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退魔師ユキちゃんはふたりでひとり! -激突! 退魔道 vs 滅魔道!-  作者: 桜エルフ
第三章「どこから来たの閻婆?」「どこに行くの閻婆?」
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第十一話「あわあわ、あわやの大げんか!?」「いやいや、妖魔がやってくる!」

 チヤの生家。

 ユキたちの住む舞白(まいしろ)市から、いくつもの県を隔てた地方にあるこの家の外壁が、突如爆散した。

 いまだ痛々しい焦げ跡の残る一階の壁が、地獄の炎をまとった轟音とともに弾け散る。

 コンクリート片や鉄筋をいくつも宙に吹き上がらせる爆風。その中から、巨大な黒い影が空へ飛び上がった。

 金属の板でも切り裂くような、甲高い怪鳥の鳴き声を尾のように引きながら、黒い影はみるみるうちに小さくなっていく。

 やがて、宙に吹き上がった建材の破片が、すべて地面に落ちる頃になって、あたりはもとの静寂を取り戻した。


「いたたたた……」


 黒い影がチヤの生家に穿(うが)った大穴の、その一番奥で、前戸(まえと)レイヤは頭をさすっていた。彼の周囲では、人骨を巻き込んだ鮮血の渦が、彼を守るようにして回っている。

 「血盆(けつぼん)穢渦(えか)」の術――「大慈(だいじ)獄卒(ごくそつ)秘授(ひじゅ)巧経(こうきょう)写本(しゃほん)」の外典の章に記された、血の池地獄を招来する術をとっさに放つことで、レイヤはからくも命を拾っていた。


(血の池の渦であの炎をさえぎっていなければ、あの妖魔にしてやられるところでした)


 鼻元から落ちかかっていたフレームレスの眼鏡を、元の位置に戻しながら、レイヤは今の状態を再確認する。

 チヤの生家に封印されていたあの妖魔は逃がした。しかし、先ほど確認した資料の大半は、まだ無事に残っている。これを回収さえすれば、滅魔師連盟の連盟長より命じられた使命は、完了できるだろう。

 あの巨大な妖魔が、地下室を吹き飛ばしながら地上に出たために、今や地下室まで直接日の光が差し込むに至っているが、今はそれも幸い。太陽の光で妖気が抑えられ、スマートフォンがもう一度使えるようになっている。


(この状況、まず僕が連絡するべき先は……)


 チヤを預かっている退魔師(たいまし)連盟(れんめい)側か。はたまた、任務を命じた滅魔師(めつまし)連盟(れんめい)側か。

 レイヤは一瞬だけ逡巡(しゅんじゅん)し、後者の選択肢をとる。これほどにまで状況が動いたなら、一度滅魔師連盟の連盟長に報告せざるを得まい、と考えて。

 スマートフォンに電話番号を打ち込んだなら、すかさずレイヤは耳を当てる。


(それにしても、先ほどのあの妖魔の影……一瞬しか見えませんでしたが……)


 スマートフォンのコール音を聞きながら、レイヤはあの妖魔の姿を思い出していた。

 もし、あの姿に見間違えがないのであれば――とそこまで思い浮かべたところで、スマートフォンが繋がる。


「――こちら大獄正(だいごくじょう)前戸(まえと)レイヤです。ザンエ連盟長をお願いします」


 滅魔師連盟の連盟長の名前を口にするレイヤの目の中では、一抹の不吉な予感が揺れていた。


□□


「~~~~♪」


 とってもいい天気に恵まれた舞白(まいしろ)市の商店街の中を、わたしは鼻歌交じりに歩いていた。


(ニンニクラーメン♪ ニンニクラーメン♪)


 これからわたしが食べに行こうとしている大好物の名前を、心の中でも歌いながら歩道をスキップ。肩出しのニットと桜色のプリーツスカート、それとサンダルを身に着け、いつものお気に入りの格好をしているわたしの体は、どこまでも軽い。

 この町の商店街にあるラーメン屋さん「肉肉軒にくにくけん」のラーメンは、わたしの大のお気に入り。このお店で出してくれる、ニンニク一株が丸ごと入ったニンニクラーメンが、わたしにとっての一番の大好物!

 でも、それを食べに行こうとしているわたしに対して、「ワタシ」はいつもの通り、げんなりしていた。


(つくづくあんたも飽きないわねえ……あんなニンニクの丸ごと入ったゲテモノを、好きこのんで食べに行くなんて)


 それも当たり前と言えば当たり前かもしれない。なにせ、「ワタシ」はヴァンパイア……ニンニクが苦手なことで有名な妖魔だもんね。


(いい? ニンニクラーメンを食べたらちゃんと……)


(……ちゃんと口臭ケアをして、歯を磨いてから「ワタシ」に替わること、でしょ? 大丈夫だよ、もう何度も言われてるし覚えてるもん)


(その言葉、忘れるんじゃないわよ。ったく、昨日絡新婦(じょろうぐも)を逃がして怒られたからって、気分転換にかこつけてラーメンを食べに行くって発想はふつう思い浮かばないでしょうに)


 そう。昨日わたしと「ワタシ」は、あの絡新婦(じょろうぐも)の子グモたちを、あえて逃がした。

 わたしたちの家……こと、退魔師連盟本部に帰ったあと、わたしはさすがに黙っているわけにはいかず、退魔師連盟の連盟長であるパパにだけは、そのことを伝えた。

 本来ならば(はら)うべきである絡新婦(じょろうぐも)をそのまま逃がしたことを知ったパパは、怒り半分あきれ半分といった様子だった。

 パパは最初、わたしが任務に背いたことを責めはした。けれど、最後には「お前にこの仕事を依頼した私にも、この件の責任がある」と言い、追ってこの件のわたしの処遇を決める、ということで、話は収まりかけたのだけれど――。


「――あ! 肉肉軒にくにくけんだ!」


 「ワタシ」の、「いや待ってまだ話は続いてるでしょ!」という内なる声を無視して、わたしはいつもの見覚えのある看板に目が釘付けになった。

 毛筆で書かれたようなペンタッチの「肉肉軒」という文字を見た途端、わたしの口の中には生唾がドバっと湧いてくる。

 さあ、パパに叱られたあとの気分転換に、あの天国のような香りのニンニクラーメンを口いっぱいに頬張り――


(……頬張りに行けるのかしらね? この状態で)


「う……うそでしょー!?」


 ――に行く空想をしながら、絶望のあまりわたしはその場で膝を折った。

 「本日、近所の断水工事につき、臨時休業とします」とかかれた張り紙が、無情にも肉肉軒にくにくけんの入り口にくっついていたから。つまり、わたしは今日、大好物のニンニクラーメンを食べられないことが、このとき決まった。


(やだー! あの弾けるニンニクフレーバーを楽しめないなんてやだー!)


 わたしはわたしの胸の内で、涙を滝のように流していた。でも、その様子を「ワタシ」は面白そうにニヤニヤと見ているだけ。


(あら、臨時休業ならしょうがないわねぇ。それじゃあ、今日はニンニクラーメンの代わりにトマトジュースで乾杯と行こうかし……)


(そんなのもっとやだー!!!)


 トマトジュースなんて、わたしの一番嫌いな飲み物じゃない! そんなので乾杯なんてしたら楽しいのは「ワタシ」だけでしょ!

 わたしは心にそう声を響かせるけど、でも「ワタシ」はどこ吹く風だ。


(そういえば、今日はやけに商店街の人通りが少ないと思ったら、断水工事があったのね。よく見回してみると、今日はシャッターが下りてる店が多いわ)


 かろうじて涙で(うる)んでいる程度で押しとどまっているわたしの目に映る光景は、「ワタシ」も見ることができる。その視界の(はし)の光景を、「ワタシ」は指しているらしい。

 わたしも涙を袖でぬぐって、その場で立ち上がって辺りを見回す。

 確かに、今わたしがいる肉肉軒にくにくけんの周りに出ているお店は、ほとんど臨時休業だ。隣のレストランも、和菓子屋さんも。

 それからこの肉肉軒にくにくけんの向かい側にあるケーキ屋さんの「フルール・シュクレ」も……


(げえっ!?)


 後ろに振り向いたわたしの目に映る光景に、「ワタシ」は女の子が上げてはいけないようなたぐいのうめき声を上げた。

 それもそのはず。だってこのケーキ屋さん「フルール・シュクレ」の前には、何とチヤちゃんが立っていたのだから。

 「舞白(まいしろ)市観光ガイド」と書かれたパンフレットを右手に持ったチヤちゃんは、まさに最悪の気分といった様子で顔をしかめた。


「……今日このお店のモンブランを食べに来ようと思って来たら、臨時閉店の上にまたあんたらと鉢合わせするなんてね。今日は厄日(やくび)だわ」


 チヤちゃんは、手の中のパンフレットをぐしゃりと握り潰して、吐き捨てるように言った。それもそのはず。わたしたちとチヤちゃんは、昨日のことで大ゲンカをしたばっかりなのだから。

 話は昨日のパパからのお説教に戻る。わたしたちが絡新婦(じょろうぐも)をわざと見逃したことについて、処遇は追って決めるとパパから言われ、話が収まろうとしたその時に、チヤちゃんは帰ってきた。

 間が悪いことに、チヤちゃんはわたしたちの話を途中から聞いていたようで、わたしとパパの話がひと段落したところで、ふすまを開けてわたしたちの話している場に入って来るや否や、いきなりわたしの胸倉をつかみ上げてきたんだ。


(あんたは甘っちょろいだけじゃなく、私の足まで引っ張るつもりなのかしら?)


 南極の氷のように冷たい目線で、わたしを刺してきたチヤちゃんは、すぐさまパパが割って入らなければ、その場でわたしに向けてリンフォンの「熊」の「爪」を振るっていたかもしれない。それほどまでに、チヤちゃんは激怒していた。

 チヤちゃんは何とか、パパがわたしに対してしかるべき処遇を行うことを約束し、その場は何とか押さえてはくれた。でも、その日の夕飯の席では、チヤちゃんは「いただきます」と「ごちそうさま」の二言以外は何もしゃべらなかったし、今日の朝だって、私と並ぶことなく小学校にだって行ってしまった。

 放課後の今になるまで、チヤちゃんはわたしたちと一言も口を利いてくれていない。そんな状態だからこそ、「ワタシ」は「げえっ!?」なんて言い出すわけで……。

 わたしも、あまりの気まずさにわたわたとなりそうになって、だけれど何とか何か言おうとする。


「『フルール・シュクレ』のモンブランって、このあたりじゃおいしいって評判だからねー……ええっとそれから、チヤちゃんってもしかして栗のお菓子が好きなの? 最初に出会ったときも栗まんじゅうをおいしそうに……」


 がん! という乱暴な音を立てて、チヤちゃんは近くにあったゴミ箱に、くしゃくしゃになった観光ガイドのパンフレットを突っ込んだ。


「黙ってなさい。あんたみたいな腑抜(ふぬ)けの声を聞いてると虫唾が走るのよ。塵芥(ちりあくた)ほどの価値すらない慈悲心を、妖魔ごときにかけてやるなんて」


「で、でも聞いてよチヤちゃん。やっぱり生まれたばっかりの絡新婦(じょろうぐも)なら、人を食べないって約束もちゃんとしてくれてね……」


「黙れって言ってるのが聞こえないのかしら? それとも、『黙れ』っていう日本語の意味が理解できないほど、あんたは頭が悪いわけ? そのザマじゃあ、国語の授業の成績はさぞ惨憺(さんたん)たるありさまでしょうね」


「…………」


 取り付く島もない、とはまさにこのこと。わたしは必死に作った笑顔の口元を、ただぴくぴくさせるほか、ない。

 チヤちゃんは、そんなわたしにかかずらうことなく、心底不愉快そうにきびすを返した。

 建物と建物の隙間の、裏路地の前まで歩みを進めたとき、吐き捨てるようにして、こう言い残していく。


「退魔師のくせに、体の中に妖魔を一匹飼ってるから、妖魔に肩入れしたくなるんでしょうね。まともな退魔師になりたいんなら、その薄汚い半身をさっさと切り捨てたらどうかしら?」


 ぷつん。

 わたしの奥底で、「何か」が切れる音が響いた。


□■


「いい加減にしろ――」


 真昼の太陽に背中が焼かれるのも気に留めず、ワタシはその場で地面を蹴りつけた。


「――この根暗女ァッ!!!」


 反吐(ヘド)の出るような寝言をほざく目の前の女――チヤの首根っこをワタシの右手でつかみ上げて、そのまま建物の隙間の路地裏になだれ込むために。

 ワタシのこのヴァンパイアの体は、直射日光に(さら)されればたちまち焼かれてしまう。けれども、昼下がりのこの時間帯なら、路地裏にまでは直射日光は届かない。つまりここなら、たとえ昼でもワタシが表に出てこられるということだ。

 ワタシとチヤは、そのまま路地裏に転がり込んだ。


「――その(けが)らわしい手で私に触れるな、妖魔風情が」


 ワタシの右手は間違いなくチヤの首根っこを狙っていた。だが、昨日も見た漆黒(しっこく)の手甲が、それよりも早く割って入っていた。ワタシの右手と、チヤのリンフォンに覆われた右手は、互いにスクラムを組む形となっている。

 ワタシは、ヴァンパイアの肉体に秘められた怪力を右手に込めながら、口元から犬歯を覗かせ、チヤにすごむ。

 チヤの深くよどんだ目は、それでも小揺るぎもしていなかった。


「どうせあんたも、人間の方の人格をいつか乗っ取って、その体を一人占めして悪さをするつもりでしょう。だったら今私が、この場であんたを滅してやるわ」


 チヤのリンフォンとスクラムを組み、お互いの顔を見合うほどの近距離になると、不気味なうめき声がかすかに聞こえる。

 リンフォンから伝わるこの不気味なうめきを無視して、ワタシは笑みを浮かべた。

 憫笑(びんしょう)――つまり、(あわ)れみの念を浮かべた笑みを。


「あんた……それ、『わたし』の事を言ってるつもり? だとしたら、二つ間違ってるわ。――フルクフーデ!」


 ワタシは、血の盟約を結んだ大コウモリに呼びかけた。太陽に一瞬焼かれて、その後再生を始めているワタシの背中から、コウモリの群れが吹き上がった。

 それが、一体の大コウモリになり、チヤの背後で実体化する。


「御意」


 重みのある低い声で言った大コウモリは、チヤの背中から襲いかかる。

 チヤは一つ舌打ちをしながら、リンフォンを装備した左手を向けてフルクフーデの迎撃を試みる。

 そこでワタシは、すかさず両手でチヤの右手をつかみ上げた。そのまま、チヤを真上に放り投げる。たとえリンフォンで腕力が増幅されていても、片腕だけではヴァンパイアの腕力にかなうはずもない!

 戻ってきたフルクフーデを肩に乗せ、真上に投げ出されたチヤを見ながら言う。


「一つ目の間違い。ワタシと『わたし』は二人で一人。生まれたときから一緒の『わたし』を、ワタシが追い出したり乗っ取ったりすることなんてないわ。ワタシと『わたし』は、今までもこれからも、共に鵠野(くげの)ユキなんだから――!」


 チヤは、怒りを爆発させながらリンフォンの「熊」の「爪」を建物の側面に突き立て、落下の速度を殺そうとする。けれども、そこはいまだ空中――ワタシの主戦場だ!

 肩に乗った大コウモリのフルクフーデが、ワタシの肩から背中へと吸い込まれた。そこに残るのは、フルクフーデの翼のみ。

 今やワタシの背に生える翼と化したフルクフーデを羽ばたかせて、ワタシはその場を跳んだ。

 空中で拳を固めながら、ワタシは落ち行くチヤに言う。


「そしてもう一つの間違い。それは『わたし』が――」


 自分が見下しているはずの()()()()に手玉に取られた悔しさと怒りの余りか、悪鬼のような形相(ぎょうそう)を作るチヤ。彼女とワタシの影が交錯する、その瞬間。


「!!!!!!」


 金属を切り裂くような、怪鳥じみた雄叫びが、商店街の表通りから(とどろ)いた。

 それと同時に、何か巨大なものが地面に衝突する音と地響きが、辺り一帯を支配する。

 思わず毒気を抜かれたワタシは、チヤを殴るはずだった拳をほぐして、そのまま地面に着地した。

 チヤも一拍遅れて、リンフォンで建物の壁を引っかきながら着地する。


「……これもあんたの仕業かしら? ユキ」


 あくまで当てこすりをやめないチヤの態度に呆れながらも、ワタシはそれを否定した。


「そんなわけがないでしょ。何でもかんでも人のせいにするなって、あんたの大好きな学校のお勉強で教わらなかったのかしら?」


 ちくりと皮肉を向け返すワタシ。その奥底で、「わたし」の声も聞こえる。


(ねえ、「ワタシ」。これは間違いなく妖魔の放つ妖気だよ!)


(ええ。今日は商店街の人通りが少ないわけ、どうやら断水工事だけが原因じゃなさそうね)


 ワタシは、「わたし」と心の中で、同じタイミングでうなずいた。

 妖魔がまとう妖気は、濃くなればそれにより機械や電子機器などを狂わせ、まともに動かなくさせてしまう作用もある。

 それだけじゃなく、妖気は濃くなれば濃くなるほど、人間が「何となく近寄らなくなる」という力――人払いの暗示の力すらも秘めている。

 おそらく、断水工事に加えて、この強大な妖気の接近があったからこそ、今日は舞白(まいしろ)市の商店街に、ほとんど人が通らなかったのだろう。


(あの鳴き声が聞こえてきたのは、日の当たる方向ね。さすがに向こうだとワタシが出るのは無理だし、また「わたし」に出てもらえる?)


(うん。任せて!)


(やれやれ……チヤにもう少しお(きゅう)をすえてやろうとしたところでこれとは、興覚めね)


 ワタシは、改めて「わたし」にこの体をゆだねた。


■□


「!」


 先に路地裏から出たチヤちゃんを追って、わたしも商店街の表通りに出た。

 そこでの光景に、わたしは言葉を失った。


「!!!!!!」


 その妖魔は、思わず耳を塞ぎたくなるような甲高い鳴き声を上げていた。

 妖魔の見た目は、鳥に近いように思えた。だけれど、鳥というにはあまりにも体が大きすぎる。見たところ、小さい頃パパに連れて行ってもらった動物園で見た、象と同じくらいの大きさがある。

 その全身には、見つめていると目が痛くなりそうな、赤と紅と朱と緋色の羽が生えている。口から生えたくちばしは、まるで鋭い刃物のようなぎらぎらした光を放っている。

 この巨鳥の妖魔は、地面に落ちてからあちこちでのたうち回っていた。道路のそこかしこに、今しがた作られたようなくぼみが出来上がっている。

 けれども、そのうち巨鳥の妖魔は落ち着いたのか、人間の何倍もの大きさのある二本の脚で、地面に立った。

 その目から放たれる、恐ろしい執念を秘めた光が、わたしとチヤちゃんを射抜いた。


(冗談キツいわね……まさか、白昼堂々現れる妖魔なんて!)


 わたしの中の「ワタシ」が言うけれども、それはわたしも同感だった。

 妖魔が昼間から現れると、わたしたち退魔師がそれを隠すの大変だっていうのもあるけれど、本当の問題はそこじゃない。

 妖魔のまとう妖気は、太陽の光のもとだと程度の差はあれ、抑え込まれることになる。「ワタシ」の体が直射日光に触れると、たちまち自分の身を守る妖気を失い、それが火傷につながるのも、これが原因なんだ。

 だから妖魔は、大抵の場合日の光を嫌うし、日の光の下では十分な力を出せない。ときには、日の光だけで命を失う妖魔だっている。


「……太陽の下に出てこれる妖魔、ね。歯ごたえがありそうじゃない」


 そう。チヤちゃんが言う通り。

 だからこそ、昼間のうちから活動できる妖魔は、太陽の光で妖気を抑えられても、それをものともしないということになる。ほぼ間違いなく、強大な力を持っていると見ていい。


「……で、あんたはこいつも見逃すつもり?」


 わたしは、今度は首を横に振る。この妖魔は、あの生まれたての絡新婦(じょろうぐも)たちなんて目じゃないくらい、危険な妖魔だから!


「だったらせいぜい、私の足手まといにはならないことね!」


 チヤちゃんは、その言葉を置いて行って、巨鳥の妖魔めがけて駆け出して行った。

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