エピローグ
「クレープ買ってきたよ、チヤちゃん!」
舞白市立中央公園……こないだわたしがチヤちゃんからフィナンシェを分けてもらったあの場所で、今度はわたしがチヤちゃんにクレープを買って持ってきていた。
チヤちゃんは、あの日と同じベンチに腰かけて、わたしのことを待っている。
「またニンニクでも入ったクレープじゃないでしょうね」
チヤちゃんはわたしに疑うような眼を向けてきたけど、わたしはすぐさまに首を横に振った。
「ううん。今度はクリームとチョコレートと、フルーツがいっぱい入ってるやつだよ!」
このクレープ屋さんのスペシャルトッピングは、肉肉軒のニンニクラーメンの次にわたしのお気に入り! チヤちゃんの隣に腰かけたわたしは、そのお気に入りのかたっぽを、チヤちゃんに差し出した。
チヤちゃんは、クレープの包み紙をめくって、その中身の匂いを少し嗅いでみる。
「確かに、クリームとチョコレートと果物の匂いね」
「もう……そんなに疑わなくてもいいじゃん! わたしだって、ニンニクばっかり食べてるわけじゃないんだからね」
(……あれだけニンニクラーメンを食べまくってた「わたし」に、言えたセリフじゃないとは思うけどね)
「ワタシ」は、心の奥底で言っていた。
「それじゃあ、いただきまーす!」
わたしとチヤちゃんは、一緒にスペシャルトッピングのクレープにかじりつく。うーん、やっぱりこの味、いつ食べても最高!
しばらくの間、わたしたちはクレープを食べることだけに、口を使っていた。
この食べごたえ抜群のクレープを半分くらいお腹の中に収めたところで、わたしの方から、チヤちゃんに話しかける。
「そういえばチヤちゃんは、これからも舞白小学校に通うんだよね?」
チヤちゃんは、わたしの方に向き直って、首を一つ縦に振ってくれた。
「ええ。そもそも私がこの舞白市に来た理由は、お師匠様の引っ越しが理由だもの。お師匠様はこの町の大学に合格して、ここで暮らすことになったの。私もお師匠様と一緒にいたいから、その引っ越しについて来て、ここにいるわけよ」
そういえば、パパも話していたっけ。ここ、舞白市にある大学は、日本全国にも名が知れていて、それで全国から受験する人がたくさん来るような、有名なところなんだ、って。
「じゃあさ、わたしたち、これからもずっと一緒にいられるね」
わたしは嬉しくなっちゃって、思わず声をあげる。
確かに、チヤちゃんは最初会ったときは、とっても怖い女の子に見えていた。でも今なら、そのわけだって分かるから、その怖さは平気になってきた。
チヤちゃんが生まれたときには、すでに始まっていた、カズトモさんの恐ろしい計画。それで家族を奪われたことで、チヤちゃんは妖魔が憎くてたまらなくなっちゃったわけだからね。
でも、閻婆に変わっちゃったパパをその手で倒し、チヤちゃんは五年前の悲劇から自分のことを助けてあげた。これでチヤちゃんも前に進めるはず。
そんなチヤちゃんとなら、きっとわたしたちは本当の友だちになれる。退魔師として、それと滅魔師として戦っているっていう秘密を共有できる友だちだなんて、なんだか夢みたい!
思わず両足をベンチの上でバタバタさせてはしゃいじゃうわたし。チヤちゃんは目を閉じて、唇だけで笑顔を作って言ってくれた。
「言っとくけど、私はあんたの甘ったるい考えにまで付き合ってやるつもりはないわよ。五年前の事件の真相がああだったと分かったとはいえ、それでも私の家族が妖魔に奪われた事実は変わらないもの。私はこれからも、妖魔どもに無意味な慈悲をかけてやるつもりはないわ。それで妖魔が滅されるのが嫌だとか言うなら――」
そこで、チヤちゃんは片目だけを開けて、わたしの顔を見てくれた。
「――せいぜい私が妖魔を滅するより先に祓えるよう、あんたも修行の手を抜かないことね」
それを聞いていた「ワタシ」は、わたしの胸の中で、もう何度目になるかも数え切れない、あきれた声を響かせる。
(やれやれ……。どこまで行っても、つくづく素直じゃないわね。チヤのやつったら)
(でも、こっちの方がチヤちゃんらしくていいんじゃない?)
(……ま、それもそうね)
わたしが小さい頃からよく遊んでいた、この舞白市立中央公園。
そこで、わたしとチヤちゃんは、クレープを食べ終わったあとも、いつまでもおしゃべりを続けていた。
これが、わたしたちが津上チヤこと、チヤちゃんと初めて出会ったときのお話。そして、これからも長く続く、チヤちゃんをパートナーとした、妖魔退治の日々の始まりだったんだ。
わたしとチヤちゃんのこれからのお話も、いつかまた聞いてくれると嬉しいな。
わたしは、わたしたちは、鵠野ユキ。ふたりでひとりの、退魔師。
この名前を、またどこかであなたが耳にする日が、来ますように!
(おしまい)




