6、<ヒョウイシャ>
頑張ると決めた魔力のコントロールは、簡単にはいかないようだ。まずは魔力がどういった物であるかを学ばなくてはいけない。午後から、おばあ様に教えてもらいながらそれを勉強した。
昨日、教えてもらったように魔力は個人で違いがある。家族などの血縁関係は似た性質の魔力を持っており、相性のよい魔力の持ち主と一緒にいると心地よく感じるそうだ。とはいえ、嫌悪感を感じるほどの相性の悪い相手などほぼ存在しない。おばあ様はそう言っていたが、わたしは『おねえさま』には良いものを感じていない。グロリアとは相性が良くても、あの人が出てくるとすぐに不快感に襲われる。たぶんきっと、あの人もわたしにそれを感じてあのような態度をとっているのだろう。
それぞれの魂に魔力が宿るのだから、グロリアの中にあの人の魂が入り込んでいるのはわかった。おばあ様にもあらためてその事を聞いてみる。
「グロリアの中には、別のだれかの魂が住んでいるのですか?」
「そうね……アマリアにはきちんと説明をしなければいけないわね」
おばあ様は悲しそうな顔でグロリアに何が起こっているのか、そしてそれがどういう事なのかを教えてくださった。
グロリアの中には別の魂が入り込んでおり、それは母ユスティーナのお腹の中にわたし達がいる時からだそうだ。母の妊娠がわかったのは、お腹の中に二つの魔力を感じられるようになったから。双子の命を宿した母はある日、夢をみたらしい。自分のお腹に向かって何かが飛び込んできて、とっさに庇ったはずなのに吸い込まれるように入り込んで来たそれ――。
夢から目覚め一番にお腹の子達を確認すれば、昨夜は二つしか感じなかった魔力が三つになっていた。もしかしたら、双子ではなく三つ子なのではないか。二つの魔力の影に隠れて見つからなかっただけなのではないか。しかし、良い様に考える事ができなかったのは、三つ目の魔力に不快感を覚えてしまったから。そして、わたし達は生まれてきた。
わたし達は三つ子ではなく、双子の姉妹であった。
「グロリアの中に二つの魔力を確認したわ。だから気付いてしまったの……この子は、グロリアは<ヒョウイシャ>だと」
「<ヒョウイシャ>?」
「ごく稀に生まれてくる、魂を二つ持った者の事をそう呼ぶのよ」
初めて聞いた話に頭が混乱し、熱が上がっていく。クラクラする頭が沸騰するかのように何かが熱くこみ上げてくるからなのか、自分の身体なのにコントロールできない。
「心を静めなさい、アマリア」
落ち着いた凛とした声と、わたしに優しくふれた手により熱は治まっていく。握られた両手からゆっくりと流れてくるものが、おばあ様の魔力だと気づいた。
「あたたかい……」
全身をめぐるようにゆっくり、ゆっくりと流れていくおばあ様の魔力を感じていれば、そこにおそらくわたしの魔力であろうものも一緒に流れていく。今まで意識して感じていなかったが、これがわたしの魔力なのだろう。
「落ち着いてきたかしら?」
「はい。わたしの中でゆっくりと流れているのがわかります。これが魔力ですか?」
「えぇ、そうよ。こうやって身体に流して相手を落ち着かせる事もできるの。でもこれは、私とアマリアの相性がいいからできる事で反発しあう魔力ではできないわ。それに流す量もコントロールしなくてはいけないの」
わたしの手を膝の上に戻し、おばあ様の手が離れていく。今わたしの中で感じるのは、わたしだけの魔力だ。あらためて認識したこの魔力を自由に扱える様にならなくてはいけない。
その日の夜、わたしは熱で寝込んでしまった。おばあ様は一度に色々な事を聞いて頭を使いすぎた事による知恵熱だとおっしゃった。「もう少しゆっくりと教えるべきだった」と後悔されていたが、わたしはグロリアの現状を知る事ができて良かった思っている。
明日にはこの熱も治まっているだろうか?情けない自分の身体にため息をつく。うじうじと悩んでいるわけにはいかないのだから、元気になればまた頑張ろう。
そう決意したのもむなしく、わたしは一週間もベッドの中で眠っていた。本格的に熱が上がってしまい乱れる魔力はおばあ様に調整してもらって、メーリや他の侍女達に付きっきりで看病されている。おじい様は大きな体でうろうろとわたしのまわりを歩いていた。心配なのか顔を青ざめていたが「何も出来ないのは邪魔なので」と、護衛騎士達に部屋の外に引きずられていった。
そういえば、グロリアからの手紙の返事は来たのだろうか?疑問に思ったが声も出ず、身体も動かないので確認が出来ない。
グロリア……元気ですか?わたしは手紙を書いた時は元気だったはずなのに、また熱で寝込んでいます。お父様もお母様もユリアナお姉様も元気でしょうか?グロリアはわたしが居なくてもさびしくありませんか?わたしは、やっぱりさびしいです。会いたいです。みんなに会いたい……グロリア、さびしいよ。
“アマリア……ごめん……”
グロリアの声が聞こえた。何に謝っているのだろうか。
「グロリア……」
はたして、わたしの声は彼女に届いたのでしょうか?
熱が下がりベッドから出られるようになれば、真剣な顔をした祖父母がわたしの部屋に訪れた。
ソファーに向かい合わせで座ったがお二人の顔は険しく、そして悲しそうでもある。ドキドキと心臓がうるさくて、今から良くない事が起きるのではないかと落ち着かない。
違う……もう、起きているのだ。だってグロリアが――。
「グロリアが倒れました。そしてあの子は眠りにつきました」
淡々と告げるおばあ様の言葉が部屋に静かに響く。お隣に座るおじい様も静かに目を瞑って噤んでいる。
わたしは、こみ上げてきた涙を零さない様に唇を噛んで震える身体を抑えた。感情を抑えなければ。未熟なわたしはまだ魔力コントロールが出来ないのだから、熱が上がればまた皆に迷惑をかけてしまう。ぎゅっと目を瞑って「おさえろ」と繰り返し心の中で唱える。
「アマリア……」
わたしを呼ぶ声に目を開ければ、涙がぽろっとひとしずく零れていく。おばあ様は立ち上がり、わたしの側で目線を合わせてしゃがみ込む。そっと握った両手から魔力が流れてくるのがわかる。
「泣いてもいいのですよ……我慢などしなくてよいのです。悲しむのも、怒りに震えるのも、我慢しなくていいの。あなたの大切な半身に起こった事なのです。抑えなくていいのよ……アマリア」
「おばあ様……わた、しは……」
「えぇ、アマリア……」
おばあ様は感情のまま泣き出したわたしに優しく寄り添ってくださった。止まらない涙の先に、腕を組んで天井を睨むように見つめて身体を震わすおじい様の姿がうつった。おばあ様から流れる魔力は穏やかさの中に悲しみを乗せ、わたしの中をめぐっている。
部屋の中から広がる悲しみの波が城全体をおおい、天まで届いたのだろうか。その日は一日中、雨が降り注いでいた。