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死界学校1

噴水広場でスイセンと喋っていると、突如周りが静かになった。

さっきまでこの世界の住人達の会話がうるさいほど飛び交っていたはずなのに、気がつけば周りに人がいなくなっていた。


静かになった理由は、どこからか鈴の音が聞こえ始め、それと同時に広場にいた全ての人々が慌てたようにどこかに行ってしまったからだ。


その涼しげな鈴の音はどんどんこちらに迫ってくる。

どこからこの音が聞こえるんだろうと辺りを見回すと、一人の修道女のような人物が、シラン達の元へと近付いてくるのが見えた。


「あれが案内人かな?」


シランは先程ユリに言われた事を思い出す。

修道女は鈴を鳴らしながらシランとスイセンの前に来ると、鳴らすのを止め、一礼してから口を開いた。


「私は死界学校の使いです。貴方達を死界学校まで案内するようにと言われました」


そよ風のような優しい声だった。


「それではさっそく、死界学校へ向かいます。両腕を挙げなさい」

「え? なンで?」

「早くしなさい」


修道女から、なんども言わせるなと言ったオーラが漂ってくる。これは怒らせない方がいい人間だな。


シランは言われた通り、万歳の形で両手を挙げると、それを見たスイセンも渋々腕を挙げる。

二人が手を挙げたのを確認すると、修道女は持っていた杖を高く持ち上げ、三回鈴を鳴らす。

先程聞いた涼しげな音ではなく、どこか厳しく、何かを寄せ付けるような不思議な音だった。


「手はそのままで。もうすぐ私の使い魔が貴方達を死界学校まで連れて行ってくれます」


使い魔とは……これまたメルヘンな言葉だな。なんだろう、馬かなにかかな? もしかしたらドラゴンだったりして。


来るなら早く来て欲しい。こんな二人揃って街中の噴水広場で両手を挙げていると変な目で見られそうだ。まぁ、今はここにいる三人しか人はいないようだが。


しばらくすると、空の彼方からなにかの影が見えてきた。その影は次第に大きくなり、こちらに向かってきていることがわかる。


「なンか来たよ……」

「だね……鳥?」


バサバサと翼をはためかせ、徐々に徐々にこちらへ向かって来る。

二匹いる内の一匹が急降下し、こちらへと降りて来る。

あれは鳥——


「じゃない!」


鳥だと思っていた生物は、スイセンの腕をガッチリと掴み、そのまま空へと連れ去って行った。

あれは鳥なんかじゃない。悪魔だ。醜い顔にクチバシ、立派な角が生えていた。容易く人間を殺せそうな尻尾までついていたぞ。

空の向こうでこの世のものとは思えないスイセンの叫び声が聞こえてくる。


「や、ややや!」


ビビりすぎてろくに言葉が出てこない。

もう一匹の悪魔も、シラン目掛けて猛スピードで突っ込んでくる。

怖さのあまり目を瞑っていると、腕が引き千切られそうな勢いと共に、地面から足が離れ、味わった事のない恐怖と共に空へと連れ出されてしまった。


これが生前罪を犯した者への罰なのだろうか。もしかして今まで見ていた死界の風景は天国で、今から連れて行かれる死界学校という所は地獄なのではないか。

冗談じゃない。なんの覚えもない罪を無理矢理押し付けられている気分だ。だって生前の記憶なんかないんだもん。


シランは言葉に出来ない程の絶望と悲しみを苦い顔をしながら飲み込み、今の内に綺麗な夕日を目に焼き付けておく事にした。


それにしても綺麗な夕日だ。このメルヘンな空の旅にマッチしている。


「本当に……どうなっちゃうんだろ」

「グ……グェッ」


まるで首を絞められたニワトリのような鳴き声が聞こえたその時。


いきなり急降下した。


今まで見ていた綺麗な景色が縦に流れていき、ものすごい強烈な重力を感じられる。


「え、ちょっ、あぁぁぁ!」


風が体を殴るかのようにぶつかる。生きている人間なら糞尿を撒き散らしながら気を失っているか、ショック死しているだろう。


しばらくの間その恐怖と戦っていると薄い雲の間から森が見え、地面が見えてきた。

煮えたぎる溶岩や、針山が見当たらないということは地獄に連れて来られた訳ではないようだ。少し安心。


あとちょっとの辛抱で楽になれる。と思った瞬間、違和感を感じた。

上を見ると、さっきまでシランの腕を掴んでいた悪魔の姿がない。つまり、今のシランは両手を挙げたまま、地面に向かってただ落下しているだけという事。


不思議だ。不思議な事に、落下しているだけと知った途端、恐怖心がなくなった。悪魔に腕を掴まれたまま飛んでいる時は死ぬほど怖かったのに。この感じ、どこかで……。


「あ、死なないよね?」


頭が冷静になれば、次の不安を思い出す。それはこのまま落ちて地面に激突しても死なないのか、だ。まぁ、もう死んでるし、二度死ぬって事はないと思うけど……。


ものすごい衝撃と共に、ペチンッと皮膚と硬い地面がぶつかり合う乾いた音が聞こえるが、痛みはなかった。


何事もなかったかのように立ち上がり、ひとまず辺りを見回す。すると、地面にうずくまった灰色の髪をした人物が一人いた。


「大丈夫?」

「あぁ、もう! あぶねェ!」


スイセンは空に向かって怒りの感情を吐き捨てる。

この様子じゃあ、大丈夫そうだな。


「ここ、どこだ?」

「さぁ、どこだろうね」


目の前には森に囲まれた豪華な洋館を思わせる建物があるが、それ以外は何もない。深い森が続いているだけだ。

館の扉の両サイドには、さっきの悪魔とそっくりな石像が、こちらを睨むかのように置かれている。


あの憎たらしい顔を見るだけで懲らしめてやりたくなる。

そんな憎たらしい悪魔の石像は、館の屋根にもびっしりと並べてられていた。


とりあえず腰が抜けているスイセンを立たせると、館の扉がゆっくりと開き、中から見覚えのある人物が出てくる。


「ガーゴイルとの快適な空の旅は楽しめました?」


修道女は満足気な笑顔でそう言い、憎たらしい悪魔の石像を優しく撫でる。

撫でられた石像が少し動いたような気がしたが、たぶん気のせいだろう。


「ようこそ、死界学校へ。中へどうぞ」


シランとスイセンはお互い見つめ合いながら、ゴクリと唾を飲み込む。すでに死んでいるため、唾液は分泌されない。飲み込むフリだ。


そして、意を決して修道女に続き、洋館の中へと足を運んだ。


「なンか、思ってたのと違うっつーか、合ってるつーか」


スイセンの言葉には同感だ。建物の外見は外国の金持ちが住んでそうな家だったのに、中に入ってみれば一昔前のニガナにありそうな古い学校だ。

高級なソファーとか、大きなノッポの古時計とか、高そうな花瓶とか……そういったものを想像していた。でも実際はそうでもない。むしろボロっちい感じだ。


歩く度にキシキシと軋む木製の床はいつ抜けるかわからない。いや、これはこれで学校という雰囲気が出ているのかも。よく見れば、そんな古い床でも掃除が行き届いているため、埃や足跡など一切ない。大切に扱われている建物だというのがなんとなく感じられる。


「それで……どこに向かってるんスか?」

「ここの責任者兼教官先生の部屋です」


なるほど。入学するには校長先生の許可が必要、ということか。


「あのー、俺達まだあなたの名前きいてないんスけど」

「そうですね。ここではシスターと呼ばれています」


見たまんまのあだ名だな。

それにしてもこの修道女は謎が多い。金髪ではなく茶髪であることから、天使ではなさそうだ。


「着きましたよ。少し、待ってて下さい」


明らかにここが校長室だとわかるような扉の前で修道女は止まり、数回ノックをした。


「入れ」


短い返事が返ってくると、修道女はその場で一礼してから扉を開ける。

やはり中は校長室を思わせるような部屋になっており、古い内装に似合わない高そうな椅子に一人の女性が座っていた。


あの人がここの責任者……悪魔で僕たちをここに連れてきたって事はきっと、鬼のような人物なんだろうなぁ。


シランとスイセンは部屋の中へ入って修道女の横に並ぶ。


「椿教官。今年最後の罪の魂を連れて参りました」

「今年最後?」

「ご苦労。よく来たな、罪の子よ」

「あ、えーと、こンにちは?」

「は、はじめまして」


あれ? よく見れば金髪……という事は閻魔大王とかじゃなくて天使か。


ツバキと呼ばれた女性は綺麗な金髪で、短髪。女性にしては身長が高く、体格は少し筋肉質だ。

てっきり天使は全員、ユリのように美しい人ばかりだと思っていたが、ツバキは美しいというにはあまりにも男らしい。もしかしたらただ単に声が高くて胸が膨らんでいる男性なのか? いや、馬鹿な考えはやめよう。


——クフッ


なにか笑い声が聞こえた気がしたぞ。


「今からお前達の事を少しだけ調べさせてもらう。それとシスター、お前は下がっていいぞ」

「わかりました。では」


修道女は一礼してから部屋を出ていった。見慣れた顔が一人消えただけでもなんだか少し不安だ。


ツバキはポケットから古い手帳サイズの本を取り出す。

手帳というには分厚く、少し高級そうな革でできている。もしかしたら人間の革……という事はなさそうだ。


「この者達について教えてくれ」


ツバキが手帳に話しかけると、手を触れていない筈の手帳が勝手に開いた。


——ったくめんどくせぇ


なにか聞こえたぞ。しかし、ツバキは何も言わずに黙って手帳を眺めている。気のせいなのか?


パラパラと十ページほどめくったあたりで、手帳を静かに閉じた。


「サカキ シラン。私は女だ」


ゲッ、もしかして頭の中覗かれた? どうやって? それにしてもなんだか気まずい空気なってしまったぞ。


「あれ、俺達の事調べるンじゃなかったんスか?」

「もう調べた。残念だが、なにを調べたかは言えない」


ツバキは手帳を荒っぽくポケットにしまい、腕を組む。

やっぱり気を悪くしたかな。


「ここから出て左に曲がるとそこにお前達の教室がある筈だ。そこで待っていろ」

「わかりました……」


ツバキは先程座っていた高そうな椅子に腰をかけ、シラン達に背を向けると、カタカタとリズミカルに指で肘置きを叩く。

早くこの部屋から出て行け、そんなオーラが感じられる。


シランとスイセンはツバキの後ろ姿に一礼してから、ゆっくりと部屋を出た。


「なぁンか怖そうな人だったなァ」

「だね。でもああいう人ほど優しいかもしれないよ?」


ツバキに言われたとおり、部屋を出てすぐ左にある廊下で、スイセンと二人でトボトボと歩く。やはりまだ会ったばかりだからか口数が少なく、少し気まずい。

静かすぎる廊下に、床が軋む音がさっきよりも大きく響いているような気がした。


「あれか?」


結構長い廊下を歩いていると、廊下の先に一つの扉を見つけた。その扉はよくある学校の扉というよりも、ごく普通の扉だ。まさに洋館の中にふさわしい、そんな感じの。


「死界学校第二教室……てことは第一教室もあるのかな?」


扉には『第二教室』と記された張り紙が貼られており、隅に小さく『罪の子専用』と書かれていた。

ツバキが言っていた教室は間違いなくここだろう。


「開けるぞ……」

「ど、どうぞ……」


なんだろう。無駄に緊張する。

ドアノブを握ったスイセンは、ゆっくりと用心深く、扉を開ける。

あるかどうかわからない心臓が、激しく動いている気がした。


ガチャリ。その音と共に、オレンジ色の光が開いた扉の隙間から漏れ出す。


「あ、なんか懐かしい感じ……」

「だな」


開いた扉から見えた風景は、まさに放課後の教室。窓から懐かしい気持ちにさせてくれる夕日が射し込み、机、黒板、教室にあるあらゆるものを照らす。

何故だろう。生前の記憶なんてないはずなのに、この風景だけは涙が滲み出そうなほど懐かしい感じがする。もう二度と帰ってこないであろう青春の一ページ。

まぁ、もしかしたら青春なんてものは味わったことすらないのかもしれないが。そんな事はないと信じていよう。


「なぁ、あれ、嫌だな」

「あ、ホントだ」


なにが嫌なのか。それは見たらわかる。

シランとスイセンしかこの教室にいないのなら、明らかに多すぎる机の中に、まるでここの生徒の誰かが死んでしまったかのように、花の入った花瓶が置かれている机があった。

しかも三つの席に。


本来ならばあまり面白半分に近付いてはいけないのだろうが、もう死んだ身なのだからそんな事は関係なしに、机の上に置かれている花瓶を調べる。


調べた事によって更に嫌な気持ちになったのだが。


「なぁ、この花瓶、お前の名前が書かれてるぞ」

「こっちもスイセンの名前が書かれてるよ」


伊吹 水仙。そう書かれた花瓶にさされている花は、立派な花弁を咲かせた水仙だった。

スイセンが調べた方の花瓶にはおそらくシランの名前が記されており、紫蘭の花がさされているだろう。


そして気になるのがもう一つの花瓶。


「誰のだろ」


もう一つの花瓶には、菫の花がさされており、その花は少し萎れていた。


#柊__ヒイラギ__##菫__スミレ__#。それが花瓶に記されていた名前だ。


「もしかして、俺達の他に罪の魂がいるって事か?」

「そういう事だろうね」


スミレ。名前的に女の子っぽい感じだ。

期待はしてない。恋愛感情とやらはすでになくなっているだろうし。

ただ、どんな人物なのか興味があるのは事実。期待はしてない……していない。


「なーンか嫌だな。たしかに俺らは死ンでるだろうけど、コレは嫌味じゃね?」

「ハハ。でもどこに座ればいいかわかるしいいじゃん」

「ゲッ、て事は俺、一番前の席かよ」


確かに一番前の席は嫌なものだ。教師の目がすぐそこにあるからね。

でも意外と教師は前の席をあまり見ていないという話もある。単なる噂かもしれないが。

まったく、どうでもいい記憶はあるのに肝心な生前の記憶はないのか。


「ちゃんといるな。お前達、自分の花瓶の席につけ」


ズカズカと教室に入ってきたツバキは、教卓に教科書のようなものを置き、シラン達が座るのを待つ。


「あのぉ……後ろの席のほうがいいんスけど……」

「黙れ。貴様は人の話をあまり聞かないと、生まれ変わりの世界のイブキが言っていた。だからお前は一番前の席だ」


やはりあの市役所にいる人物はサカキだけじゃなかったのか。

ツバキが言ったイブキとはスイセンの事じゃなく、あの市役所で働いている人物の事なのだろう。


「クソ……余計な事を……」

「次、汚い言葉を使ったら貴様の罪の『形』の数を増やすからな」

「ごめンなさい!」


ツバキはスイセンの謝罪を鼻で笑い、教卓に置いた教科書を開き、チョークで黒板にスラスラと文字を書く。


「それでは、授業を始める」

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