1、双子の姉妹
この現実が、朝になれば覚めてしまう夢であるのなら、どれだけ嬉しかったでしょうか。
キルッカ公爵家の三女に生まれたアマリアは、双子の姉であるグロリアとは違って病弱だった。毎日と言ってもいいほど高熱に魘され、ベッドから出られる日など数えるほどしかなく、祖父母に両親、二人の姉に我が家に仕えてくれている人達などまわりに迷惑をかけている自分が大嫌いだった。
ついに弱音を吐いて、自分なんか生まれて来なければよかったのだと言葉にしてしまったあの日を、後悔している。まわりに居る皆の目が悲しみに染まって、いつだって気丈なはずの母が泣き崩れてしまった。
あぁ、言ってはいけないことを口に出してしまった。
今までは、そう思ったとしても表に出さずに自分の心に閉まっておくことができたのに、小さな体と心には限界が来ていたのかもしれない。どうすればいいのかわからなくて目に浮かんだ涙が零れそうになった時、部屋に響いたぺちっという軽い音と額に感じた冷たくて気持ちいい手の感触で、わたしの中にある激しく渦巻くものが静かに治まっていく。
手の持ち主は姉のグロリアで、泣くのを我慢しているように見える。
「なんでそんなことをいうの?」
泣かないで欲しいのに声は出なくて、涙を止めるための手も動かなくて……。
「いっしょにうまれることができて、わたくしはうれしかった」
ぎゅっとわたしにしがみついた大切な半身が、ぽろぽろと綺麗な涙を零しながらもわたしの存在を認めてくれている。力が入らない手でなんとか彼女の頭を撫でれば、しがみつく手に力が入って少しだけ苦しい。でもそれ以上に嬉しくて、お互いの感情をひとつにするかのように声をあげて泣いた。
「ごめん、ね……わたしも、いっしょで、うれしい」
ごめんね、グロリア。弱音を吐いてしまったけど、本当にあなたと一緒で嬉しいの。
「おねえさま、おとうさま……おかあさま、ごめんなさい」
悲しませてごめんなさい、傷つけてしまってごめんなさい。あなた達の妹で娘でわたしは幸せです。
姉のユリアナはわたしの手を両手で包んでくれて、母はわたしの頭を優しく撫でてくれた。そして父は、そんなわたし達四人を大きな体で包み込んでくれたのだ。
わたしが後悔したあの日以来グロリアは、わたしをあらゆるものから守ろうと奮闘していた。
例えば、苦いお薬を飲むときにわたしの顔があまりにも酷すぎたのか、毒薬でも飲まされているのではと憤慨し、専属のお医者様を成敗だと叫んで飛びかかっていた。もちろん誤解はとけたのだが、わたしのお薬をちょっぴり舐めたグロリアの顔は、たしかに酷い顔だった。
あの薬は苦みの後に酸味が続いて、なんとも言い表せない表情になってしまうのだ。後にあの出来事は、酸いも苦いも乗り越えた勇者グロリア物語として、我が家で語られることになる。
グロリアはわたしの前では男の子のような言葉で話すようになった。きっかけは『勇者さまと聖女さま』という絵本の勇者様に憧れたからだった。
「聖女アマリア、どうかこの花をうけとってもらえないか」
「まぁ! 勇者グロリア、きれいなお花をありがとうございます」
ベッドに腰かけたわたしの足元で跪いて、お花を差し出しているグロリアは何故か貴族の男の子が着るような服を身にまとっていた。長く伸ばされた黄金の髪を三つ編みでまとめて左肩から前に垂らしている。わたしと違ってお父様の顔に似たらしいグロリアは、勇者というよりも王子様と言ったほうが合っていると思う。お父様のお母様であるおばあ様がそう言っていたのだから間違いないだろう。
そんなグロリアはノートを広げてお絵描きを始めている。
「これがお父様でこれがお母様、ここにいるのがお姉様で、これがわたくしで……」
楽しそうに絵を描くグロリアは最後に真ん中に誰かを描いて満足そうに頷いている。ノートを小さな手で広げ、上からや下から覗いておかしなところはないだろうかと確かめているようだ。
「かんせいしたぞ、アマリア!」
嬉しそうにわたしに見せてくるその絵はわたし達キルッカ家の家族を描いたもので、最後に真ん中に描いていた女の子が、どうやらわたしだ。まるで守るかのように女の子を囲む家族達。わたしの隣にはもちろん、大切な半身であるグロリアが描かれている。
「グロリアお嬢様は絵がお上手ですね」
「えぇ、将来は画家になれますよ」
わたし達のやり取りを侍女のマリタや、その娘で侍女見習いのミーナとメーリが微笑ましそうに見守っている。グロリアは満更でもなさそうだ。
「わたくしは勇者になるのだ!」
腰に手を当てて宣言していた。
グロリアが勇者ならわたしは聖女になるのもいいかもしれない。そして、二人でたくさんの冒険をし、あの絵本のようにわたし達のお話が本になって世界中の人達に読まれるだろう。勇者グロリアと聖女アマリアはずっとこの先も仲の良い双子の姉妹だと語られて、幸せに過ごすのだ。
わたしが思い描いた未来は不確かなものでしかなく、言い表せない不安は形を作りながら、ありふれた幸せな日々に少しずつ侵食しようとしていた。