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異方よりこいねがう  作者: わやこな
きづく
9/49

八話


 極彩色の雲が空を泳いでいる。

 彩雲と言うんだったか。このきれいな雲は縁起がいいものとされている、そんな話があったなあと思い出す。

 この土地は空が近いのか、雲も地上と近いように見える。高い位置にあるところなのかもしれない。雨が降るよりも青空を見ることが多いのも、そうなのかなと考える理由の一つだ。といっても、すごく寒いわけでもないので、実際のところはわからない。

 まあ、ありがたいなあと思えたのは確かなので、いいことがあることを期待して手のひらを合わせておこう。


「サエ?」


 手を鳴らして拝んでいると、声をかけられた。

 声のほうを振り向けば、ルンが食堂へとつながる勝手口からひょっこりと覗いていた。手には大きなざるを抱えている。


「あ、ルン。持ってきてくれてありがとう」

「いえ、このくらいは……なにかありましたか」

「空の雲が綺麗だったから。幸先いいかもと思って祈っておいた」

「サエのところでは、そういうことをするのですか?」

「………うーん、ま、ところによるかな! 私はする派なのってことで。さ、収穫しましょう」


 会話をしながら、しゃがんでいた姿勢から立ち上がる。


 そう。

 私たちは、食堂裏にある放置状態だった菜園だか庭だかの場所を畑へと復活させたのだ。


 これまたすこし時間と労力を費やしたけれど、畑の手入れは思ったよりもやりがいがあって、見知らぬ土地での焦りや疲れを和らげるのに一役買ってくれた。これが植物セラピーの力だとしたら、馬鹿にできない。

 発端は、どうにか今ある野菜を植えて増やしたいという考えからだったんだけども、嬉しい誤算があった。

 芋と似た野菜からさらに種芋っぽいのを見繕ってみたり、瓜っぽいものから種を取ってみたりして、できたらいいなという安易な考えで植えたら、芽が出た。しかもかなり早い段階で。


「あっという間に育つなんて、不思議よねえ」


 この世界の植物独自の生命力なのか、はたまたこの土地がすごいのかはわからないけれど、すくすく育った植物はおよそ一週間くらいで実が成った。外見トマト似、味はキュウリ似の野菜を試しに齧ってみたけれど、ちゃんとできていたので一安心である。

 ぷちぷちと二人で収穫をすれば、ほどなくしてざるはいっぱいになった。


 不思議なくらい良く育つ作物畑のおかげで、食糧問題は前より改善したと考えていいだろう。

 それに森へ行けば、食堂にあった果物と同じものが成っている木を二種類も見つけた。なので果物も定期的に採ってくれば大丈夫だ。

 ちなみに残念ながら、畑に果物の種も植えたものの、そっちはダメだった。

 何が良くて何がダメなのかわからないので、ルンと二人で首をかしげたものだ。なお、ルンの世界では植物が希少だったそうなので、私がわからないなら何もわからないみたい。

 ただ、ルンは細かいところまでよく観察するので、私より気づきが多い。


 例えば、甘かった野菜の隣に辛い野菜を植えてたら味が変わったとか。虫が寄ってくる花とそうでない花があって、寄らない花は非常に味が悪いとか。

 そのときばかりは、辛気臭そうというか幸薄い顔は楽しそうだ。

 新鮮そうに感想や気づきを言うルンに感心して、学ぶ日々を過ごしている私である。


「今日のご飯はどうしましょっかねー」

「朝の鳥は解体して干しています。使いますか?」

「そうね、それをちょっと焼いて食べちゃうのもいいかも」

「はい。減った分はまた取ってきます」


 肉は、驚いたことに、ルンが狩ってくる。


 衝撃だったので、その日のことはよくよく覚えている。

 初めての森への探索で出会った貴重なお肉……もとい、私にケガを負わせた憎きイノシシもどき。

 それをある日突然、食堂に引きずりながらルンが現れたのだ。

 食堂で落ち合うはずなのに、ルンがまだ来ていなくて変だなと待っていたときのことである。その光景に私の頭は一瞬真っ白になった。

 めちゃくちゃびっくりしたし、ケガしなかったのかとつい責め立てるように言ってしまった。でも私は悪くはない。すわ喧嘩になるかと思ったけれど、ルンは私が心配したことを驚いて泣いたことにより有耶無耶になってしまった。


 今でも本当にケガしないのかな、大丈夫なのかな、なんて心配ではあるけれど、私が思うよりずっとルンは上手く立ち回れるみたい。

 一度どんな風に狩るのか見せてもらったところ、まったくわからないまま終了した。

 ルンがじっと獲物を見つめてたら、苦しんで倒れた。以上。

 なにしたのって聞けば、体内で火を起こしたとのこと。ルンのあの火をつける超能力みたいなやつらしい。

 大したことはできないと本人は本気で思っているようだったけど、見かけによらないえげつないことをするなと慄いてしまった。でも感動が勝ったので、「やるじゃない」とか「すごいわね」とか興奮して何回も言ったんだったっけ。


 いや、本当、一家に一人レベルどころじゃないくらい、ルンの存在はありがたいことになっている。


 ここに来ておそらくひと月くらい経った今では、身に染みるほどそう思う。

 だからこそ頼りすぎないように気をつけなきゃいけない。ルンは元居た世界で、ひどく使われていたみたいだし。

 よし。

 ここは、ルンが好きだろう甘いものを私が進呈するべき。

 さつまいもみたいにねっとりと甘い果物は、煮詰めればきっと芋飴みたいになるはず。試したことはないけど、たぶん大丈夫。できなかったらできなかったでジャムもどきにはなるだろう。

 残りわずかとなってしまった私が持ち込んだ飴を渡してもいいけれど、なんとなくまだとっておいたほうがいい気がするのだ。

 そうとなると、果物が少々足りなくなるかも。採りに行かねば。


「ねえルン。果物も減ってきたから、ごはん食べたら森に行ってこようと思うのよ」

「わかりました。準備をします」


 かごを抱えて食堂に戻りながら声をかける。

 すると、間髪入れずにルンが答えた。甘えたいところだけれど、果物がある場所はイノシシもどきに気をつけさえすれば安全なところにある。


「ルンはお肉を調達してくれるでしょ。だから、果物は私が採ってくるわ。そこまで遠くはないし」

「準備しますので、一人はやめてください」

「いや、一人でも」

「サエ」


 物言いは丁寧で控えめだけど、絶対引かない意思を感じる。

 ルンの物静かな藍色の瞳がじとりと私を見ている。ちょいちょいそそっかしいところを見せた弊害かしら。

 それか、打ち解けてきたって証拠なのかもしれない。

 こうしてルンに心配されるようになったきっかけはわかっている。

 以前、私がルンをかばってケガをしたことだろう。余程ショッキングだったんだと思う。


 ケガは、あの時の痛みのわりにあっけないくらい直ぐに治った。骨も折れてなかったし、筋も痛めてなかったし、うっ血痕すら残らなかった。

 排せつしないことから疑っていた人間卒業疑惑がより濃くなったものの、体が丈夫になるのは有難かったので素直に喜ぶことにした。


 どうりで私が派手にすっ転んでもぶつかっても、うっかり包丁で指を深く切っても、延々歩き回って疲れていても、翌日にはすっきり治っているわけだ。

 どこまで大丈夫なのか要検証だけど、ケガをすることにルンは過敏になっているので、まだ果たせていない。


「サエ、私も行きます」

「……はい」


 結局、根負けしてしまった。

 ルンは粘り強くて頑固だ。常が自己評価が低くて自分の意見を積極的に言わないからわかりづらいけど。一緒にいるうちに本来の性格が出てきたのかもしれない。いいことだ。

 そして私も、そそっかしくて大雑把なところがあるとルンに把握されてしまっている。


 たとえば、畑の手入れからでもそれがわかる。

 ルンが整備したところは、きちっと丁寧に整列された野菜たちが並ぶ。が、私のところはちょっとばかり歪んでいたりする。ダイナミックなありのままの自然を表現したのだ。そういうことにして自分を納得させている。

 まあ、そういう細かなところで性格って出ちゃうのだろう。


 そんな積み重ねを続けて、私たちの互いの認識が更新されていって、今に至る。

 遠慮もちょっとずつなくなっていっていると思う。この調子で、いつかもっと気兼ねなく話しかけてくれたらいいなあ。

 ゆくゆく目指すは、丁寧すぎない言葉遣いでの会話なのだけども。

 ルンの言葉は身に沁みついているようなので、矯正は前途多難だ。驚いても焦っても咄嗟に出てくる言葉は荒くならない。


「本当に大丈夫だと思うんだけどな……でも、心配ありがとう、ルン」

「え、ああ、いえ……えっと、はい」


 ほんのりと不健康な青白さのある顔が赤くなる。

 はにかむルンの姿は、ようやくちょっとはましな見た目になってきた。大体一か月くらいの間、これでもかと食わせてきた努力が実ってきて嬉しい限り。

 けど私よりもまだまだやせているので、もっと食わせねば。

 やはり肉、そして栄養は大事だ。


「一緒に行くならお弁当もあるといいかもねえ。まとめて作っちゃう?」

「サエがいいようにしてください。もし作るなら、手伝います」

「んー。じゃ、作りましょ。きれいな雲の下で食べたらいいことあるかもしれないし」

「はい」


 こくりと頷くルンに、よし、と気合を入れる。

 裏口を閉じれば、また空の彩雲が視界に入った。

 本当にいいことがあるかはわからないけれど、それでもちょっとは心が浮き立つ。わずかな期待を抱きながら、食堂内の調理場へと足を向けた。








 持ち物、よし。

 服装、よし。

 同行者、よし。


 準備万端で森へ出発する。

 まぶしいくらいの晴天だ。青空はこの世界でも変わらないし、真っ白な雲も同じ。

 ただ、空に浮かぶ明るい太陽が星型で、大小さまざまな形をした何らかの天体がうっすらと浮かんでいるところは違う。

 楕円だったり、円柱ぽかったり、三日月みたいに湾曲した形だったりする天体は、きっと月と似た衛星なんだろう。それぞればらばらの方向に動くので、今の時間を計るには星型太陽の位置で予想をつけるのが妥当だ。

 ここの太陽ぽいもの……便宜上、太陽と呼ぶが、それも地球と同じ間隔で時間は進んでいる、と思う。


 現在の時刻は、おそらく真昼間。

 高い位置にある太陽の光が燦々と降り注いでくる。

 私たちが暮らしている廃城跡から森まではそこまで離れていないので、時間もそこまで経たずに到着することができた。

 森の入り口は、あの石畳が見え隠れする地面のところだ。目印にちょうどいいので、私たちが森へ行くときはいつもここからにしている。

 いい感じの岩や石があるので適当に腰かけて腹ごなしをする。晴天の下の弁当はなんとはなしに気分がよい。

 見慣れてきた場所となったここも、いつも通り変わらず……と思えば、ルンが私の名前を呼んだ。


「サエ。音がします」

「音? え、イノシシもどきがいるのかも」


 耳を澄ましてみる。

 鳥らしき鳴き声。それから、草や葉がこすれる音。

 それらに混じって、ゴリゴリと硬い地面が擦れる音がした。こもった感じの、重たいものを引きずるみたいな。地響きのようにも聞こえる。下からだ。

 地面を指さしてルンを見れば、こくこくと頷いてくれた。


「地下がある?」


 何回も来ているけれど、下へ降りられるようなものはなかったはず。

 石と草ぐらいの殺風景な様子は、音のせいでなんだか不気味に見える。

 ルンはしゃがんで、地面に耳を近づけてみている。同じように真似してみれば、ゴリゴリとかずざーといったような物音はまだ響いていた。

 やっぱり地下があるみたいだ。その空間で何かが動いている。


 ――門外漢ではあるんだが、山裾には民間の防空壕や塹壕があることがあってな。


 山の散策がてら講釈を述べていたヒロ兄の言葉がふっと浮かんだ。黒縁眼鏡を動かして、楽しそうに話した記憶の兄が続けてくる。


 ――古い場合は崩落していたり、藪で隠れていたりするんだな、これが。地下は薄暗く、不便だったそうだ。まあ、一時避難だろうし、生活には向いていない。怪談やオカルトにはことかかない場所であることは確かさ。そうそう、それでな、サエ。山の地下といえば地下他界という話があって……――


 あ、ヒロ兄得意のオカルト方面に飛んでいく。

 余計なことは思い出さないように、考えを追い出す。ただでさえ普通じゃない環境にいるのだから、本当に怖いことも起きそうなのが嫌だ。


「サエ?」


 思い出し震えをしていたら、ルンに不思議がられた。


「あっ、なんでもない。ねえ、地下の入り口あるかも。例えば、そうね藪とか」


 記憶を頼りに言ってみて体を起こす。ルンも起き上がると、「藪……」とおうむ返しに呟いてあたりを見回した。

 森の入り口ともいえるこの場所は、人の手も入っていないから乱雑に生い茂る草木ばかり。かろうじてコケモモ似の低木のあたりは、獣道っぽくなっているぐらいだ。

 ためしに適当な場所を見てみるかと探ることにした。片付けてから、ちょっと怪しいかなって思ったところを探ってみる。


 そして、意外なほどあっけなく、大人一人分くらいが入り込める(ほら)を見つけた。

 ちょうど木の根がアーチを描いて屋根になっていて、物語に出てくるノームやドワーフの家みたい。


「ルン、ここ」


 ルンを呼びかけながら、近くにある小石を投げ入れる。

 土に当たる音っていうより、カツン、コツンといった硬質な音が反射した。

 なんだか遠くまで落ちたような音だ。想像以上に深いのかもしれない。


「どうする?」


 振り返れば、眉を顰めて憂慮してますっていうような表情をルンがした。


「あまり、いい予感はしませんが」

「でも、明らかに人工物って感じがしない?」

「それは、そうですが。サエ、まさか」


 暗くて見通しは悪いものの、洞は途中から石の壁になっているのがわかった。塹壕とか防空壕というより、もっと機能的な壁がうっすら見える。

 私たちが暮らしている廃城よりもきれいな壁だ。

 つまり、時代はこっちのが新しい建造物なのではないか。なんだか模様っぽいのもある。文字だろうか。

 廃城の探索は結構していて、今はなんの手がかりもないし。もしかしたら新たな発見があるかも。ここに人がいる可能性だってある。

 そうと思えば、不安そうな眼差しを向けるルンに向かって、安心させるように笑顔でうなずいてみせた。


「ええ、ちょっと行ってみましょう」

「さ、サエ」

「頑丈になったし、多少のケガは無視できるわ。不安ならロープとか目印つけていくのもありね」

「また、そんな」


 大丈夫よ。そんな気持ちを込めてみたが、ルンの表情は一層冴えなくなった。むしろ、さらに困った感じになった。


「ルンは行きたくない?」

「……サエが、行くなら行きます」


 私は一人でも行くつもりだと言外に込めて言えば、やがてルンはあきらめたように答えた。


「私が先に入ります。あまり離れないで、そばに居てください」

「はーい。ありがと、ルン」

「……はい」


 あ、まだ納得いってない感じだ。

 だが、ここは入って確認したほうがいい気がしたのだ。あの音も気になるし、何かあったらやだし。

 収穫用の背負い籠を置いて、必要最低限の荷物だけにする。サイドポーチはこういうとき役に立つ。ルンには廃城で見つけた余った布地で出来たナップザックもどきを持ってもらう。

 武器というには心許ないけど、すっかり馴染みだした火かき棒とこん棒を携帯して用心もひとまずオッケーのはず。


「それでは、私の後ろに」

「了解」


 空いているルンの右腕を取って握ると、びくっとルンが体を跳ねさせた。


「ルン? どうかした?」

「あ、いえ、腕……いえ、なんでもありません」

「ああ、身動きの邪魔になる? 離れないようにってなら、ロープで体を結ぶのもいいけど、握った方が手っ取り早かったから」

「大丈夫、です」


 ぎこちなくうなずいたルンは屈んで、洞へともぐりこんだ。

 ルンの世界では、手つなぎや接触ってあまりないのかしら。

 日本もそうといえばそうだけど、ルンは極力私に触れないようにしているし。その可能性は高そう。だとすると、ちょっと申し訳ないことをしているかも。いやでも、緊急時だし。

 だれに言うわけでもないのに、言い訳をしながら、私もルンの後に続いて洞へと入り込んだ。


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