風変わりな王子
ルゥルゥ達が辿り着いた隣の国は、豊かで栄えた国だ。
この国には、レオポルドという名の王子様がいる。
彼は王様とお妃様に溺愛され、周りにも慕われ大切にされて、今年十七歳となった。
それはそれは優秀な王子様で、容姿や勉学の成績の良さはもちろん、雨の日に捨て犬を拾ってきたりする優しさもあった。
去年は『世界の胸ドッキュン王子様』ベストテン入りもしたし、宮廷画家による肖像画集『アレ? 翼がないよ、おかしいな』は100万部売れた。
そんなパーフェクトな人生を送る彼には、誰にも言えない悩みがあった。
*
城内の訓練場で、砂埃が充満する中、男二人がガッチリと組み合い、荒い息を上げていた。
一人はこの国で一番強い騎士団長で、もう一人はレオポルド王子だ。
周りには二人を応援する騎士や兵士達が集まっている。
武術の稽古か練習試合が行われている様子だ。
細身の王子は、ガチムチの騎士団長へ何度投げ飛ばされても果敢に立ち向かっていた。
皆、王子の粘り強さと根性に感動して声援を送っている。
王子は、騎士団長のムッキムキの脚にばかりむしゃぶりつく様に飛びついては、振り払われていた。
「あんなにスラリとした美形なのに、根性もあるなんて……我らが王子は頼もしい」
「まったくだ。剣技ならまだしも、腕力では絶対に騎士団長には敵わないにも関わらず、体術ばかり選ばれるのだから向上心を見習いたいものだ」
「レオポルド様、頑張ってくださいー!」
王子は声援に応える為だろうか、再度騎士団長のバッキバキの腰へと腕を回し、食らい付く様に頬を押しつけてグリグリしている。
「おお……勇ましい……」
「感動で前が見えん」
「目から鼻水が」
見学者達は感動に打ち震えていた。
しかし、王子と手合わせを行っている騎士団長は、ちょっとした違和感を感じていた。
―――王子、いつもこの戦闘スタイルなんだよなぁ……。
騎士団長はそう思いながら、再度王子を逞しい太股から引き離す。しかし、王子は身を捩り、脚を踏ん張り、力の限り、執拗に騎士団長の下半身を狙いむしゃぶりついてくる。
あまりの執念に、ゾッとする程だ。
しかし、王子は彼の下半身を捕らえて、引き倒そうとする訳でも、投げ飛ばそうとする訳でもなく、なんかこう、ギュッギュッと抱き締めてくる。
―――王子、何故いつも下半身ばかりを……体格差を考えて、体勢を崩そうというのですか。そうはいきませんよ!
「う、ぐぐぐぅ……」と声を上げ、騎士団長の抵抗を抑えようとしている様に見えるが、ただ単に頬ずりされている様にも感じる騎士団長だ。
王子の手付きもこう……尻や足のラインをなぞっているような気がしないでもない。
あと、この時いつも王子はちょっと楽しそうというか、幸せそうなのだ。
「ムヒ、ムヒヒ……!!」
グイグイと脚にしがみついてくる王子の、引き締まった唇の間から、小さく声が漏れ聞こえた。
―――な……っ、笑……!?
もしかしたら、王子は戦いが好きで好きで仕方が無いのかも知れない。
しかし、王子の国はすこぶる豊かで平和なので、戦争もない。
ほっそりとした彼の内に潜む阿修羅が、力を使えずに燻っているのかもしれぬ。
騎士団長はそんな事を思っていたせいで、とうとう王子に隙を突かれた。
なんと、戦闘狂(騎士団長談)の王子は騎士団長の岩の塊の様な太股に噛みついたのだ。
「ぐああ!?」
命がけの戦場ではアリだろうが、如何なる闘技においても『噛む』行為はNG極まりない行為だ。
やはり、王子の中には夜叉がいる……!!
「ま、参りました!!」
騎士団長は、衝撃のあまり地面に倒れ、降参の声を上げた。
「おおーー! 王子が騎士団長に勝った!!」
「我らが王子は本当にスゴい!」
「もの凄く男らしい戦いだった……!!」
周囲がどよめく中、騎士団長は起き上がろうとした。
しかし、王子はまだ満足いかなかったのか、頬を上気させ、荒い息づかいをしながらも騎士団長の太股を離さない。
「ムフーッ!! ムッホォー……!!」
「お、王子!?」
「あぁ……すまない騎士団長……思わず噛んでしまった……たまらん……じゃなくて、も、もう少し甘噛……いや、もう一回。もう一回いいだろうか……頼む……!!」
「……王子……」
騎士団長は、胸に熱いものが込み上げるのを感じた。
この食らい付いて離さない感じ、時代が時代だったら、もの凄い覇者になっていたかもしれない。
そう思うと、惜しくてしかたがないし、少し不憫にも感じてしまう騎士団長だ。
騎士団長は、目尻をしめらせつつ王子の手を恭しくとった。
「……もちろんでございます。ワタクシでよろしければ、いくらでもお相手させていただきます」
その場の皆、二人の男が手を取り合って立ち上がるのを見守った。
そして、再び激しくぶつかり合う勇姿に胸アツであった。
彼らは、自分達の王子こそ、世界一の王子だと誇らしく思った。
*
さて、ルゥルゥとセルジュは、すぐさまタートルネック仙人を尋ねようと、市場とか大広場とかお城とか、そういう楽しそうな所を全無視して隣の国を突っ切った。
その間に、ケンタはエロそうなお姉さんの後についていってしまった。
そして、タートルネック仙人がいるという山の麓へ辿り着いたが、そこには大きな門と門番が立ち塞がっていた。
「あの……すみません。私、お山に登りたいので門を開けていただけないでしょうか」
「ダメダメ。誰も通さない様に王様に言われているんだ」
「ええー、どうしてですか?」
「この山は危険なんだよ。君たちみたいな子供は特に入ってはいけません」
「そんなぁ……どうしても駄目ですか?」
「王様が良いと言わないと駄目だね」
門番は意地悪そうに言って、少し遠くにそびえ立つ立派なお城を指さした。
ルゥルゥとセルジュはお城を見上げ、顔を見合わせる。
「困ったわ……」
「うーん……門番さん、王様にはどうしたら会えますか?」
セルジュがド直球で門番に尋ねた。
門番はあまりにも澄んだ瞳でセルジュが真っ直ぐ尋ねるので、笑った。
「王様は君たちみたいな子供には会わないさ」
「でも会いたいんです」
「無理無理。ほら、あっちに行きなさい。あんまり愚図ると、おまわりさんを呼ぶよ!」
おまわりさんを呼ばれてはたまらない。
ルゥルゥとセルジュはションボリして、山への門を一旦離れた。
もう日が暮れていた。
夕日で橙色に染まる石畳の通りをトボトボ歩きながら、セルジュはルゥルゥの肩にそっと手を置いた。ルゥルゥの方が背が高いから、ちょっとだけ背伸びをしている。健気だ。
「きっと、僕が王様に会わせてあげるからね」
「……セルジュ……」
「さ、今日はもう、どこか宿をとって休もう。お腹も空いてるでしょ?」
「……うん!!」
「行こう。宿を探さなきゃ」
そう言って少し先を歩くセルジュを見て、なんて頼もしい男の子だろう、と、ルゥルゥは瞳を潤ませた。
それからセルジュは、超高級ホテルを見つけ、ロザリーから借りてきたプラチナカードをブイブイいわせてスイートルームをとると、ルームサービスで海では中々食べられないものをたらふくルゥルゥに食べさせ、ふかふかのお姫様ベッドに寝かせた。
そして、ルゥルゥがスヤスヤと寝息を立て始めると、そっと部屋を出た。
目指すは、超高級ホテルでなんかいつもパーティーとかしてる大広間だ。
大広間の前で、セルジュは胸の前で拳を握り、自分に言い聞かせる様に呟いた。
「僕は美ショタ、僕は美ショタ……よし!」
その夜、セルジュは高級ホテルのパーティー(なんのパーティーかは不明)会場で、三人のセレブとお近づきになった。美ショタ好きのどっかのご令嬢と、美ショタ好きの男爵夫人と、美ショタ好きの聖職者のオッサンだった。
パーティーが終わると、セルジュは彼らにおやすみの挨拶をして、晴れやかな笑顔で部屋へと戻って行った。
月明かりの差し込む、青く仄明るい部屋では、ルゥルゥがスヤスヤと眠っている。
その寝顔を眺め、セルジュは天使のように微笑んだ。
「まあまあな三人のセレブが釣れたよ。あの人達から芋づる式に王様に近づいて見せるからね……」
彼はそう囁いて、ルゥルゥの小さな額にそっとキスを落とした。
*
次の日、セルジュが聖職者のオッサンから、二人きりのディナーに誘われた。
セルジュはそれまで時間があったので、城下町の隅に作られた自然公園へルゥルゥを連れていった。
「昨夜人に聞いたんだけど、お花がたくさん咲いていて、小さな動物たちも住み着いているらしいんだ。きっとルゥルゥの気に入るよ!」
「わぁ、楽しみ。お花大好きだわ。小さな動物たちはカニかしら? ヒトデかしら?」
「ふふふ、お楽しみだよ」
二人はウキウキと自然公園へ行き、美しい形に剪定された木々や、あちこちで自由に咲き誇る花に目を輝かせた。
「うわぁ~、素敵ね」
「花飾りを作ってあげるよ」
公園の奥の方には、小さな憩いの広場がポツポツと配置されている。
憩いの広場は、石のテーブルセットがあったり、芝生だけだったり、小さな噴水があったりと様々だ。
その中でも、花がたくさん咲いている広場を陣取って、ルゥルゥ達は夢中で花摘みを始めた。
「はーなはなはな、きれいですね~」
「きみの~ひとみのほうが~きれいだよ~」
一見アホの二人だが、ビジュアルが良いので、口パク、または音声をオフにしたら、おとぎ話のワンシーンに見える。
歌う美少女と美ショタの元に、小動物が集まらない訳がない。
「わああああ! なんかモフモフしたのがいっぱい来たよ、セルジュ!」
「うん、可愛いねぇ。これはリス、ウサギ、鳩、アヒル……皇帝ペンギンの赤ちゃんだよ」
「モフモフだー。こんにちはぁ! みんな可愛いね!!」
どこかから現れた小動物たちに囲まれて、二人はモフモフで幸せな時間を過ごしていた。
しかし、そうは問屋が卸さないのが魔女の執念である。
ちょっと城下町でショッピングしたり食べ歩きをして、疲れたからスパにも行ったりしていたら、登場が遅くなってしまった。
魔女は幸せそうな二人を見つけ、不敵に笑う。
「ククク……要はあの少年を絶望させちゃえばいいのよね……!」
彼女は杖を振るう。
「まずは、宙づりになーれ!!」
すると、ルゥルゥの元へ蔓草がシュルシュルと這って来て、彼女の太く立派な足首にくるんと巻き付いた。
「え、なに!? きゃっ!?」
ルゥルゥの足首に巻き付いた蔓草は、グンッと彼女を持ち上げ、宙づりにしてしまった。
「きゃあああ!?」
「ル、ルゥルゥー!!」
ルゥルゥの長いスカートがめくれ、逞しい下半身が剥き出しになる。
セルジュが彼女にあげた珍隠しのホタテの、なんと頼りないことか。
「フフフ、次はそのホタテを消してやるわ!!」
魔女が杖を大きく振りかぶった―――
*
一方その頃、レオポルド王子がどこかの国の王女様との結婚を迫られ、城を抜け出し、自然公園へ気持ちを落ち着けに来ていた。
彼は、どこかの国の王女様などまっぴら御免だった。
王子は若木にもたれかかり、憂鬱そうに呟いた。
「はぁ……勧められた王女はどうせ、竹ひごの様なヒョロヒョロの脚をしているに違いない」
グッ、と、レオポルドは唇を噛む。
「私は……もっと……こう……ああ、誰にもこんな事を言えない……一体どうしたら」
彼が何事か悩んでいると、直ぐ近くで悲鳴が聞こえた。
「なんだ……?」
彼は腰に下げた剣(ちゃんと本当の剣)の柄を用心深く握り、悲鳴の聞こえた場所へと向かった。