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退魔師ユキちゃんはふたりでひとり! -激突! 退魔道 vs 滅魔道!-  作者: 桜エルフ
第四章「十三夜の月の決戦!」「閻婆、地獄に帰る!?」
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第十七話「滅せよ閻婆、リンフォン第三の姿」

十三夜の月が、その空き地を照らしていた。

 空き地の広さは、小学校の校庭ほど。その周囲は、工事用のガードフェンスやバリケードに包まれており、そこがいまだ未開発の土地であることを示している。

 この工事の行われる空き地を照らす月に、ふと一つの影がかかった。

 夜空を舞う鳥――それが翼を振るい、にわかに地上へと近づく。

 それと同時に、空き地の電光掲示板に異常が起きた。

 意味不明な模様を描くように発光素子が乱れ輝く。夜間用の照明は、突然電源を落とされたようにその光を失うか、さもなければ炎のような赤みを帯びて、鼓動するように明滅する。


「さながら、地獄の炎か何かってとこね」


 地上に鳥の影が近づくのと時を同じくして、工事現場のバリケードを、もう一つの影が軽やかに飛び越えた。

 軽やかな影の正体は、黒いセミロングの髪を揺らし、前髪を猫のヘアピンで留めた、一人の少女。深い青色のワンピースの上から、二つの胸ベルトを着けたコートを羽織り、そして裾を夜風に舞わせる。

 滅魔師の少女、津上(つがみ)チヤは、すでに右手に漆黒の正二十面体――リンフォンを握り込んでいる。


「やっぱり、私の推理が的中(ドンピシャ)ね。この一帯だと、ここが次の断水工事の現場だもの」


 チヤの脳裏では、今日の昼間に話をした、一人の少女の声が思い起こされる。

 退魔師の少女、鵠野(くげの)ユキが口にした「水を止めてきた」という言葉から、チヤは思い出していた。

 今からおよそ二週間前、舞白(まいしろ)市の商店街に巨鳥の妖魔こと閻婆(えんば)が現れた現場でも、臨時とはいえ断水工事が起きていたことを。

 それだけならばただの偶然とも思えよう。だが、かつてチヤが師匠(レイヤ)より学んだ地獄の知識は、その断水工事が偶然ではなく必然であることを示していた。


(地獄の伝承にいわく。閻婆(えんば)とは阿鼻(あび)地獄に付属する小地獄、閻婆度処(えんばどしょ)に居るとされる妖魔。そして閻婆度処(えんばどしょ)は、人が使う川の水を断ち、人々を渇きで死に追いやった者が落ちる地獄。現代の地上に現れたあの閻婆(えんば)が、もし断水工事を「川の水を断った」と感じ取ったとすれば――)


 閻婆(えんば)は断水工事のあった場所に向かい、そこで罪人を探し出そうとしていたのではあるまいか。

 今日の昼にユキと会話したチヤはその可能性に気付き、その後インターネットから断水情報を検索。そして、今日この隣町にて、夜間に断水工事が行われることを知り、独自にここまで向かってきた。

 舞白(まいしろ)市の隣に位置するこの街では、山野に近い地域で、最近になりいくつかのビル建設の計画が持ち上がっていた。そのビル建設に向けた水道管の敷設工事に伴い、断水工事が行われる現場が、チヤの今いるこの空き地となる。


(もっとも、工事現場の作業員は水を止めた途端に、現れたあんたの妖気でどこかに行ってしまったようだけどね。まあ、ちょうどいいわ)


 チヤは、止めようにも止められないどす黒い想念をたたえた両の目で、工事現場に着地した鳥の影を睨みつける。

 象のように巨大な体を持った、赤を基調とした極彩色の羽を生やした巨鳥の妖魔は、不敵に翼を広げていた。

 これこそ、閻婆(えんば)。二週間前に舞白(まいしろ)市の商店街に現れ、そして五年前にチヤの家族を破滅させた、不倶戴天(ふぐたいてん)(かたき)


「変形――」


 チヤの右手のリンフォンが、漆黒のもやのようなものを吐き出した。木組み細工か何かが動くかちゃかちゃという音を立てながら、リンフォンは正二十面体の姿を失う。

 最初に組み上がったのは、熊の彫像。

 次にできたのは、鷹の彫像。

 そこで、変形は終わらない。


「――『魚』の――」


 リンフォンから噴き出る漆黒のもやは、更にその濃さを増しながら姿が変わる。

 鷹の翼が折りたたまれ、より長く胴体が伸び、現れたのは魚の彫像。

 魚の彫像の鼻先が、やがて長く太く、そして鋭く伸びてゆく。


「――『刀』!」


 変形が終わったとき、チヤの右手には一振りの黒い刀が握られていた。

 魚の胴体の部分を()に、円状に広がった胸びれを(つば)に、伸びた(ふん)を片刃の刀身に変形させた異形の刀を、チヤは閻婆(えんば)に向ける。


「今日こそ、あんたをこの場でぶっ(ころ)してやる――!」


 リンフォンの第三の形態である「魚」の「刀」からは、黒いもやとともに、不気味なうなり声が途切れることはない。

 地獄からもたらされる瘴気(しょうき)と、そして地獄の亡者があげる苦痛のうめき声――それらにまったく怯えるそぶりなく、チヤは「魚」の「刀」の切っ先を、閻婆(えんば)に向けていた。


「…………」


 翼をたたんだ閻婆(えんば)は、そのまま翼を震わせていた。まるで、人間が肩を震わせるような、そんな振る舞いにも見えよう。

 そんな閻婆(えんば)に対し、チヤは油断なく、じりじりと間合いを詰めていく。

 あと数歩で、踏み込みからの斬り付けの間合いに入ろうという、そのとき。

 閻婆(えんば)は、今度はくちばしをも震わせ始めた。チヤの持つ「魚」の「刀」に勝るとも劣らぬ鋭さをたたえたくちばしが、月光を照り返して不気味にきらめく。


「グ……ググ……」


 閻婆(えんば)の喉の奥から、くぐもった声が聞こえた。

 閻婆(えんば)のあの、金属を引き裂くような甲高い鳴き声とも異なる声だと気付いたチヤは、いぶかしさゆえに眉をひそめた。

 やがて、くちばしの震えが止まった。


「……ヨウヤク……コノカラダモ……ナジンデキタカ……」


 閻婆(えんば)の喉の奥からは、低い声が放たれた。だが、チヤはそれに驚くそぶりもない。


「……へえ、意外ね。あんた、人語を解する妖魔だったのね」


 妖魔の中には、人間の言葉を理解し、そして話すことのできる者もいる。チヤが滅した絡新婦(じょろうぐも)しかり、この閻婆(えんば)しかり。それゆえに、チヤは今更度肝を抜かれるようなことなど、ない。

 しかし、それでもチヤの心からいぶかしさが去ることはない。


「サイショハ、エンバノホウニ……ヒッパラレタ。ダガ、モウコノカラダハ、私ノモノダ」


「『この体』……? あんた、見た目は閻婆(えんば)だけど、実は閻婆(えんば)じゃないとか言い出すわけ?」


 途切れ途切れでたどたどしい言葉の端から、チヤは考える。この閻婆(えんば)には、何かわけがあるのではと。

 言うことに耳を貸さずに、即座に目の前の閻婆(えんば)を滅するという選択肢から、情報を引き出す方に、チヤの心は傾いてゆく。むろん、その間も決して気を抜きはせず、「魚」の「刀」の構えも解かない。


「……ググ……」


 閻婆(えんば)は、ぎょろりとした両の目で、チヤを睨みつけた。

 くちばしが、再び震え出す。

 今度は、閻婆(えんば)の喉の奥から笑い声が吹き上がった。


「グハハハハ! ソシテ、イマ私ノメノマエニハ、リンフォン『魚』ノ『刀』カ! ナンタル偶然! ナンタル僥倖(ギョウコウ)! ナンタル歓喜!」


「何をわけの分からないことを……? ……!?」


 チヤは、息を呑んだ。

 なぜこの妖魔が、()()()()を発する――? 一拍遅れて、違和感の正体をつかみ取る。


「あんた……どうしてこのリンフォンの……それも『魚』の『刀』のことを知っている!?」


 チヤは激しい口調で迫った。

 このリンフォンは、原初(オリジナル)のリンフォンに更なる改造を加えて、武器への変形を可能としたもの。仮に閻婆(えんば)が地獄の妖魔として、リンフォンのことを知っていたとしても、「魚」の「刀」の存在を知るはずはない。

 閻婆(えんば)は、徐々にたどたどしさが抜け、聞き取りやすく明朗になっていく声で、チヤに語りかけた。


「自分ガ作ッタモノノコトヲ、忘レルワケガナイダロウ」


 チヤは、稲妻に打たれたように、全身がのけぞった。その言葉の意味が、鉄槌のように彼女の心を打ち据える。


「まさか……まさかあんたは……!?」


 チヤの指先から、力が抜け落ちた。

 チヤの手から滑り落ちた「魚」の「刀」。工事現場の地面に落下し、霊力の供給が途絶えることで、かちゃかちゃと音を立てながら、たちまち刀の形状を失っていく。

 「魚」の「刀」と化していたはずのリンフォンが、元の正二十面体の姿に戻る頃にはもう、閻婆(えんば)の放つ人語は、人間と遜色(そんしょく)ないほどにまでに――否、人間の放つものに完全に変わっていた。


「ああ。そうだとも、チヤ」


 閻婆(えんば)が、鋭いくちばしを静かに開いた。

 くちばしの上を、十三夜の月光が滑り落ち、やがて閻婆(えんば)の口の中までを照らし出す。

 その中に浮かんでいたのは、頬のこけた男性の顔だった。


「パパだよ」


 閻婆(えんば)の口内に張り付いた、津上カズトモの顔は、娘であるチヤを前にして、穏やかな笑みを見せていた。

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