第十五話「結局謹慎!?」「かかってきた電話のわけ!」
「さて、ユキ。遅くなってしまったが、今からお前の処遇などの話を改めて申し渡そう。少し付き合ってくれ」
今日わたしが学校から帰ってきて、最初にパパにかけられた声がこれだった。
パパは、昨日の夜に滅魔師連盟の偉い人とお話をしてきたって、ママは話していた。昨日はそのまま、わたしはお風呂に入って寝ちゃったし、朝はパパに会えなかったので、一晩ぶりにパパを見ることになるんだけど……。
(……あいつってば、やけに白髪が増えてる気がしない? それに、しわも増えているような……)
わたしの中で「ワタシ」が言うとおり、パパはすっごくげっそりしていた。
ちなみに、このあとママから聞いた話だと、滅魔師連盟の連盟長さんに意地悪なことを言われて、それで大変なお仕事をすることになったみたい。詳しくは、話してくれなかったけど。
今日はお客さんはいないから、小さなちゃぶ台の上に、お茶と和菓子……今日はお饅頭を乗せて、そこから話が始まる。
パパは、湯呑みに入れたお茶を一口飲んでから、切り出してくれた。
「まずは、巨鳥の妖魔の……閻婆の件から話そう。ひとまずのところ、閻婆をチヤちゃんと迎え撃ってくれたことはよくやってくれた。すぐに私たちに『随錦』の術で救援を呼びかけ、それまでの間二人で持ちこたえて、無傷であれほど強大な妖魔を追い払ったのは大手柄だぞ。ユキたちのもたらしてくれた情報で、相手の正体も閻婆だと分かったからな」
「うん」
お饅頭を一口噛んで、わたしはうなずく。けれども、お饅頭の中のあんこの甘さは、いつもほどには感じられない。
「でも、あの閻婆って、様子が変だったんだよね。最初、わたしたちと戦う前も、地面をごろごろ転がってたみたいだし、チヤちゃんの『鷹』の『弓』でちょっと翼を撃たれただけでも、またわけが分からなくなっちゃってたみたいだし。その原因は、昨日のお話でも分からなかったの?」
「ああ。何かその話につながる手がかりでもないかとザンエ殿に……滅魔師連盟の連盟長にも聞いてみたが、何も知らないとのことだった。ザンエ殿も、今回の閻婆の出現には驚いているようだった」
と、こう話していたところで、わたしの中の「ワタシ」が、表に出たいと言い出した。
わたしはパパに一言ことわってから、目をそっと閉じた。
□■
「ちょっと待ちなさいよ。向こうの連盟長も何も知らないって、そんなことがあり得るの?」
次に目を開けたとき、ワタシの瞳は赤から緑へ、ワタシの髪は栗色から銀色に、色を変えていた。
「私との話で、お前の方が出てくるとは珍しいな」
シロガネは……一応ワタシの父親ということになっている男は……そうは言うけれども、すぐに話を続けてくれた。
「私とて意外に感じたが、ザンエ殿は昨日、我々の前ではっきりそう言っていた。どうも、何やら隠し事をしている雰囲気も感じられたが、詳しいことは分からずじまいだ」
ワタシは、一つ鼻を鳴らして、聞き返す。
「そこを突っ込んだりはしなかったわけ?」
とそこで、ワタシの父親のこめかみのあたりが、ひくひくと引きつるのが、ワタシのヴァンパイアの瞳に映る。この体の五感は、「わたし」に比べればずっと鋭く、このぐらいの観察なら造作もないことだ。
「私もその追及は考えた。だが、そこでザンエ殿が持ち出してきたのが、よりにもよってお前たちのやった絡新婦の件だ」
あー……そういうことね。ワタシは内心で、ワタシの父親のこめかみが引きつった理由に納得していた。
「どうやらザンエ殿は、チヤちゃんの口からお前たちが絡新婦を逃がしたことを聞いていたらしい。それをまさか、あの場でザンエ殿の口から、他の退魔師たちに知らされるとは、私も想定していなかった。そしてその体たらくでは、閻婆の件は退魔師連盟には任せられないとバッサリ切り捨てられ、そのまま会合は終了というわけだ」
そのことを思い出し、こめかみをけいれんさせつづけるワタシの父親には、思わず私も肩をすくめた。
「相手の腹の内の痛い部分を遠慮なく突いて、その隙に話をすり替えられたと……。ザンエってのも、なかなか大したクソジジイね。そんなのが連盟長をやってるんなら、チヤがあんな根暗女になるのも腑に落ちるってものよ。腑に落ちたものが、そのまま腹の奥底で跳ね返って、反吐になって出てきそうなくらい納得ね」
「お前の言うことについては、一部分のみ同意しておこう。……いずれにせよ、今回のお前たちの処遇についてどうするかは、他の退魔師からも私の口からの説明を求められた。今は閻婆という強大な妖魔の出現が報告されている緊急事態のさなかだが、さすがにそれを理由に、これ以上お前たちへの処遇決定を延期するわけにはいかん」
ワタシの父親は、十分に高級品と言えるはずの茶葉を使ったお茶を、ひどくまずそうにすすった。
さて、ワタシにとって面白そうな話もこれで終わりっぽいし、それじゃあワタシはまた奥に引っ込もうかしら。
ワタシの中の「わたし」が、「え!? もう!?」などと驚く声を無視して、ワタシは緑の瞳を静かにつむった。
■□
「ユキ。お前たちには、絡新婦掃討の任務に背き、絡新婦の子グモをわざと逃がしたことにより――」
わたしが表に出てきて、もう一度髪の色が銀から栗色に戻り、瞳も緑じゃなくて赤に変わる。
その瞬間が、パパからの処遇の申し渡しの時になった。パパは髪の毛の色を見て、「ワタシ」がわたしになったことには気付いているみたいだけど、それでも口を止めることはない。
「――これから二週間の謹し――」
けれども、パパの口は別のもので止まった。それは、パパの白衣の懐に入れてあった、パパのスマートフォンのコール音。
パパは心底面倒そうな表情で、懐からパパのスマートフォンを取り出した。
「まったく、このタイミングでどうして……お、レイヤ君からか!」
でも、その声の後半からは、明らかにパパの口調は軽くなっていた。なんやかんやで、パパはレイヤさんとは仲良しみたいだもんね。
パパはあまり待たせては申し訳ないとばかりに、すぐにスマートフォンの受信ボタンを操作していた。
「やあ、レイヤ君か」
明るい声で話すパパ。
けれども、その顔はすぐさまに重さを帯びる。首をいくつか縦に振りながら、パパは聞いた。
「さては、昨日の会合がらみの件かな?」
しばらくは、レイヤさんが話しているであろう間を取り、それが終わればもう一度パパの番が巡ってくる。
「分かった。今目の前にユキがいるので、少し待ってもらいたい」
そう言って、パパはスマートフォンの下側を手で押さえて、私の方に振り向いた。
「今からレイヤ君と少し話をしてくる。それが終わるまで、おやつを食べながらそこで待っているんだ」
そう言い残して、パパはこの部屋のふすまを開け、閉めて、出て行った。
パパの足音が、ふすま越しにどんどん遠ざかっていく。
そのあたりで、わたしの胸の奥に戻っていたはずの「ワタシ」が、またわたしに言い出した。
(ちょっと、また「ワタシ」に代わりなさい。あいつが遠くで話している電話の内容、ワタシが聞いてみるわ)
そう。「ワタシ」はわたしと比べると、五感がずっと鋭い。だから、遠くの物音だって、わたしよりよく聞き取ってくれる。
パパの話を盗み聞きするなら、絶好のチャンスではあるけれど……
(でも、パパだって「ワタシ」の耳の良さのことは知ってるはずだし、すっごく遠くに離れて会話するんじゃない? それに、もしパパの声を聞けたって、さすがに電話のレイヤさんの声までは、「ワタシ」だって聞き取れないんじゃ……?)
と、そこまで言ったところで、「ワタシ」がつまらなそうに口元を歪める光景が、わたしの心の中に映る。
(それもそうね。うっかりさっき顔を出して、あいつにワタシの存在をアピールしたのは失敗だったわ)
(だから、今は言いつけ通り、ここで待ってようよ、「ワタシ」)
わたしは木彫りのお皿に乗ったお饅頭を、もう一個手に取った。ビニールの包装を剥いて、中身のお饅頭を食べて、お茶をすすりながら、待つことしばし。
□□
パパは、結局十分か十五分くらいで、この部屋に戻ってきた。
そのときのパパの顔は、さっきに比べてももっと難しそうな表情になっていた。
わたしはたまらず、パパにそのわけを聞いてみようとする。
「あの、パパ。レイヤさんは何て……」
「すまないが、それを話すことはできん」
パパは、難しそうな表情をほぐさないまま、わたしにぴしゃりと言ってのけた。
「レイヤ君とそういう約束をしているのでな」
という風に、理由は話してくれたけれど……。
でも、パパのこの言い方に、「ワタシ」はわたしの心の中であきれ返っていた。
(ザンエとかいうクソジジイに加え、レイヤさんまで秘密主義とはね。つくづく滅魔師連盟は、内緒話が好きな連中が多いようだわ)
(でも、レイヤさんなら、意地悪でこういうことを言うとも思えないけど……)
わたしが「ワタシ」と、声を出さない話をしていると、パパはもう一度ちゃぶ台の前に腰かけていた。そのまま、先ほどわたしに言いかけていた、処遇の話を切り出す。
「ユキ。お前たちには、絡新婦掃討の任務に背き、絡新婦の子グモをわざと逃がしたことにより、これから無期限の謹慎を申し渡す」
わたしも、わたしの中の「ワタシ」も、これには目を見開いた。
(無期限!? さっきは『二週間』とか言いかけてたじゃない!?)
伝えられた処分の重さに、わたしも開いた口がふさがらなくなりそうになる。でも、このときばかりは、わたしも「ワタシ」と同じ意見。どういうわけか聞こうと、口を動かそうとした。
でも、それよりも、パパの方が早かった。
「もちろん、お前の言いたい事は分かっている。だが、この『無期限』は条件付きだ。お前たちが十分に反省したと私が判断した時点で、謹慎は解除とする。謹慎期間の間は、普段の修行を行うことのみを許し、妖魔退治などを行うことは禁ずる。もちろん、その間も学校にはきちんと通い、勉強もすること」
今度は、「ワタシ」が胸の中で、ひどく不思議そうに首をかしげていた。
(「お前たちが十分に反省したと私が判断した時点で」……ね。妙にはっきりしない期間じゃない)
「ワタシ」が不思議そうにしている中、パパは続けて、白衣の懐から一冊の古びた本を取り出す。
「ユキ。お前はすでに、この本に書かれている退魔の術は一通り学んでいたはずだったな。その中で、特に私がしおりを挟んでいるページに書かれた術を、謹慎期間中の修行の際、よく復習しておくこと」
パパが言うとおり、確かにその本は、わたしがしばらく前に学んだ、退魔の術の本だった。その中のあるページからは、きれいな押し花のしおりが、ちょこんと頭を出している。
わたしはパパから本を受け取って、しおりの挟まったページをそっと開いてみる。
わたしは、頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。
「ワタシ」は、そのページを見て、心の奥でにやりと笑っていた。
(へえ……これを「わたし」に復習しろってこと? なるほどね。謹慎期間をワタシたちが反省するまで、にしたわけ――ちょっと分かってきたわ)
そのページに書かれていた術は、わけあってもう、今の時代では使われることのなくなったものだった。
術の名前は、「布都御魂の術」。読みはえーっと……「布都御魂」で良かったはず。
でも、どうしてこんな術を?
わたしの頭に浮かんだ疑問に答えるように、パパは告げる。
「巫女のユキ、そして吸血鬼のユキ。あくまで今の時点では可能性に過ぎないが、お前たちには共に、『切り札』を使ってもらうことになるかも知れん」
パパは、思い出したように、冷めかけたお茶を湯呑から飲み込んだ。
「謹慎が解けるまで、しっかり準備しておくように」
パパの顔にはもう、元気が戻りつつあった。




