、想像すらしていなかった。
いまの城ヶ崎はただただ恐怖に縛られ、人形のように返事をしただけだ。
震えながら、綺羅星善子を見つめる。
彼女のひとつひとつの動きに、びくんと身体が震えてしまう。
彼女の機嫌を損ねていないか。
余計なことを口走ってしまわないか。
怒られないか。不機嫌になられてないか、私がぽろっと口にした言葉のせいで突然髪を掴まれ殴られるんじゃないか――肉食獣を恐れる草食動物のようにその一挙一動に震え、警戒するあまり思考がうまく働かない。
……理屈では、分かっている。
彼女に酷いことをされた、と、母様やじいやに相談すればいい、と。
いくら綺羅星が強いとはいえ、彼女は人間……母様に相談すれば、何とかしてくれるはず、と。
……でも。でも。
もし万が一それが綺羅星さんにバレて……もし、私が怪我を負ったという証拠が出なかったら……?
それに先日、迷宮庁の人にも、城ヶ崎は綺羅星と一緒にダンジョンを仲良く攻略したと説明してしまった。
今さらひっくり返したら話がヘンになるし、そもそも、ダンジョンを放置したのは城ヶ崎自身であり、掃除したのは綺羅星という事実は確かで――
いや。そんな理屈は……。
本当は、関係ない。
城ヶ崎がただただ恐いのは、真実が明るみになり、綺羅星が逮捕されたとしても……
仮に、彼女がこの世から消えたとしても。
彼女は地獄からでも這い上がってきて城ヶ崎を再び襲うのでは、なんてイメージが、もう、彼女の中には蛆のようにへばりついてしまっている――
「城ヶ崎さん」
「っ……!」
「もう、そんなにびっくりしなくて大丈夫ですよ。普段通りにしていれば、私も手を出せる状況ではありませんし。……それよりこのあと、一緒に買い物にいきませんか?」
「か、買い物……ですか?」
「ええ。友達同士として買い物に行きたいな、って」
綺羅星は、いつも通り。
いや、普段より明るいというか、溌剌としてる気もするし、笑顔も心なし柔らかいような。
――だからこそ不気味で、恐ろしい。
「城ヶ崎さん。近くに、大きめのダンジョン専門店がありまして。先生や破光さんは、いまの武器がお似合いって言うんだけど、やっぱり……女子高生がチェーンソーとメリケンサックだけっていうのは……」
「っ……」
「ああ違うの違うの、普通に考えてこう、もっと可愛い武器とか格好いい魔法の杖とかほしいなって……それで、良かったら一緒に選んでくれないかな、って」
普通の友達として。
どこにでもありふれた、今どきの、ダンジョン世代の女子高生として、可愛い武器も見てみたいの。
「別に、お金を出して貰おうとか、そういうのじゃなくて。普通のJKらしく、さ」
「普通……」
「だって私達、友達でしょ?」
ね?
と囁かれ、本来なら心の底から望んでいたはずの、友達のお誘いにも関わらず――喜べないし、喜びたくもない。
正直に言えば、苦痛でしかない――なんで、こんなことに、
「ねえ、城ヶ崎さん。城ヶ崎さんはいま、私との関係に苦労してると思うけど、でも……」
綺羅星が手元のティーカップを傾け、悪辣に笑い。
「その息苦しさは、私が鎌瀬さん姉妹やあなたから、ずっと感じてきた重さでもあるから。いまさらでしょう、我慢してね?」
「…………」
「自分が有利なときは楽しい友達。でも、不利なときは友達になりたくない、っていうのは不公平だと思うから。……でもまあ、私はあの姉妹みたいに、ずっと支配したり、都合よくおだてるだけ、みたいな関係にはしないと思うけど」
まだ何も考えてないんだけどね、と彼女が席を立つ。
お買い物にいきましょう。友達らしくと誘われて。
……私は。
私は、これからどうなってしまうのだろう?
ずっと、彼女とこんな関係を続けながら、高校生活を送るのだろうか?
ぼんやりと、未だ全く働かない頭と心を抱えながら――
私はただただ彼女に手を引かれるがまま、同年代の友達らしく、楽しいお買い物に向かう。それ以外の選択肢は、存在しない。
私は……
一体、これからどうなってしまうのだろう?




