10、ささやかな誕生日会
『転移の門』を使って戻ってきた王都――本日から一週間ほどこちらに滞在する事になる。
六年離れていたからか、懐かしさとあの頃の違いにきょろきょろと辺りを見回していれば、一緒に帰ってきたお姉様に笑われてしまった。
お姉様は月に一度は王都に戻られてお茶会などに参加されたりしていた。クラウス殿下の婚約者候補選定のお茶会にも参加されて、そこで仲良くなった方とお会いになっているそうだ。殿下の婚約者候補選定のお茶会は、あくまで王妃殿下主催の同年代の令嬢達が親睦を深めるというものである。その中で何人か殿下の婚約者候補を選び相性などから決まる。
今年十歳になった私も王妃殿下主催のお茶会に招待されている。このお茶会は第三王子のクレメッティ殿下の婚約者候補選定お茶会という噂もあるそうだ。しかし私と殿下は従兄妹であるので選ばれる事はない。私もお姉様のようにこのお茶会で友人が出来ればいいなと思う。
王宮から少し離れた位置にキルッカの屋敷はある。住んでいた時は当たり前に思っていたが、これは屋敷というよりは宮殿であった。キルッカ家には何人も王女が降嫁しており、何代か前に降嫁した王女のために当時の国王陛下が離宮を建て、そこがキルッカ家の王都での住まいとなった。血が濃くなりすぎるのも良くないので何代か間を開けるが、王家に女児とキルッカ家に男児が生まれた時は、すぐに婚約が決まる。相性の問題もあるが特に今まで問題は無かったらしい。
キルッカ家の屋敷、もとい離宮に着いた。使用人一同に出迎えられて私は自室ではなく客室に向かう。以前はグロリアと同じ部屋で過ごしていたが、成長した私達にはそれぞれの部屋が与えられる。私に与えられた部屋はまだ家具などが置かれていない。好きな家具を選んで良いそうなので、少しずつ考えていこうと思う。
グロリアが表に出て来られるのは、あの人が眠っている時間帯。今日の夜、彼女と六年ぶりに再会出来るのだ。ドキドキするのを抑えるように深呼吸をして、夜に備えてベッドに向かって倒れこむ。
何から話そうか……。
まずは、数日前に迎えた誕生日のお祝いをしよう。そして、あの日別れた時からのお互いの事をゆっくりと語っていきたい。
「アマリアお嬢様、起きてください」
メーリの声が聞こえてゆっくりと意識が戻ってくる。起き上がりいつもと違う部屋の様子に今は王都に戻ってきていた事を思い出した。顔を洗って眠気を覚ましてからメーリに身なりを簡単に整えてもらう。ネグリジェの上にカーディガンを羽織ってそっと部屋を出れば、静まり返った廊下に薄っすらと明かりが見える。そしてメーリ達に案内されてある部屋に向かった。
「グロリアお嬢様。アマリアお嬢様をお連れしました」
コンコンと軽いノックの音が静かな廊下に響く。部屋の中からガタタッと音がし「入って」と、声が聞こえた。
グロリアの声だ。毎日聞いていたあの声が聞こえた。それだけで胸の奥からこみ上げてくる何かを抑え、緊張を静めるために息をはく。
「グロリア、入るね」
震えそうになる声で入室を告げ、開けられた扉からそっと中へと足を進める。一歩踏み入れた瞬間、ぎゅっと抱き着いてくる感触に涙が溢れいく。
「アマリア! 会いたかったぞ!!」
グロリアの声が、身体が震えている。泣くのを我慢するように私を抱きしめている彼女の背中に手を回して抱きしめ返した。
「グロリア……私も……私も会いたかった!」
六年ぶりに触れあえた私の大切な半身。このまま抱きしめあっていたかったが、ゆっくり話が出来ないだろうとソファーに座る事にした。グロリアは当たり前に手を繋いで私を引っ張ってくれる。座ってからも手が離される事はない。ぎゅっと握りあい、ぴったりとくっ付きながら隣同士で座った。
「グロリア。過ぎてしまったけど、お誕生日おめでとう」
「ありがとう。アマリアもお誕生日おめでとう」
やっと直接伝えられた言葉。夜に食べてもいい様に甘さ控えめのクッキーとハーブティーが準備され、ささやかなお誕生日会が始まる。
手紙にも書いていたがお互いの六年間を語り合い、そして話題はやっぱりあの人の事になってしまう。
「アンノさんは相変わらずなの?」
「あぁ、相変わらずだ」
グロリアはため息をついてからお茶を口にする。
「アンノ・キッカを通して、あの人の前世の知識のような物も知る事が出来たのは、わたくしにとってもプラスになったが……話が通じないというか、何なのであろうな。根本的にあの人とわたくしは性格も考え方も違いすぎる。あれでは話し合いが出来ないのも仕方がないのかもしれないな」
腕を組んで難しそうな顔で悩んでいるグロリア。私にも何か出来ればいいのだが、この問題は当人同士でしか解決出来ない。下手にあの人を刺激してグロリアを失う事になってしまうなんて私達には耐えられない。
「なかなか進展しないが、わたくしは諦めないぞ! だからアマリアも信じていてくれ。アマリアやみんなが待っていてくれるのだから、わたくしは頑張れるのだ!」
「いつまでだって待ってる……グロリアの事、信じてる!」
両手を繋いで私達は笑顔で約束をする。力強く宣言したグロリアはやっぱり私よりも背は高く、でも細りとした身体は少し頼りなさも感じた。
夜が更けていく中、二人のささやかなお誕生日会は終わりを告げる。「おやすみ」とお互いに挨拶し、グロリアが廊下の先に消えていくのを見つめた。
翌日に遠くから見たグロリアには快活さは感じられず、前髪で顔を隠してのっそりと歩く姿はまさに別人だ。あの人に見つかってはいけないので、あまり見続ける事は出来ないから目を逸らし部屋に戻る。
今日は、王妃殿下主催のお茶会に向けての準備をしている。先に戻っておられたお母様にマナーの最終チェックと着ていくドレスを選んでもらう。
「マナーには問題がないわ。でもそうね、どのドレスがいいかしら……」
お母様は娘を着飾るのが楽しいのか、ウキウキと侍女達と一緒に私のドレス選んでいる。領地では動きやすさを重視したワンピースを着ていたので、ドレスを着る機会などほぼ無かった。
お母様達に着せ替え人形にされながら、最終的に選ばれたのは薄い水色のドレス。白いリボンが所々に付いていて、ふわりとしたレースも可愛い。
明日のお茶会にはお姉様も招待されているので一緒に向かう。残念だがグロリアは招待されていない。<ヒョウイシャ>であるグロリアが表へ立てるようになるのは学園に入学してからだろう。あと五年もあるので長いのか短いのかわからない。ただ、今は私もグロリアもやるべき事をするだけだ。
机の上に領地から持ってきた薬草の本を開いて、ぱらぱらと捲っていく。
「あの人が現実を見てくれるようになる薬草は無いものか……」
もちろん、そんな都合の良い薬草など無いのだった。
お茶を飲みながらぼーっとしているのはグロリアに憑依しているアンノ・キッカ。何だか家の中が騒がしいような気がしたが、きっと母や姉が騒いでいるだけだろうと無視してクッキーを口に入れる。
「あら、おいしい……」
ほんのりと甘くてサクッとしている。アンノは無駄に砂糖ばかりを使ったような甘すぎるお菓子が苦手だった。偶然にもそこは本来のグロリアと共通している。
この世界の食べ物って日本人好みの物ばっかりだから助かるのよね。前世にあった料理も出てくるし、やっぱり食は大切よ!
クッキーを堪能し、お茶で喉を潤してふと思う。
そう言えば、お茶会とかに招待されないのかしら。まぁ、招待状が来ても母が勝手に返事を書いて欠席扱いなのかもしれないわね。でも、王家からの招待とかないの?ほら、よくある王子様の婚約者を選ぶお茶会とかさぁ……それも欠席扱い?
「お茶会かぁ……」
その言葉にピクリとわずかに反応をしめした侍女がいたが、アンノ・キッカが気付く事はなかった




