第101話 処理
「構いませんよ。今のあなたなら十分、実力はあると判断します。――存分に、楽しんでください」
靴底で地雷を設置しながら、影一は弟子の質問にゆるりと返した。
彼女の話から推察するに、敵はマザースフィア分裂体だろう。
ダンジョンが形成されて日が浅いことを考えれば、彼女が以前戦った分裂体よりも弱いはず。
「ただし、危険だと感じたらすぐさま引いてください。現在、私は別件対応中のため応援に行けません。また暫く通話も出来なくなると思います。自分の責任は、自分で取るように」
「分かりました。危ないと感じたらすぐ逃げます」
いい返事だ。自分を過信せず、及び腰でもない、自信に溢れた口ぶり。
弟子の成長を感じながら通話を終え、さて……と、足元の死体を横目に仕事を再開する。
現在、影一は玉竜会の傘下が集まる”洞窟型”ステージのダンジョン入口に佇んでいた。
といっても、数ある”穴蔵”の一つに過ぎない。
影一が調査した範囲では、玉竜会が密かに占拠している”穴蔵”は四カ所ほどあり、また当然ながら、構成員が常に穴蔵にいる訳でもない。
夕暮れ時のいまで、半分くらいか――と察しながら、影一はインベントリから取り出したアンテナ付きの装置を稼働。
”レコーダーブレイク”。
あらゆる存在が魔力に変換されるダンジョンでは、電波もまた魔力に変換される。
本来はレコーダーを遮断するために用いる装置だが、出力を上げれば全ての電波を遮断可能――スマホや無線カメラなど全てをシャットアウトし、外部との連絡を絶つことが可能になる。
アジトの”穴蔵”は比較的小型のダンジョンであり、全域をレコーダーブレイクで覆うのも容易い。
出入り口もひとつ、窓や裏口から逃亡される恐れもない。
要するに、手狭なダンジョンとは――ある種の密室なのだ。
「ダンジョンというのは本当に、安心安全を実践するには最適な空間ですね」
しみじみと感心しながら、影一はインベントリより丸形の弾薬を数個手に取り、ピンを抜いて放り投げた。
プシュー! と、音とともに白い煙が吹き出し、――直後、地雷を発動。
ダンジョン入口にあたる道が崩落し、これにて密室に充満する毒ガス室の完成だ。
最後に、崩れた入口を防御魔法でコーティングすれば、あとはガスがダンジョン内に充満するのを待つのみ。
もちろん敵が複数の状態異常耐性を所持していれば無効化できるが、全員が助かる道はないだろう。
しかもこの方法なら、影一の姿を見られることもない。
影一は見張りを始末したのち、入口から毒ガスを放り込んだだけなのだから。
――暴力団や準暴力団、怪しげな宗教団体が日本に存在することを許されるのは、憲法により結社の自由が認められているからだ。
信仰の自由同様、特定の組織に所属しているだけでは違法にならない。
また当然の話だが、いかに違法な組織とはいえ、法を犯した証拠がなければ警察が逮捕することは不可能だ。
つまり彼等もまた、法に守られている存在であり……
平日の夕暮れ時。ふらりと原付に乗って現れたフルフェイスヘルメットの背広男が電波妨害を仕掛けたのち毒ガスをばら撒く、無差別テロへの対策まではしていないはずだ。
まず一つ、と処理を終えた影一は原付にまたがり、二番目のアジトへ。
レコーダーブレイクで連絡は絶っているとはいえ、ダンジョン外から戻った連中がいれば異変にはすぐ気づくだろう。
――速やかに実行しよう。
普段の掃除と異なり、敵を全滅させる必要もない。
五割くらい間引けば綺羅星に構ってる暇もなくなるだろう、と影一は続けざまに二番目のアジトへと到着し、同様の処理を完了。
続けて三カ所目へと回り――
「おや。見知った顔がいますね」
「!? ……え、え? ぶ、ブラザー!? 何でここに」
廃ビルの入口に見知った顔がいた。カザミだ。
危うく無言で消しかけた影一だが、おっと、と手を止める。
「どうしてこちらに? ここがどこか存じないまま居る訳ではないでしょう」
「っ……いや、これはッスね……俺、ちょっとやらかしまして……えっと……」
「ふむ。匿ったのはいいものの邪魔だったから見張りにでも立たせておこう、といった所でしょうか。運が良かったですね」
「へ? う、運って……」
煮え切らないカザミを横目に、影一は無人の空き家に出現していた灰色のゲートへ足を運ぶ。
今回も”洞窟”ステージ型なのはありがたい。
洞窟型は岩盤が脆く、崩落させやすい傾向にあるからだ。
影一は同じ手順で、レコーダーブレイクを稼働。
インベントリより毒ガス弾を手に取り、野球ボールの要領で放り投げる。
最後に入口の三歩先にてトラップ式地雷を稼働し、ダンジョン入口を崩落――順調だ。
「は? え、な、何やってるんスか!? い、いや待ってくださ……な、中に人が……」
「いるから実行したのですが」
どうして当然の質問を?
と、無表情のまま返しつつ、カザミの首根っこを掴んでダンジョンの外へと放り出す。
余った資源は、有効活用。影一の基本だ。
「折角ですので、最後のアジトの場所も教えて頂きましょうか。一応私も把握済みではありますが、間違ってるといけませんから念のため」
「っ、ま、待ってくださいッス! そんなことしたら俺、あいつらに殺され……」
「あなたも後で消えるので結果に違いはありませんよ」
「…………は?」
要はいま消えるか、後で消えるかの問題です。
淡々と語る影一に、カザミはようやく意味を理解したらしく――ひっ、と喉を引きつらせ、
「っ、ま、待ってくれブラザー! 俺何も悪いことしてないッスよね!? だから命だけは」
「ダメです」
「っ……いや、つーか、殺人って悪いことで……」
「ダメです。案内が終わったらあなたは消します」
ごちゃごちゃと煩いカザミをバイクの背に乗せ、次のアジトへ向かおう――と考えたが、重大な問題が発生した。
影一が使用しているバイクは50cc、いわゆる原付である。
50cc以下の原付での二人乗りは定員外乗車違反であり、警察に見つかれば減点1と5000円の反則金を取られてしまう。
折角のゴールド免許も次回更新時にブルー免許になり講習も30分から1時間に延長、更新期間も五年から三年に短縮される、と、ノンストレスを愛する影一にとって大変宜しくない。
あと一応、大量テロ殺人の遂行中に警察のご厄介になるのは心理的に避けたくもある。
「ふむ……」
馬についてるハーネスのようにバイクに紐をつけ、カザミを引きずりながら運搬すれば二人乗りにならないのでは?
とも考えたが、それはそれで別の問題が発生するし社会的にも絵面が悪い。
……仕方ない。
「失礼。案内をお願いしようと考えましたが原付の二人乗りは法令違反なので、やむなく死んで頂くことに致します。申し訳ありません」
「はあぁ!? 何ッスかそれ、理由になってないッスから! てか一度約束したことをナシにするのは良くないッスよね!?」
そこを突かれると痛い。
影一は確かに今、自分の口で「案内が終わったら」と宣言してしまった。約束を破るのは良くないだろう。
仕方ありませんね、と影一はカザミを連れたままバイクを降り、代わりに公道へ出てタクシーを捕まえた。
まあバイクでの移動とそう変わりはないか、と、後部座席にゆるりと構えながら考えていると……
――ひぐ、と喉を引きつらせたカザミが隣でわーわーと叫んできた。
「てか、あの! 約束と違いますって! 俺きちんと情報提供しましたし、ブラザーに迷惑かけてないッスよね。確か最初の約束だと、ブラザーに迷惑かけなかったら、俺に危害は加えないって……」
確かに、影一は彼と約束を交わした。
ゾンビが出現した、あのダンジョンのあとの会話でだ。
「ええ。覚えていますよ。私は約束を守る男ですから」
「ッスよね!? ッスよね!? だったら」
「ですが、あなた。……ひとつ忘れていませんか? 私との約束」
「……え? な、何を……」
「私はあの時、こう約束したはずです。一つは今後とも、嘘偽りのない情報を提供すること。二つは今後、私やその弟子に害を与えないこと」
影一はにこりと薄い笑みを浮かべて、彼を見下し。
「あなた――うちの弟子に手を出したらしいですね?」
ぶわ、とカザミの額に冷や汗が浮かぶ。
……黙ってれば、バレないとでも思いましたか?
正直、仮に今回見つからなくても影一はあとで必ず始末する気でいた。その時間が少々短くなっただけのこと。
「約束は守ります。私の矜持ですので」
「っ、お、俺……いや、その……あ、あれは俺が悪い訳じゃなくて、ば、バイトで俺を雇った女が……」
「約束は守ります。あなたは安心して、己の末路に想いを馳せてください」
影一の淡々とした宣言に、カザミはわなわなと震え、青ざめ、そして――
「し……仕方なかったんすよ! 俺、あ、あの女に騙されたんです! あの女が全部悪い……!」
おうおうと泣きながら、カザミは己の身の上話を語り始める。
影一はやれやれと首を振り、タクシーの運転手に「すみませんね」と頭を下げた。




