プロローグ
フローリングの床を突き破って伸びた地獄の刃が、女性の顔面を真っ二つに断ち割った。
刃が床の下に消え、顔面から刃が引き抜かれたなら、女性の体は炎に包まれたリビングにくずおれる。
「!!!」
一人の幼い少女は、声にならない悲鳴を上げて、自身の母親であった女性が命を落としたことを悟る。
この惨状に耐え切れず、少女が背後へと目を反らせば、異臭を上げて燃え盛る二つの塊が転がる。この熾烈な猛火にさらされて、すでに骨が見えるほどまでに体が焼け焦げた、少女のきょうだいの変わり果てた姿がそこにあった。
「あ……あ……!」
一瞬にして火事の現場と化した少女の家の中で、彼女は残る一人の家族を――父親を探す。
少女はやがて、炎の中に立つ父親を見つけた。そして、もはや父親も元の姿を保っていないことを、思い知る羽目になる。
人間の喉から出せるはずもない甲高い悲鳴が、天井を向いた父親の口から吹き上がる。
少女の父親は、もがき苦しみながら彼自身の喉笛をかきむしるが、それは彼の運命を変えることなど、ついぞなかった。
少女の父親の口から、胸から、腹から、皮膚を引き裂いて黒い影が飛び出した。少女の父親の姿も、その叫び声と同じく、人間としてあるべき状態からかけ離れていく。
「パパ……パパ!」
少女は、とうとう体を支えるための力すらも失った。腰が折れ、焦げたフローリングの上にへたり込む。
そのとき、少女の傍らで、何か細工物を組み合わせるような音が鳴り始めた。
このリビングで燃え盛る業火により、部屋の隅に追いやられた影が、「それ」に向けて吸い込まれてゆく。
影がすべて吸い上げられ、細工物の鳴る音がやんだ時、少女のそばには一つのオブジェが転がっていた。
すべての面が正三角形でできた、漆黒の正二十面体。その大きさは、ソフトボールほどのもの。
それは、都市伝説にて「リンフォン」と呼ばれる、忌まわしい呪具。そしてまた、のちに少女が操ることとなる武器。
家を失い、家族を失い、人並みの幸せを失った、この事件ののち。
少女は妖魔と戦い始めることとなる。
妖魔への、絶えることのない怒りと憎しみを、胸の中にたぎらせながら。