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退魔師ユキちゃんはふたりでひとり! -激突! 退魔道 vs 滅魔道!-  作者: 桜エルフ
第四章「十三夜の月の決戦!」「閻婆、地獄に帰る!?」
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第二十一話「最後の希望をつなぐもの!」「蜘蛛の糸をつかみ取れ!」

 チヤが地獄の「門」を開き、父ともども地獄へと落ちる頃。

 彼女らは、森の中で食事を行っていた。

 彼女らの食事は、森に住む虫や小鳥たち。その中には、たまに獣の姿も混じっている。

 彼女らが八本の脚で森の中を歩き回り、集めた虫や小鳥などを一山にまとめたものを取り囲んで、食事は静かに行われていた。


「むしさん、ことりさん、けものさん、ありがとう」


 大蜘蛛の体から人間の少女の上半身を生やしたような、奇怪な姿を持つ妖魔――絡新婦(じょろうぐも)

 彼女らは一言、祈りのような言葉を捧げてから、集めた獲物をその腹の中へ収めていく。


「これじゃ、おなかいっぱいにならない。でも、人間はたべちゃだめ。人間たべたら、わたしたち、はらわれちゃう」


 彼女らは、数週間前に出会った人間の退魔師の言葉を思い出し、自身らに言い聞かせるようにしていった。

 あの人間の退魔師の言葉は、今でも心に残っている。

 のみならず、その匂いすらも、彼女らの鼻の中に届いていた。


「あのおねえちゃんの、匂い?」


 絡新婦(じょろうぐも)の群れの中で、最も体の大きな一体が、ふと匂いの方向を向く。


「どうしてここで、この匂い? それに、このにおい、悲しいのもまじってる。それも、どうして?」


 あの人間の退魔師の匂い。

 そこににじんでいる、悲しみ。

 絡新婦(じょろうぐも)の子グモらは、食事を終えたのならば、歩み始める。

 数週間前、自身らを見逃したあの退魔師の少女の匂いが漂ってくる理由。

 そこに、悲しみすらもが混じっているわけ。

 そのどちらをも、知りたいと欲して。


□□


「――仕舞(しめ)ぇだな」


 チヤちゃんが閻婆(えんば)と共に地獄に落ちてしまった後、その声が遠くから届いた。


(この声……おじいさんの声?)


(となると、もしや……)


 涙でまだ、わたしの喉はまともに動かせない。だから代わりに、わたしは「ワタシ」と心の声で会話をする。

涙を巫女服の裾で拭いながら、わたしは振り返った。パパやレイヤさんにならって、声のした方を見た。

 そこに立っていたのは、髪の毛が一本も残っていない、一人のおじいさんだった。

 そのおじいさんは、黒い紋付(もんつき)っていう服を月光にさらして、工事現場の空き地のはじっこから、こちらに歩んでくる。きっとこのおじいさんは年をたくさん取っているはずなのに、杖を持たずにしっかりとした足取りをしている。

 おじいさんへ最初に声をかけたのは、わたしのパパだった。


「ザンエ殿、ですか」


 それを耳にしてわたしの中で、「ワタシ」がやっぱり、とこぼす。


(このじいさんがザンエ……滅魔師連盟長をやってる()()クソジジイね)


 もちろん、この「ワタシ」の物言いは、わたしにしか聞こえない。このおじいさんこと、ザンエさんは、パパを見るや、面白くなさそうに吐き捨てた。


「妙に胸騒ぎがしやがるから、(おれ)自らがここに出向いたら、この有様(ありさま)とはな。おいシロガネちゃんよ。この件には手前(てめ)ぇら退魔師連盟の助力は要らねぇ、と(おれ)は確かに言ったはずだが、忘れたか?」


 でも、パパはそれにひるまない。


「忘れてはおりません。ですが、妖魔が人に危害を加えるのであれば、それに対処するのが我々退魔師連盟の仕事です。たとえザンエ殿が、この件を独力でどうにかできたとしても、それは我々が動かない理由にはなりません」


 ザンエさんは、いらついたように舌打ちを一つ打った。


「相変わらず、手前(てめ)ぇのその性格は、餓鬼(ガキ)の頃から変わっちゃいねぇな。真面目くさって任務だの使命だのぬかして、頼んでもいねぇところにしゃしゃり出てきやがる。今回もご多分に漏れず、な。おい、レイ坊」


 ザンエさんは、今度はレイヤさんの方に向き直った。レイヤさんは、ようやく眼鏡をかけ終えたけれども、うつむいたまま何も言うことはない。


「もう一度言う。この件はこれで仕舞(しめ)ぇだ。他の滅魔師連中ともども、とっとと引き上げるぞ」


「――――」


 ザンエさんは、月の光を受けているだけではとても説明がつかないような、強い眼光をレイヤさんに投げかけた。

 けれども、次にレイヤさんに話しかけた言葉には、ほんの少しだけど思いやりがにじんでいるように、わたしには思えた。


「カズトモの野郎は、チヤと一緒に地獄に落ちた。レイ坊に勝ちてぇだの何だのっつう、腑抜けた御託(ごたく)をのたまいながらな。昔から、滅魔の術の根源を調べることを目指して、何人もの滅魔師が、いくつもの方法で地獄へ向かおうとした。その結果がどうだったかは、(おれ)がレイ坊に講釈してやったはずだが、覚えているな?」


「……『そのいずれもが、ことごとく失敗に終わっている。そもそも生きたまま地獄に行く術が失敗に終わるか、よしんば成功したとしても、地獄から帰ってきた人間は誰一人としていない』、ですよね」


 レイヤさんは眼鏡の下で、悲痛そうに眉を歪めながら、ザンエさんに応えた。

 ザンエさんは、月の光を受けた白い歯を口元から覗かせて、そっとうなずく。


「そうだ。いくら(おれ)ら滅魔師が地獄の専門家であっても、地獄に一度落ちちまった人間を助けるすべは()ぇ。(おれ)ら滅魔師は滅魔師であって、仏じゃあねぇんだからな。ここにこれ以上いても、時間の無駄だ」


 わたしは、目の中に残っている最後の涙の一滴を拭いた。きっと、もともと赤いわたしの目は、もっともっと赤らんでるんじゃないかな。

 わたしは、その目を、パパの腕の中からザンエさんに向けた。気を緩めたらまた涙が出てきそうになるのをこらえて、お腹に力を入れる。


「……あの……地獄に落ちたチヤちゃんは、どうなるの?」


 意を決して言葉を放ったわたしに、ザンエさんとレイヤさんとが、月の光を背景に視線を送ってくる。


手前(てめ)ぇは……チヤが話していた、シロガネちゃんのとこのユキとかいう餓鬼(ガキ)か?」


「ええ。その通りです、ザンエ連盟長」


 わたしがザンエさんに返事をする前に、代わりにレイヤさんが言い出してくれた。その後、レイヤさんは、わたしのことを見てくれる。


「では、ユキさんのその質問には、僕から答えましょう。僕たち滅魔師のこれまでの研究により、地獄は灼熱の炎と荒れ狂う嵐、おびただしい瘴気(しょうき)と亡者の悲鳴に満ち満ちた場所だと考えられています」


 レイヤさんは、いつもの穏やかな笑顔をわたしに向けようと、一生懸命に頑張っていた。だけれど、その笑顔にかかる陰りは、隠し切れていない。


「今ごろチヤさんは、地獄の炎や嵐や瘴気に、生身の人間の体のままさらされているはずです。滅魔の術で借り受けた地獄の炎や瘴気ですら、恐ろしい威力を持つのに、ましてやその根源に直接さらされる形となったら……」


 レイヤさんは、そこまで言って、口ごもってしまう。


「――自分で質問に答えるっつったなら、最後まで言い切りな、レイ坊。話が尻切れトンボになっちまうだろうが。まあいい、その先は(おれ)が答えてやるぜ、ユキとやら」


 そのあとの言葉は、ザンエさんが引き取った。

 これ以上ないほどの、残酷な結論を告げるために。


「平たく言やぁ、チヤは地獄で間もなく命を落として、そのまま地獄の亡者の仲間入り、ってことになるだろうな」


 ザンエさんこの宣告を聞いたとき、わたしは耳に刃物を突きこまれたような痛みが走った気がした。


「命を……落とす……!?」


 息が浅くなっていくわたしの中で、「ワタシ」もうめく。


(あの根暗女はいけ好かないけど、それでも寝覚めが悪過ぎる話ね)


 そうだよ……そんなの、ないよ!

 わたしは、もうなりふり構わずに、みんなに叫んだ。


「ねえ! 今から地獄までチヤちゃんを助けに行く方法はないの!?」


「さっきも(おれ)が言ったろ。『地獄に一度落ちちまった人間を助けるすべは()ぇ』ってな」


 ザンエさんは歯を剥き、わたしの上の方に……わたしを腕の中で支えるパパにぎらぎらした眼光を向けた。


手前(てめ)ぇしかり、手前(てめ)ぇの餓鬼(ガキ)しかり、親子揃って人の話を聞き入れねぇ分からず屋どもが」


「…………」


 今、わたしのパパはどんな顔をしているかは、パパの腕の中にいるわたしには分からない。けれども、とても厳しく辛い面持ちでいるんだろうとは、腕の中にいても分かる。

 そんな時だった。

 夜風の吹く音に混ざって、何かが葉っぱをかき分ける、がさがさという音が届いた。


(今の音は……あの茂みの方?)


 「ワタシ」がわたしに示してくれたように、そのがさがさという音は、空き地の隣の雑木林の中から聞こえてきた。そういえば、この空き地は、すぐ隣が雑木林になっているんだ。

 がさがさという、雑木林の葉っぱが揺れる音は、一つじゃない。いくつもいくつも鳴り響いている。

 やがて、月の光は、雑木林の中から飛び出した、大きな蜘蛛の脚を照らした。


「あ……あなたたちは!?」


「おねえちゃん、ひさしぶり」


 そこに現れたのは、絡新婦(じょろうぐも)の女の子たちだった。

 その子たちの上半身は、わたしと同じくらいの女の子に見える。そして、その顔立ちには、見覚えがある。

 現れたのが別の妖魔ということもあり、レイヤさんとザンエさんは、とたんに目つきが厳しくなった。

 でも、わたしの顔を覗き込んできたパパだけは、そうではない。わたしに、何事かとわけを聞いてくる。


「この絡新婦(じょろうぐも)たちは、ユキの知り合いなのか?」


「うん。ほら、チヤちゃんと妖魔を狩りに行った時の……」


 そこまで言えば、察しのいいパパはすぐに気付いてくれる。


「そうか……あの時の!」


 そう。わたしがパパの言いつけを破ることを承知で、舞白(まいしろ)市の緑地公園で(はら)わずに逃がしてあげた、あの絡新婦たち。それが、この子たちだ。


(そういえば、あのとき「わたし」は、絡新婦(こいつら)に隣町まで逃げろって言ってたものね。ここに絡新婦(こいつら)がいるのも納得だわ)


 「ワタシ」も覚えていてくれたこの絡新婦(じょろうぐも)の子グモたちは、相変わらず器用に動かせる八本の脚を使って、わたしのところまでそっと近づいてくる。

 あの時もわたしとお話ししてくれた、真ん中にいた絡新婦(じょろうぐも)の子グモが、わたしにそっと話しかけてきた。


「あのね、おねえちゃん、泣いてたから気になったの。どこか、痛いの? これ、使って」


 絡新婦(じょろうぐも)の子グモの口元が、しゅるると鳴った。

 その後、口から出てきたのは、蜘蛛の糸だった。チヤちゃんにとどめを刺されちゃった、この子たちのお母さんのと比べると細いけれど、それでもちょっとした縄ぐらいの太さはある。


(これを包帯代わりにでも使え、ってことかしらね。あいにくと、「わたし」の痛みは、包帯でどうにかなるようなものではないんだけど……って、あれ?)


 わたしの中で、「ワタシ」が気付いた。

 絡新婦の子グモが吐いた糸に、じゃない。わたしの隣でしゃがみ込み、その糸を見る、パパの視線に。


「……パパ?」


 「ワタシ」に教えられて、わたしもパパに声をかけた。

 その目は、いまだに厳しい。だけれど、そこには絶望や悲しみとは違う、別の色が宿っている。

 意を決したように、パパは口を開いた。


絡新婦(じょろうぐも)のお嬢さん。私は鵠野(くげの)シロガネ……このユキという、君たちを助けた女の子の父親だ。少し、聞かせてもらいたい。君たちは、この糸を思いっきり吐いたら、どれくらい吐けそうかな?」


「「……え?」」


 わたしと、絡新婦の子グモが、一緒に声を上げる。

 パパは更に、もう一度言葉を重ねた。


「私の娘は、君たちの思う通り、今いっぱい痛い思いをしているんだ。それを治すには、君たちが吐いてくれる糸も、いっぱい要る。助けてもらえると、嬉しいな」


 絡新婦の子グモは、わたしとパパの顔を何度も見直した。そのあとに、答えてくれる。


「うんとね、このおねえちゃんをぐるぐる巻きにして、木の上にぶらさげても、まだ吐けるよ」


「それは、君たちみんなそうなのかな?」


「うん。みんな、それくらい糸を吐けるよ」


 それを聞いて、パパはうなずいた。

 次に、パパは立ち上がって聞いた。相手は、絡新婦の子グモじゃなくて、レイヤさん。


「レイヤ君。君は滅魔の術を使って、地獄への門を開くことはできるかな? 先ほどチヤちゃんがリンフォンで形成した地獄の『門』のようなものだ」


 レイヤさんは、隣で唇をへの字に曲げたザンエさんの顔をちらりと見て、それからうつむいた。


「残念ながら、そんな術は僕には使えません。……というのが、つい先日までの答えでした。ですが、今は違います」


 レイヤさんは、さっき「浄玻璃(じょうはり)擬鏡(ぎきょう)」っていう手鏡を取り出したきんちゃく袋を見ていた。その中に手を入れて、紙の束を取り出す。


「おいレイ坊、それぁ――」


「――カズトモ先輩の残した、リンフォンの研究成果のレポートです」


 ザンエさんのへの字の唇が、苦虫を噛み潰したように更にぐにゃりと曲げられる。

 レイヤさんは、ザンエさんを見ることなく、パパに向かって話した。


「ここに書かれた内容を見ながらであれば、滅魔の術であの地獄の『門』と同じものを作ることはできます。ただ、僕一人では術の構築に半日はかかるでしょう。一緒に術の構築を手伝ってくれる人がいるなら話は別ですが」


「分かった。ありがとう」


 パパがレイヤさんに感謝の言葉をかけると、ザンエさんのこれでもかと曲がった口が開かれた。


「おいシロガネ――さっきから手前(てめ)ぇ、何を胡乱(うろん)なことを聞いて回ってやがる?」


 パパは、とうとうパパのことを呼び捨てにし始めたザンエさんの顔を、見返すこともない。ただ一言、こう述べただけだった。


「少しばかり、考えがありまして」


 その代わりに、パパが今見ているのは、わたしのことだった。

 パパは、わたしのもとに近づいて、そっと耳打ちで、わたしにも質問を投げかけた。


「……え?」


(どういうことなの?)


 わたしも「ワタシ」も、パパの質問には、ただ戸惑うばかりだった。


 ――チヤちゃんを救うために、危険を冒して地獄に行くだけの覚悟はあるか。


 それが、パパの質問だった。

 あまりに突拍子もない言葉。だけれど、その質問への答えはもう、決まり切っている。


「……当たり前だよ。チヤちゃんを救えるなら、わたしはどこにだって行けるよ」


(「わたし」がそうまで言うなら、ワタシも付き合わないでもないわ)


 わたしも「ワタシ」も、魂は二つだけど、今は体と同じく、心だって一つ! わたしは赤い瞳で、パパを見る。


「なら決まりだ。巫女のユキ……予定を変更して、お前の『切り札』は、これからの作戦で切ってもらうぞ」


 そういうパパの両の目は、燃えたぎっていた。決して困難に負けるまいという、強い強い意志が宿っている。

 ザンエさんは、それをとても不愉快そうに見てはいたけれど。


「さっきから勝手に話を進めやがって……手前(てめ)ぇはさっきから何を考えてやがる? その(ツラ)見ると、どうせろくでもねぇことを考えてやがろうんだろうが――」


「いえ。そんなことはありませんよ、ザンエ殿」


 パパは腕組みをした状態で、右手の人差し指を一本立て、しれっとザンエさんに言ってのける。


「チヤちゃんを、これから助けに行くのです」


 びきり、と音を立てて、ザンエさんの髪の毛のない頭に青筋が浮かんできた。


「だから何遍同じことを言わせりゃ気が済むんだ、手前(てめ)ぇは? 地獄に一度落ちて、帰ってこれた人間は誰一人としていねぇと、レイ坊だって言ってたろうが」


 ならば、とわたしは首を横に振ってから、ザンエさんに問いかけた。


「じゃあ……地獄に落ちるのが、()()()()()()()()としたら?」


「……何だと?」


 これには、さすがのザンエさんもびっくりしたようで、舌が止まっちゃっている。

 その隙を縫うようにして、パパが言った。


「名付けて、『蜘蛛の糸』作戦――開始といこうか」

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