第三話「二度あることは三度ある!?」「どうしてチヤがうちに来たの!?」
「たっだいまー!」
学校の帰りの会を終えて、わたしは家に帰ってきた。大きい家の端っこまで声が届くように、元気に「ただいま」を口にする。
わたしの家は、表に「鵠野」という表札が出ていて、白い壁と門で囲まれた、一階建ての大きな日本風の建物なんだ。もしかしたら、「家」というよりは「屋敷」って言った方がいいかもしれない。
最初わたしの友達を家に呼んだときは、怖い人たちの住んでる家じゃないかと驚かれたけど、もちろんそんなことはない。
わたしの家は、わたしとパパとママが住む家でもあるし、同じ敷地の中には、鵠野神社っていう、神社だってある。
それから何より、わたしの家は、退魔師がいっぱい集まる場所でもある。多くの人がやってきても大丈夫なように、それから妖魔と戦うためのいろいろな準備をやりやすいように、わたしたちの家はこんなに大きな作りになっているんだって、前にパパから聞かされたことがある。
そんな大きな家の中に響いたわたしの声を、最初に聞きつけてくれたのはママだった。
「あらユキちゃん、お帰りなさい」
わたしのママこと、鵠野フブキ。左目の下の泣きぼくろと銀縁の丸眼鏡はいつも通りで、今日は髪形を耳隠しにしている。わたしに退魔の術を教えてくれたのは、何を隠そうこのママだ。
ママに声をかけてもらったわたしは、学校に履いていったサンダルを脱いで、玄関の前にそろえて置く。
そうしたら、わたしの部屋にランドセルを置いて、手洗いうがいをしてからおやつの時間……がふだんのわたしのパターンだけど、今日はちょっと違っていた。
「手洗いうがいをしたら、客間に来てもらえるかしら? パパが呼んでたわ」
「パパが?」
わたしは、首をかしげた。
わたしのパパは、いつもこの家でお仕事をしているから、パパが昼間から家にいることは別におかしくない。でも、こんな風にわたしを呼びつけるということはもしかして……
「また、退魔のお仕事?」
「ううん、新しいお友達よ。新しいお友達がこの家に来ていて、そのお友達をユキちゃんに紹介したい、ってパパは言ってたわ」
「新しい……お友達かぁ」
そこまで聞きつけたところで、「ワタシ」がわたしの心の中でため息交じりにこぼす。
(やれやれ……。今日の学校で会った、あの津上チヤって転校生と言い、ここに来てるっていうその友達と言い、つくづく今日は新しく人と会うことの多い日ね)
わたしは胸に手を当てながら、心の声を上げる。
(うん。こんなことがあるなんて初めてだけど、どんなお友達なのか、ちょっと楽しみだね)
「それじゃあママ。ランドセルを置いてくるから、ちょっと待ってて」
「ええ。今日のあなたの分のおやつは、もう客間に出してあるわ。そのお友達とおしゃべりしながら食べてね」
「はーい!」
玄関から上がったわたしは、ランドセルを下ろしながら、わたしの部屋に向かった。
□□
「あーーーー!!!」
……で、客間に行ったわたしは、びっくり仰天しちゃうことになる。
何せ、そこにいたのが何を隠そう、津上チヤ……今日、小学校で転校生としてやってきたチヤちゃんだったから。
チヤちゃんはニコニコ笑いながら、おやつとして出されていた栗まんじゅうをほおばっていたけれど、わたしと目が合った瞬間、すとんとその笑顔が抜け落ちちゃった。
「もしかしてと思ったけど、やっぱりあんただったのね、鵠野ユキ」
「もしかしてって、チヤちゃんはわたしと会うことを知ってたの!?」
「簡単なことよ。昨日あんたと会ったとき、あんたは妖魔を追っかけ回していた。今朝学校であんたの名札を見て、あんたの本名を見た。そして今日この家に来た時に見た『鵠野』って表札。この三つを考えれば、おそらくここで紹介されるのはあんただろう、くらいのことは簡単に予測できるわ」
「さすがチヤさん。今日も推理が冴えてますね」
その左隣に座っていたお兄さんが、チヤちゃんに言う。
チヤちゃんの横に座っていたのは、大学生くらいの男の人。優しく細められた両目にかかる、縁なしの眼鏡が素敵な人だった。タートルネックのセーターと、黒のチノパンを着ている。
この眼鏡のお兄さんの方を見ると、チヤちゃんの顔に笑顔が戻った。
「ですよねお師匠様! もっと私のことを褒めてください!」
チヤちゃんは眼鏡のお兄さんの左手に、自分の両手を絡めて、お目目をキラキラさせちゃってる。
(……こいつ、とんでもないぶりっ子女ね……)
これには、「ワタシ」も心の中で、引きつったような言葉を口にするほか、ない。
それにしても、この人は一体誰? チヤちゃんとどういう関係の……
なんて思い始めていたわたしの背中側で、客間のふすまが開けられる音がした。
「いやはや、待たせてすまないねレイヤ君。チヤちゃんのご所望の栗まんじゅうのお代わりを持ってきたよ」
この声なら、わたしは聞き覚えがある。聞き間違えっこない。だってこの声は、わたしのパパのものなんだから。
わたしは振り返って、パパに挨拶をした。
「パパ、ただいま!」
「おお、ユキも帰っていたか。ママの言いつけ通り、客間に来てくれたな」
栗まんじゅうと、湯気をくゆらせる急須を乗せたお盆を両手に持った、四十歳ちょっとくらいの男の人。髪の毛はちょっと白髪が混じってるけど、目元はキリッとしている。
白衣と黒の馬乗袴に身を包んだこの人が、シロガネことわたしのパパ。
パパに「レイヤ君」と呼ばれたお兄さんは、にこやかに頭を下げながら、パパに言う。
「退魔師連盟の連盟長が自ら、お茶とお菓子を持ってこられるとは恐縮です」
「こちらこそすまんね。今日この時間は、たまたま使いの者たちを買い出しに行かせていてな。私は普段、自分で茶を淹れない無精者だから、淹れ方が下手だったらご容赦願いたい」
「またまたご謙遜を、シロガネ連盟長」
言葉遣いこそとっても丁寧だけど、このレイヤさんって人は、パパととっても気が合っているみたい。
その後も楽しそうに笑いあっているパパとレイヤさんって人を見ながら、わたしはボーゼンとしてるしかなかったけど、それが落ち着いたら、パパがわたしの方に目配せしてくれた。
「それではユキ、お前にもちょっとことのあらましを説明しよう。そこに座りなさい」
「うん、パパ」
この客間は、だいたい八畳くらいの広さの部屋に、四人掛けの黒塗りの座卓が置かれている。
その周りに置かれた四つの座布団に、わたしとパパとチヤちゃんとレイヤさんが、それぞれ座って、お話が始まった。
□□
「レイヤさんが、滅魔師?」
パパの淹れてくれたお茶を一口飲んでから、わたしはパパに聞いた。
「ああ。滅魔師のことは、以前ユキにも話したことがあるだろう。このレイヤ君とチヤちゃんが、その滅魔師だ」
それを聞いて、レイヤさんの一つ首を縦に振る。
「はい。改めて自己紹介しましょう、ユキさん。僕は前戸レイヤと言います。僕は男ですので、滅魔『師』ではなく、滅魔『士』と言った方が正確かもしれませんが」
そのあと、パパやレイヤさんは、わたしに色々な話をしてくれた。
わたしたち人間の世界を守るために、夜に隠れて妖魔と戦う人たちは、二つに分けられる。
一つが、わたしやパパ、ママみたいな退魔師。正しく輪廻の輪を巡れずに、妖魔になってしまった魂を解き放ち、祓うことを得意にしている。
そしてもう一つが、チヤちゃんとレイヤさんみたいな滅魔師。わたしたち人間の世界にうんと悪さをする邪悪な魂を砕き、輪廻そのものをさせなくする力を持っている。
退魔師と滅魔師は、それぞれが「連盟」っていうグループを作っている。それが、退魔師連盟と滅魔師連盟って言われている。
それで、わたしのパパは、何を隠そうその退魔師連盟の連盟長というお仕事をしているんだ。だから、わたしたちの住んでるこの家は、退魔師連盟の本部っていうこと。
(でも、退魔師連盟と滅魔師連盟は、考え方の違いもあって、あんまりお互いにやり取りをしていない、って話じゃなかった? いったいどういう風の吹き回しで、こんなことになってるわけ?)
一緒になって話を聞いていた「ワタシ」は不思議そうにしている。同じ質問をしたいのは、わたしもだった。
そのことをパパに聞いてみると、パパはそれはもう楽しそうに、答えてくれた。
「ああ。確かに滅魔師連中は融通の利かない奴が多いんだが、このレイヤ君だけは格別でな。以前、退魔師連盟で受け持っていたある妖魔との戦いで、たまたまツテのあった滅魔師……ではなく滅魔士としてレイヤ君に助力を頼んだんだ。そうしたらこのレイヤ君が、本当に話の分かる男で!」
「その節は連盟長にも大変お世話になりましたね」
という風に、パパが困っていたその時に、レイヤさんが色々と手助けをしてくれたみたい。みたいなんだけど……途中から話があちこちに行って、話の筋がちょっと分からなくなっちゃったのはここだけの秘密。
話が本筋に戻ったのは、わたしが湯呑みの中のお茶を全部飲み干した後だった。
「……それで、チヤちゃんの件で、今日はレイヤ君たちに来てもらったというわけだ。レイヤ君、ユキにも説明をしてもらっていいかな?」
「はい」
レイヤさんは、優しい笑みをわたしに向けてくれた。わたしはまだ男の人が好きとかそういうのはよく分からないけど、でもこんな風に笑いかけてくれたら、ドキドキしちゃう子がいるんじゃないかな。
そんな風に思うわたしに、レイヤさんは若い男の人の声で説明してくれた。
「実は、僕はこのたび、滅魔師連盟の中で、大獄正という位の得度を受けました。簡単に言えば、滅魔師……もとい滅魔士としての免許皆伝を受け、すべての技を教われる立場になった、というわけです」
「そう。私のお師匠様は、男の人で初めて、大獄正にまでなった天才なのよ」
チヤちゃんがすごく自慢げに言ってくるけど、わたしはそれも分かる気がする。
わたしもパパやママに教わったんだけど、妖魔と戦うために必要な力……「霊力」っていう力は、たいていの場合女の人の方が強いんだって。霊力を高めたり減らさないようにしたりする修行は、男女関係なくできるけれど、位が上がれば上がるほど、男の人の数はどんどん減っていく。
男の人でも、強い霊力を持った人はたまにはいるんだけど、本当にそれは珍しい。そんな珍しい男の人の退魔師は、「退魔『士』」なんて言われたりする。
話を聞いてみる限り、このあたりの事情は滅魔師もおんなじみたい。だから、レイヤさんは自分のことを「滅魔師」じゃなくて、「滅魔士」って言ったわけなんだね。
ちなみに、わたしのパパも、わたしが生まれる前……大人になる前は、今のわたしみたいに退魔士として戦っていたみたい。
そのときのパパはとても強かった、ってママは話していた。けど、今のパパはもう霊力を失ってしまったから、退魔師をまとめるお仕事だけをやっているみたい。
(小学校の時点で大学の算数まで手を出している天才の師匠も、また天才ってわけね)
ひどく面白くなさそうな調子で、「ワタシ」は毒づいていた。
でも、レイヤさんのその実力が認められたことと、チヤちゃんがここにいることがどうつながってくるんだろう?
不思議に感じたけど、それはすぐさまにレイヤさんが説明してくれた。
「実を言いますと、僕は少し前、大獄正としての初仕事を、滅魔師連盟から命じられました。詳しくは話せないのですが、大きな危険が起こりうるような任務です。本来なら、修行も兼ねて僕がチヤさんを伴って行きたいのですが、さすがにそれは危険過ぎる、と認められませんでした」
レイヤさんの左手にすがりつくチヤちゃんは、すっかり眉毛が落ち切って、泣きそうな表情になっている。よっぽどレイヤさんのことが好きなんだね、チヤちゃんって。
と、そこまで話したところで、今度はパパが話を始めた。
「そう。そこで、レイヤ君が任務から戻るまでの間、チヤちゃんのことをうちでお預かりしようか、と私から問いかけてみたんだ。そうしたら、レイヤ君も一も二もなく賛成してくれてな」
「別に僕たち滅魔師連盟と、退魔師連盟は喧嘩をしているわけではありませんが、これまであまり交流がなかったですからね。今後のことを考えると、同じ妖魔と戦う者同士、交流があった方が何かとお互いのためになるかと思いますし」
「その通り。ちょうどうちのユキとそちらのチヤちゃんは同い年で、友達になるのもそう難しいことではないだろうと――」
ぷつり、とそこで何かが切れる音が、わたしの耳の奥で響いた。
それは「ワタシ」の堪忍袋の緒が切れた音だと分かったわたしに、「ワタシ」は即座に詰め寄った。
(「わたし」。ちょっとワタシと代わりなさい)
(……え?)
(いいから代わりなさい! 今すぐ!)
わたしは、「ワタシ」の剣幕に押されるまま、その場で両目を閉じて――。
□■
――で、ワタシの出番ってわけ。
「ねえあんた」
太陽が沈むまではまだ時間があるけれど、幸いこの客間なら直射日光は届かない。昼間からワタシが表に出られる。
ワタシは、銀色に変わった髪の毛を振り乱して、目の前にいる父親に食ってかかる。
「まさか、ワタシたちにこいつと一緒に住め、なんて言ったりしないわよね?」
ワタシの父親は、一瞬驚いたような顔をしていたけど、いつものこととすぐに事情を察して、対応を始める。
「……ヴァンパイアのユキか。いきなりチヤちゃんを『こいつ』呼ばわりするのは失礼だろう」
「そんな話は今はどうだっていい。ワタシの質問に答えなさい」
ワタシが表に出て、ヴァンパイアのそれに変わったワタシの指の爪を、座卓に食い込ませながら父親を睨む。
父親は、一つため息をついてから、腕を組みつつ口を動かした。
「ああ。レイヤ君の任務が終わるまでは、チヤちゃんにはこの退魔師連盟の屋敷の一室をお貸しする手はずだ。すでにその旨、屋敷の使用人たちにも連絡してある」
「ワタシは反対よ。ワタシたちも昨日伝えなかった? 絡新婦を祓おうとしたら、一人の滅魔師に……つまりチヤに横から邪魔されたって話を。あなたはそんな、ワタシたちと足どりを合わせる気のない女と、仲良しこよしになれとでも言うのかしら?」
ワタシの父親は、苦虫を潰したように顔をゆがめる。
「この件について、話が決まり次第すぐにお前たちへ連絡しなかった私にも、非があることは認めよう。だが、チヤちゃんは滅魔師として間違えたことはしていない。昨日はきちんと連携して戦えなかった、お前のその不満は分かる。であればこそ、明日以降はこの連携ミスを踏まえて、お互いに協力し合って、妖魔と戦ってくれれば問題はあるまい」
ぎりっ、とワタシの伸びた犬歯がきしむ音を立てる。
「何よそれ? おまけに明日からチヤと協力して妖魔を退治しろって?」
「ああ。先ほどレイヤ君も言っていたのを聞いたろう? 今後はお互いのために、退魔師と滅魔師の交流があったほうがいいと」
「そんな友達ごっこを、あんたらの一存で押し付けられる身にもなりなさいよ!」
ワタシは我慢できずに、右手の拳を振り上げて、チヤを人差し指で指す。
「だいたいこいつの……チヤの両親は何をやってんのよ!? 滅魔師連盟の師匠がしばらく不在だからって、それでいきなりうちに住み込むのはおかしいでしょう! その前に、まずはチヤの両親がどうにかするのがスジってもんで――」
「私の両親は……ううん。私以外の家族は、すでに亡くなっているわ」
「……え?」
(……え?)
ワタシは、「わたし」と一緒に虚を衝かれた。
抗議する私の横で、ぽつりとチヤが言った言葉で。
ワタシは、犬歯の伸びたこの顔を、チヤの方に向け直した。
チヤはそのとき、あの光の届かない深海のような目をしていた。
「――妖魔に……あんたの同族に殺されて、ね」
その声は、深海の奥底から吹き上がるような、暗い情念で静かに震えていた。