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公爵令嬢の幸せな夢  作者: IROHANI
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14、近づく災厄の影

 領地に戻ったアマリアは以前と同じ生活に戻る。そこに、新しくできた友人への手紙を書く事が加わった。レベッカ様とソフィア様も普段は領地にて生活しておられるそうだが、スヴェント家とユロネン家の領地は王都から馬車で三時間くらいの場所にある。隣り合った領地で幼馴染だそうだ。キルッカ家の領地とは王都を挟んで反対に位置し簡単に遊びに行けない距離なので、会うとなれば王都でという事になる。私も一月(ひとつき)に一度、王都への滞在を父に許可してもらえたので、その時にお茶会をしようと約束をした。


 一年が廻るのは早くて、毎日が充実しているとあっという間に過ぎていく。友人ができ、そこから繋がりが広がり、またさらに広がっていく。

 念願だった乗馬も習いながら回復術士としての修行も始めた。祖母と一緒に行動して回復術士とはどのような役割なのかを実際に見て学んでいくのだが『回復術』が万能だというわけではない事を知る。自分の魔力を相手の魔力と同調させ、自然治癒能力を活性化させて治していく。繊細な魔力のコントロールと膨大な医療知識、そして精神力が必要となる。すべてを治せるわけではなく、無いものは戻せない。魔力を同調させねばならないので魔力の相性もある。だがこれは、嫌悪感を感じるほど相性の悪い相手はほぼいない。それにあたるのが<ヒョウイシャ>なのだが、本来の魂が表に出ている時は問題がない。<ユウゴウシャ>は実際に会って見なければわからないが、相性が悪い理由はこの世界とは違う世界の魂だからと言われている。<ヒョウイシャ>について研究をしている人達もいるが、まだわからない事のほうが多いのだ。

 私のように何らかの切欠で特殊な術を会得する者はそう多くはない。回復術士も何人もいるわけではなく、偶然私の祖母がそうだったからこうやって近くで学ぶ事ができている。この恵まれた立場に感謝して、私も立派な回復術士になるために精一杯努力していこう。




 今日は近くの森で薬草の採取をしている。この薬草はまだ大量に栽培できないので、こうやって現地で採取しなくてはならない。過ごしやすい季節になって、森の中は木漏れ日でキラキラと輝きとても綺麗だ。


「もう少し先に行けば開けた場所があるから、そこで休憩しましょう」

「わかりました。では、先に向かって準備をしてきますね」

「お願いするわね、メーリ」


 メーリと何人かの護衛が先に行って準備をしてくれるそうだ。私はもう少しここで採取を続けたいので残る事にしたが、この護衛体制は物々しい。公爵家の娘が森の中に入るのだから仕方がないのだが、大勢での移動になるため身軽に動けない。それに、近頃は魔獣が増えてきているらしい。ここの森にはいないのだが、領地の最北にある森で発見された。簡易結界の魔道具と魔獣除けの薬草を焚けば追い払えるぐらいの弱い魔獣だが、領民に被害が出ないように騎士団で見回りを強化している。


「これぐらいでいいかな。私達も休憩場所まで行きましょうか」

「了解しました」


 イーロやユッカ達に守られながら進み、メーリの姿を見つける。そちらも特に問題がないみたいなので安心した。いくら安全を確保しているとはいえ何が起きるかわからない。敷物の上に座り、用意してもらったお茶をいただく。


「ありがとう。メーリ達は何事もなかった?」

「はい、大丈夫ですよ」

「よかった。最近は魔獣の問題が出てきているから、この森が安全でも気が抜けないわね。休憩が終わったら、今日はもう帰りましょう」

「いいのですかお嬢様? まだ予定していた時間より早いようですが……」


 たしかにまだ時間はあるだろう。でも、みんなの安全を優先すべきで、もし何かあってはいけない。今日の護衛責任者である隊長に相談をして、引き上げる事に決まった。帰る準備をしていれば、まわりがざわつく。


「どうしたの?」

「アマリア様は結界内の中心に……周辺を警戒していた者達が魔獣に遭遇しました」

「!!」


 この森にも魔獣が出るなんて!驚いて声が出ない私を、メーリが抱きしめてくれる。


「大丈夫です。みなさんがいらっしゃいます。結界に魔獣除けも焚いています。いざとなれば、このメーリが必ず……」


 メーリの力強く励ます言葉に彼女を見れば、震えを抑えるように手を握り締めている。怖いのは当たり前だ。メーリは戦闘訓練を受けている侍女ではない。せいぜい護身術程度であろう。それでも私を守ってくれている。まずは私も落ち着いて、まわりの状況を正確に見れるようにしなくてはいけない。

 隊長が指示を出し警戒する中、離れた場所から獣のような声が聞こえる。「落ち着け」と何度も心の中で唱えて待っていれば報告が入る。魔獣は小型の物で討伐に成功。合流した護衛達は怪我もないようで安心した。数名を残し魔獣の死体を適切に処理し、私達は警戒しながら帰還した。

 気づけば私は服も着がえ、湯あみを終えてソファーに座っていた。向かいには祖母が座っている。


「お、お祖母様? 私は……」

「アマリア、無事でよかったわ。あなた、帰って来てからもぼーっとしていたから、心配したのよ」


 記憶が飛んでいるようだが、身体に異変があるわけではない。手を開いたり閉じたりして確かめてみるが大丈夫だった。


「護衛もみな怪我もなく無事だから安心してね。今回現れた魔獣も結界と魔獣除けで追い払えるぐらいのものだから……念のために騎士団を派遣して調査し、当分は森への立ち入りを禁止する事にしたのよ」

「みんな無事……よかった」


 壁際にはメーリも立っている。顔色も良さそうで安心した。


「最近は他領でも同じような事が起きています。まだ大きな被害が出た所はありませんが、私達も備えておきましょう」

「はい、お祖母様」


 これから薬草の生産を増やさなくてはならない。それに、祖母は回復術士として派遣される事になるかもしれない。私はまだ見習いなので、その時について行けるかはわからない。でも、私は私のできる事をするだけだ。




 森に行ったあの日より城の中は緊張が続いている。強固な城壁に囲まれているキルッカの城は魔獣に襲われてもそう簡単に落とされる事などないそうだ。

 ここは王国の中でも北西に位置し、大昔からある魔獣討伐の拠点でもあった。大昔は『魔の森』以外にも魔獣は生息しており、開拓前はこの近辺まで『魔の森』は広がっていた。今は北の辺境伯家が治める領内にあるだけだが、その森も広大だ。『魔の森』以外には凶暴な魔獣はいないとされてきたが、それが変わりつつある。さすがに王都近郊には出現していないが、安全と言われてきた森や川などにも現れている。いったい何が起きているのか――。




「おーい、今帰ったぞ!!」


 城の廊下に響く祖父の大きな声。実は祖父は数週間ほど留守にしていた。他国を回っていたそうだが、日程を早めて戻ってきたそうだ。


「アマリア! 儂の可愛い孫よ! 魔獣に襲われたと聞いたときは心臓が止まるかと思ったぞ!!」

「お祖父様、お帰りなさいませ。私はみなのおかげで大丈夫ですわ」


 祖父は私の姿が目に入った瞬間、号泣して顔が大変な事になっている。襲われたと言っても私自身は魔獣を目にしていないので、祖父にはご自分の部下である護衛騎士達のみなさんを褒めてあげて欲しい。


「おまえに何かあったら儂は、儂は……おのれ魔獣め! 今すぐ殲滅してやるわ!!」

「お、お祖父様!?」


 泣いて酷い事になっていた顔が一瞬で魔王のように……!!祖父は「出陣するぞ!」と叫びながらドスドスと去っていった。遠くで「お待ちください!」やら「魔獣より恐ろしい!」やらと聞こえてくるけど、大丈夫でしょうか?

 ぎゃあぎゃあと騒がしかったがすぐに静まり返ったのは祖母に叱られたからだろう。あの大きな体を縮めてしょんぼりする祖父の姿が目に浮かんでくる。


 王国では緊急事態が宣言され、王国騎士団も派遣される事に決まった。これは自国内だけで起きている事ではなく、他国でも同じように魔獣が出現しているそうだ。『魔の森』のような場所は他国にもあり、国同士で情報交換をしたり原因究明に努めている。

 ここでもそうなのだから『魔の森』がある北の辺境伯家は大丈夫なのかな?そんな事をふと考える。魔獣狩りを生業にするプロの方々なのだから私なんかが心配してもどうにもならないが、フェルン様の事をつい考えてしまう。

 まだ学生であられるフェルン様だけど、領地に戻られているのだろうか。大丈夫かな?大丈夫だよね。きっとお強い方に違いない……て、私は何一つあの方の事を知らないではないか。

 大きな背、黒い髪に青紫の鋭い目。目元を緩ませて笑った顔。わざわざ目線を合わせてしゃがんでくださった。少なくとも二回会ったどちらの時も優しい方だった。これぐらいしか知らないのだ。「もっと知りたいなぁ」などと、こんな時に考えている場合ではない。今は魔獣と戦ってくださっている方々の無事を祈らねば。




 『魔の森』の先にそびえ立つ『天山』。頂上は雲より高く、見える事はない。その先は天空へと繋がり、『竜の国』があるのだというお伽噺が伝わっている。ドラゴンは最強クラスの魔獣に分類されその存在は天災ではあるが大地に降り立つ事など、ここ何百年の歴史を遡っても見られない。遥か天空を飛び、その姿さえ確認する事ができないのだ。

 そのドラゴンが黒い霧を纏って大地を目指して飛んでいるなど誰が思うだろうか。

 空が曇り、日が閉ざされ夜に近づくように暗闇が広がっていく。黒く鈍く蠢くそれが現れた時、災厄の時代が始まる――。






 なんて思っていた時が私にもありました。きっと国民の多くの頭に『絶望』がよぎっていたと思います。ですがそんな未来など訪れる事もなく、事態はあっさりと片付いてしまったのでした。



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