第二話「転校生は天才!?」「チヤのやつがやってきた!」
次の日の朝。わたしはいつもと同じように、小学校に登校していた。
今日のわたしは、妖魔と戦うときの格好じゃなくて、ちゃんと私服を着てきている。
わたしたちの住んでるこの町……名前は「舞白市」っていうんだけど……は、昔から色々なお祭りなんかも開かれてきてる。だけれど、さすがに何かお祭りでもなければ、小学校に巫女服を着てきたら目立ち過ぎちゃうからね。
今日のわたしは、肩出しのリブニットと、黒のアンダーシャツを上に着てる。下は、桜色のプリーツスカートと、かかとのある編み上げのサンダルを履いてきてる。
いつものこのお気に入りの服を着て、赤いランドセルを背負ったわたしは、「舞白小学校」っていうプレートのかかった校門をくぐり抜けた。
下駄箱で、サンダルを靴下と上履きに履き替える。それが終われば、階段を登って教室に。
ランドセルを自分の机に置いて、お手洗いに行ってきたら、わたしのお友達とおしゃべりをしながら、先生が来るのを待つ。今日は、お友達のひとみちゃんが、お話相手だ。
こんな風に、いつも通りに教室で過ごしていたら、教室の前の扉が開いた。そこに見えるのは、わたしの担任の先生だ。
残念だけど、ひとみちゃんとのおしゃべりの時間はあっという間におしまい。わたしとひとみちゃんは、先生に言われて自分の席に戻る。
そうしたら、日直のかけ声で、起立・気を付け・礼。こうやって、朝の会が今日も始まる。
プリーツスカートの裾を押さえながら椅子に座るとき、わたしの胸の中から声が聞こえた。
もう一人のわたしこと「ワタシ」……ヴァンパイアの「ワタシ」は、ふと昨日のことを思い出していたみたい。
(しかし、昨日はあの女にやられたわね。まさか、絡新婦へのとどめを、あいつに持っていかれるなんて)
(……うん……)
わたしも昨日のことを思い出したら、しょんぼりして眉がすとんと落っこちちゃう。
結局、わたしたちはあの絡新婦を祓ってあげることはできなかった。
わたしの術が完成する前に、いきなり現れたあの女の子――深い青色のワンピースを着た子が、熊みたいな大きな爪を両手に着けて、それで絡新婦の魂を砕いてしまったんだ。
妖魔は人間とは違った存在だけど、わたしたち人間と同じで魂もある。もしわたしの退魔の術が普段通り効いていれば、浄化された魂がその場で立ち上って、どこかへ消えていくはず。昨日はその立ち上る魂が見えなかったってことは、絡新婦の魂はもう――。
(あの女、絡新婦を倒したあとはすぐどっかに行ったけど、あいつの正体は何なのかしらね)
(いくら相手が妖魔だからっていって、いきなり魂を砕いちゃうのはひどすぎるよね)
(相変わらず「わたし」らしい甘い意見だけど、今回ばかりはワタシも同感ね。ワタシたちが苦労して追い詰めた絡新婦を、横から始末するような真似なんてして)
とそこで、今度はわたしの心からじゃなく、耳から聞こえた声に、びっくりする一言が混ざっていたことに気付く。
「皆さん、今日からは私たちのクラスに、新しいお友達が加わります」
っていうことは……転校生!?
(どんな子が来るのかな?)
(さあ? ワタシに聞かれても困るわ)
そんな風にわたしと「ワタシ」が心の中でおしゃべりしていたら、先生はクラスの前側の扉の向こうに呼びかけた。
「津上チヤさん、こっちへ来てください」
もう一度クラスの前側の扉が開いたなら、わたしも「ワタシ」も、心の中でのおしゃべりの声が、あっという間に消えてしまった。
だって、その女の子は、わたしたちが昨日見た、あの女の子だったから。
髪はわたしと同じセミロングだけど、それを首の後ろで一本にまとめて背中にかけていた。前髪は猫のヘアピンでとめている。その前髪の間から見える瞳はきれいだけど、どことなく深い海を覗き込むような怖さもあった。口元は、ちょっとつまらなさそうに曲げられている。
先生に「津上チヤ」と呼ばれたその女の子の着ている服は、深い青色のワンピース。昨日あの子が着ていた、二つの胸ベルト付きのコートは、今日は着ていない。だけれど、顔はもう、見間違えようがない。
(こ……これって……!?)
(どういうことなの……!?)
わたしと「ワタシ」は、もう何が何だか分からなくて、二人で心の中、お互いに顔を見合わせるほかなかった。
□□
「ねえ、チヤちゃん」
給食の時間が終わった昼休みに、深い青色のワンピースの女の子……チヤちゃんっていう子がお手洗いから戻ってきた。そこを狙って、わたしはチヤちゃんに話しかけてみる。
「よかったら、舞白小学校の校内探検してみる?」
何がどこにあるかをチヤちゃんに教えてあげようという親切心と、そこからうまいこと昨日のことを聞き出したい気持ちと、二つが混ざった状態でわたしは話しかけてみる。
午前中とか給食の時間は、他のクラスの友達が入れ替わり立ち代わりでチヤちゃんのところに来て、なかなか話せる時間がなかったし……。
でも、チヤちゃんはつまらなそうに鼻を一つ鳴らして、ランドセルから教科書を取り出すだけだった。
「これから授業の予習をするの。邪魔しないでくれる?」
でも、そう言うチヤちゃんが席に座りながら取り出した教科書は、わたしたちが使ってるはずの教科書よりももっと分厚くて、そして難しい漢字がいっぱい並んでいた。
「それ……何……?」
「微分方程式の教科書よ。解析学と線形代数の勉強が終わったから、次はこれをやるの」
「…………?」
ビブンホーテーシキ? カイセキガク? センケーダイスー? ママに教えてもらった退魔の術なんかよりも、もっと難しそうな言葉で、さっぱりわけが分かんない!
そんな言葉を聞いて、目をぐるぐる回しているわたしを見てか、呆れたようにチヤちゃんは言う。
「大学の数学……じゃなくて、大学で勉強する算数よ。高校までの算数の予習は終わったし、今はこれで予習をしてるわけ」
そっか、大学で習う算数だったら難しいのも当たり前だもんね。
(……って納得してるんじゃないわよ「わたし」! あとそれから昨日のことをこの女から聞きなさい!)
(……あ、そうだった!)
(この真っ昼間……しかもこんな日当たりのいい教室の中じゃ、ワタシは表に出てこれなんだから、「わたし」ももうちょっとしっかりしなさい!)
「ワタシ」に叱られながら、わたしはどうにか頭を振って、改めてチヤちゃんに話しかける。
「ところでさ、チヤちゃん。昨日のことなんだけ――」
今度は、チヤちゃんが手元でものすごい速さで動かした鉛筆で書かれたノートの切れ端のメッセージが、わたしの目の前に突き出された。
『その話を学校でするな。他の生徒に聞かれたら面倒だ』。
(……昨日といい今日といい、なんなのよ、この女)
ここまで無愛想な態度を取られ、わたしの中の「ワタシ」は、心の中でそう吐き捨てていた。