第103話 必殺技
そうして到着した、路地裏に佇む雑居ビル――詐欺グループ玉竜会の本部を視界に収め、さて、と影一はひとつ息をついた。
影一も詳しいわけではないが、通常こういった詐欺グループの活動はマンションやビルの一室を借りて行われる場合が多く、暴力団のように一つの建物を占有しているケースは珍しいと聞く。
が、彼等はダンジョン内での活動に特化したグループだ。
スキルの調整やインベントリの確認等を考えればどうしても、迷宮庁に知られていないダンジョンを自前で隠し持つしかない。
おそらく、雑居ビルのどこかにゲートがあるのだろう。
影一は雑居ビルから距離を取り、観察。
地上ではレコーダーブレイクの効果がなく、入口の監視カメラを無効化できない。
当然スマホの連絡も無効化できず、侵入して一人ずつ消すにしても、騒ぎがバレて外部に連絡を取られては面倒なことになる。
毒ガスも論外。そもそもあれは、魔力濃度の低い地上では効果が薄い。
当然ながら事務所ごと地雷で爆発するなどすれば、警察が駆けつけてくるのは目に見えている。
「地上の相手は、可能であれば迷宮庁に任せたかったのですが……」
ダンジョンではない地上の敵――個人ならともかく、組織となれば影一といえど荷が重い。
一人二人なら行方不明で済むだろうが、数十人、それも一組織の人間全員となれば世間にバレないはずもない。
「とはいえ、リスクは覚悟の上。今回は多少バレても仕方がない、くらいの覚悟で参りましょう」
本件を実行すれば、影一は間違いなく迷宮庁に目をつけられるだろう。
Re:リトライズと揉めていることも、玉竜会と相対していることも迷宮庁は把握している。
その上で敵対組織が消滅すれば、疑われない理由がない。
それでも実行するのは、自分自身の矜持のため――
危険すぎるからと臆して我慢を重ね、ストレスを溜めてしまうようでは社畜時代と変わらない。
健康のため。人生を心地良く過ごすため、目の前の問題はきちんと片付けておいた方が良いだろう。
さて、と影一は”ハイドクローク”を用いて姿を消した。
事務所のある雑居ビル周囲をゆっくりと、入口側を通らないよう外周をぐるりと巡るように回っていく。
建物の角の部分にあたるコンクリート床にそっと手を当て、一カ所ずつマーキング。
それらを四カ所終えた後、さて、と瞼を閉じる。
これほど多量の魔力を地上で扱うのは初めてだ、と影一はらしくもなく緊張する。
勘のいい者なら、離れていても魔力の波長を感じ取ることも出来るだろう。
影一にしてはリスクの高い戦法だが……スマホで警察に連絡されるよりは、まだ良い、と判断した。
覚悟を決め、アスファルトに手をつく。
発動するのは、影一が持つ手札のなかでも、最大級の必殺スキル。
それでありながら証拠がほぼ残らず、狩人はおろか一般人でも知っている必修技能――
「インベントリ」
”インベントリ”。
己の魔力を使用し、アイテムを収納、出現させる基本スキル。
本来ならダンジョン内でしか展開できず、また、収納できるアイテムも魔力を帯びたもののみに限られるが、影一はその膨大な魔力により制約を無視して発動できる。
幾度となく死体を処理したことからも、実証済みだ。
そしてその収納量は、インベントリを発動した本人の魔力量に依存する。
影一が日頃、火炎放射器やら上半身鎧といった対策アイテムを無尽蔵にぽんぽん取り出せるのは、彼の持つ魔力量が莫大だからであり。
その許容量は、本気を出せば――
「収納。雑居ビル」
ずず、と音を立てて雑居ビルが僅かに傾き。
そして――消える。
ダンジョン内で装備を選択した際、着替えることなく自動で着脱されるのと同様、インベントリに触れたものは一瞬で出現――逆であれば一瞬で収納を行い、存在が消滅する。
一方で、インベントリには”生物を収納できない”というルールがある。
ダンジョン内で生きた人間を収納し誘拐できないことは、狩人のみならず一般人でも常識として理解している。
その二つのルールを組み合わせれば、どうなるか。
影一の見上げる前で、闇夜に紛れながら……
ヒトの姿をしたモンスター達が、バラバラと自由落下を始めた。
彼等には、何が起きたのかすら分からなかっただろう。
突如、建物が消えた――足場を失い、落とし穴に墜落したモンスター共が顔面を、或いは背骨を激突させ悶絶する。
ダンジョン内ではどんなに強くとも、地上に出ればただの人。
建物の三階は地上からおよそ高さ10メートル、自由落下時間はおよそ一秒弱。
着地速度にして時速50キロ程度のダンプカーに全身を跳ね飛ばされた、と言えば分かりやすいだろうか。
さすがに即死とはいかないが、それでも地面に落ちた衝撃で身動きできない連中を始末するのは容易く――たまたま一階、二階にいた連中には、降ってきたモンスターに潰されまとめてダメージを与えられる。
運良く、或いは運悪く地上付近にいた余りは、――影一が無言で近寄り、喉を掴み爆破すればいい。
「うげっ……」
喉を潰して悲鳴を消し、始末した連中はそのまま足元に展開した黒いインベントリへと吸い込まれる。
――インベントリのもう一つの利点は、モンスターの生死判定が可能なことだ。
生きていれば飲み込まれないという利点を生かし、地表に転がっているモンスターはまだ全て生きていると判断し始末する。
影一普通に、派手な戦闘など必要ない。
地味に。
淡々と。
必要最小限のプロセスをもって処理する、最高効率を求めたプレイング――それこそ、彼の持つ最大の必殺技だ。
そうして全て綺麗さっぱり飲み込んだ影一は、最後に――インベントリから雑居ビルを、出現させる。
そのまま地表に出現させるだけ。
もちろん無傷なはずもない。
”雑居ビル”の正確なアイテム判定がどこまで繋がっているか分からないが、前に実験した所、地下の鉄筋やら地下ピット、下水道やらがどこかしら破損していた。
この世界は残念なことに、地上におけるインベントリの使用を前提とした構築が組まれていないようだ。
……まあ仮に今夜、うっかり建物が崩れたとしても。
中は既に無人なのだ、被害はゼロなので安全だろう。
「とはいえ、通行人が通りかかった際に崩れると危険ですね。一般市民に害がないよう、明日の深夜には爆破して壊しておきましょう。……ああ、それはそれで早朝からニュースになって大変かもしれませんが……」
地上での犯罪とは難しいものだ、と影一は改めて腕組みをする。
本当はこんなこと、したくないのだが……仕事とはそんなものだ。時にはやりたくないことでも、仕方なくやらねばならないのが社会人の辛いところ。
と、ひとつ溜息をつき。
さて、と影一は視線を流す。
完全に顔を引きつらせ、ガタガタと震える男――風見鶏に微笑み、改めて……。
これが最後の仕事だ。
「さて、風見鶏さん。いまご覧になりました通り、私にはすこしばかり人と異なる力がございます。説明は面倒ですので省きますが、あなたはどうやっても私から逃れることは出来ません。それを理解したと判断したうえで、尋ねます」
影一普通は約束を覆さない。
やると決めたことは最後まで完遂する、それが彼の矜持であり……この男にはもう十分な恐怖を与えてやった。
一方で――人という生き物が心から反省し、変わりたいと本気で願えば、人が変わることも知っている。
クズの権化のようなこの男であっても、可能性はゼロではない――
「先程あなたは、やり直すチャンスをくださいと口にしました。もしその言葉が真実なら、今一度、私はあなたにチャンスを与えようと思うのですが。……如何でしょうか?」
影一の問いに、彼はぶるりと震え。
感謝のあまりその場で涙し、コンクリート床に深々と膝をつき……。
「お……俺が、間違ってました……俺が、間違ってましたああああっ!!!」
涙ながらに己の人生を悔い、深々と土下座をした。




