第六話「退魔師と滅魔師の共同作戦!?」「チヤはどうにも止められない!?」
「見つけた……! あの木の上だね!」
チヤちゃんとわたしの家でお話をした、昨日からの今日。
わたしとチヤちゃんは、パパの言いつけ通り、学校が終わった後の放課後から、妖魔探しを始めていた。
わたしはいったん家に帰った後で、一応いつも妖魔退治の時に着ている巫女服に着替えてきた。
でも、隣にいるチヤちゃんの服は、いつもと変わらない深い青色のワンピースのまま。けれども、その上に黒の胸ベルト付きコートを羽織って、右手の上にはソフトボールくらいの大きさの真っ黒い球を浮かべている。
なんて言ってたら、チヤちゃんにはこう言われちゃったけど。
「これは『球』じゃないわ。正二十面体。三次元空間では五つしか知られていない、一種類の正多角形からなる多面体の一つよ」
わたしには良くわかんないことを言ってるけど、これも大学の算数で勉強することなのかなあ?
そんな風に思ってたら、チヤちゃんはその真っ黒な球……じゃなくて、「セーニジューメンタイ」っていうのの表面をスッと撫でた。
そしたら、真っ黒なセーニジューメンタイが、カチャカチャと音を立てながら、ひとりでに変形していく。
「変形。『熊』――」
そうしたら、チヤちゃんの手の中では、真っ黒な熊の置物が完成していた。
「――の『爪』」
そして、熊の置物がまたカチャカチャと音を立てて、あっという間にその前足の二本が膨れ上がる。
最後に出来上がったのは、チヤちゃんの指先から肘までをすっぽり包めるくらいの大きさのある、真っ黒な二つのグローブだった。昨日の夕方、わたしがチヤちゃんと初めて会った時に着けていたものだ。
このグローブをはめたチヤちゃんの両手は、本来の何倍も太く見えて、本物の熊の爪みたい。
「『熊』の『爪』」と呼んでいるグローブをはめ終えて、チヤちゃんが両こぶしを打ち合わせる。わたしの指差した木の上を、にらみつけながら。
「あの絡新婦の子グモも、一匹残らず滅してあげるわ。パパの形見の、このリンフォンで」
「…………」
チヤちゃんの、あのどこまでも落ちていきそうな、深海のような瞳を見ながら、わたしはなんだか心配になる。
パパに言われた、絡新婦の子どもを祓う作戦が、本当にうまくいってくれるのかな? ……って。
◇◇
「あの絡新婦に、子どもがいるの?」
今日学校から帰ってきたあと、チヤちゃんと一緒にパパに呼び出されたわたしは、パパからそう聞かされた。
「ああ。その絡新婦の子どもを、ユキとチヤちゃんで祓ってきてもらいたい」
昨日と同じく、ニコニコ顔で栗まんじゅうを頬張っていたチヤちゃんは、それを聞いたとたんに笑顔が消えていた。
「おとといの夕方、ユキに祓魔を依頼していたあの絡新婦だが、産卵期で気が立っている、という話は覚えているな、ユキ?」
「うん。わたしも、『ワタシ』にそう伝えたからね」
その「ワタシ」は、今日の朝からずっとだんまりのまんまだけど……。相当、チヤちゃんのことが気に入らなかったみたい。
ちょっと「ワタシ」のことが心配だけど、まずはパパの話の続きを聞こう。わたしはそう決めていた。
「幸い、あの母親絡新婦はチヤちゃんが滅してくれたから、これ以上あの絡新婦が卵を産むことはない。だが、私の配下の退魔師に探らせたところ、すでにこの舞白市のあちこちで、あの絡新婦が産み付けたと思われる妖魔の卵が見つかっている。孵る前の卵はすべて潰すように指示こそしたが、問題があってな」
「もしかして、潰すのが間に合わず、すでに孵ってしまった卵も見つかっている……とかでしょうか? シロガネおじさん」
栗まんじゅうと共に、笑顔を胸の奥底に呑み込んだチヤちゃん。わたしのパパを「シロガネおじさん」と呼びかけながら、チヤちゃんは質問した。パパは、チヤちゃんの顔を見て深くうなずく。
「その通りだよ、チヤちゃん。我々退魔師連盟が今把握している限りでも、すでに孵ってしまった後の絡新婦の卵は十数個ほど発見されている」
「もしかすると、それ以上の数の絡新婦の子グモが、すでにこの舞白市に巣食っているかもしれない、ということですね。滅魔師として、私も聞き捨てならない話です」
「そこで、ユキ。チヤちゃん。退魔師……そして滅魔師である二人に、私から仕事を頼みたい」
わたしは、パパの顔を見ながら「うん」、と答える。もうパパが何を言うかは、わたしだって分かる。
「二人には、舞白市内の絡新婦の子グモを掃討してきてもらいたい。絡新婦の子グモは、まだ孵ってからそう時間は経っていない。強力な妖魔に育つ前の段階である以上、二人なら十分に祓える相手だろう。すでに私の配下の他の退魔師にも、同じ仕事は指示してあるが、今は猫の手も借りたい状況でね。二人にも手伝ってもらえると、私としては大助かりだ」
チヤちゃんは、そこで一歩前に出た。
ポケットから、リンフォンを取り出す。
「私なら、『猫の手』じゃなくて、『熊の手』を貸せますよ、シロガネおじさん。どうか、私にその仕事をやらせてください」
「リンフォンを変形させたときに使えるというアレだね。レイヤ君からも、その話は聞かせてもらった。是非とも、それを振るってきてもらいたい。ユキも、それで構わないな?」
「うん。じゃあ、わたしもちょっと着替えてくるね」
胸の中から、「ワタシ」の苛立った声すらも届かないのはちょっと不安だけど、それでもわたしだって、妖魔を放っておいていいとは思わない。
わたしは、妖魔退治の時に着る巫女服を収めてある、わたしの部屋へと向かった。
「ユキ。わかっているとは思うけど、間違えても私の足を引っ張らないようにしなさい」
「……うん」
この時ばかりは、へそを曲げてわたしの心の奥深くに引きこもっている「ワタシ」が、ちょっとありがたく思えちゃったりするな……。
チヤちゃん、もう少し言い方が柔らかくなると、「ワタシ」とも仲良くできると思うんだけど……。
◇◇
……ということがあって、今わたしたちは舞白市の緑地公園に来ている。「公園」っていうよりは、単に町の中に残されている森って言った方がいいかもだけど……。
わたしは、その緑地公園の森の中で、見つけ出した絡新婦の子グモを指差していた。
絡新婦の子グモは、おとといに見たママ絡新婦が、そのまま小さく幼くなったような姿をしている。
「やだ……これ、離しなさいよ!」
わたしたちと同じか、それより小さいくらいの女の子の上半身を持った絡新婦の子グモは、目元に涙を浮かべていた。その八本の小さな蜘蛛の足には、わたしの放った式神がまとわりついている。
「白妙小町」の術。わたしがママに教わった式神術の一つで、妖気を自分で探して、その妖気の元にまとわりついてくれる和紙の人形を飛ばす。霊力が込められているから、普通の和紙よりも丈夫だし、自分で張り付いて妖魔の動きを鈍らせることだってできる。
この「白妙小町」の術で、木の上で動けなくなっている絡新婦の子グモ。その下で、チヤちゃんは地面を殴った。
「熊」の「爪」と化したリンフォンを叩きつける反動で、チヤちゃんは木の上まで高く飛び上がる。
「!!」
チヤちゃんの、あの深海のような両目でにらまれて、絡新婦の子グモが息を呑む声が、わたしの耳にまで届いた。
「離すわけがないでしょ――」
チヤちゃんは、空中で「熊」の「爪」を振りかざした。
両手の「熊」の「爪」が、絡新婦の子グモの頭と、お腹をわしづかみにする。
「――この忌まわしい妖魔が」
「!!!」
絡新婦の子グモの悲鳴に、ぐしゃりという嫌な音が重なった。
その中身を思い切り握り潰した、チヤちゃんの「熊」の「爪」。それが開かれたなら、バラバラになった子グモの足が、髪の毛が、体の一部だったものが、ぼろぼろと落ちていく。当然、あの妖魔の魂がこぼれ落ちることはない。
「…………!」
わたしは、それを見ていて怖くなってしまった。もちろん、妖魔との戦いは怖いけど、チヤちゃんに感じる「怖い」は、それともちょっと違う。
グローブになっているリンフォンも使って、両手両足で地面に着地したチヤちゃんは、そんなわたしの様子を知ってか知らずか、あの笑顔の抜け落ちた表情をわたしに向ける。
「まずは一匹。ユキ、次の妖魔の居場所は?」
「……え?」
「次の妖魔の居場所よ。あの一匹で終わりじゃない。少なく見積もっても、絡新婦の子グモどもはまだ十数匹……悲観的に考えれば、それ以上いるのよ? ボヤボヤしてたら、狩り尽くす前に日が暮れるわ」
チヤちゃんの言い方はすごく静かだった。でも、わたしはそれに、背筋がゾワゾワするような寒さを覚えてしまう。
だって、妖魔だけれどもあんな小さな子どもを……
「あんたが動かないなら、私が自力で探してもいいのよ。お師匠様とシロガネおじさんの頼みで一緒に来ているとは言え、足を引っ張るなら私はあんたを置いていくからね」
「ちょ……ちょっと待って!」
わたしは、チヤちゃんの声でふっと自分を取り戻した。
今の私が着ている、白い巫女服の懐から、また和紙の人形の束を取り出す。もう一度、「白妙小町」の術を使うために。
この術は、妖魔を見つけ出しながら、妖魔の動きを抑えるのに使えるから、こうやって妖魔を探すのにはとても便利ではある。でも、なぜか今は、この便利さが憎くすら思えてしまう。
「急々……如律令……」
わたしのこの一言をきっかけに、人形の束は森の中に舞い上がった。
あるものはわたしたちの前に。あるものは後ろに。左や右に飛ぶ人形もある。
チヤちゃんはそれを見て、一言つぶやいた。
「この式神たちが多く向かう場所に、妖魔が潜んでいるのね」
チヤちゃんは、そこで、がつんと両手の「熊」の「爪」を叩きつけた。大きな音のあまり、わたしはびくりと肩を揺らす。
「全部まとめて、滅してやるわ」
チヤちゃんは、その言葉を置いて、森の奥へと歩いていく。
私もその後を追いかける。追いかけはするけれど……。
わたしの足取りは、どう見たって速いとは言えなかった。
なぜだか、わたしの膝が震えていたから。