水晶玉劇場(大体2~4話だから面倒臭がり屋さんにオススメ回)
深い森の奥、紫色の湖のほとりに、古い塔がたっている。
その古い塔は、ほっそりとした優雅な胴に色とりどりの蔓花を絡ませ、美しく佇んでいた。
そんな優美な塔の、幾つもある窓の一つから、軽やかな歌声が聞こえる。
歌声の主は、シルバーブロンドの髪を色っぽく結い上げた美しい女だった。
彼女は銀色の瞳を微笑ませて、大きな水晶玉を覗き込んでいる。
何か楽しいものが映っている様子だ。
水晶玉の周りに、ポップコーンや飲み物まで用意してある。
その水晶玉の表面に、麗しい男の顔と上半身が映り込んだ。
彼も水晶玉に映るものを見たいのだろう、ヒョコヒョコと首を動かしている。
女は気を散らされて、目をつり上げ男の方へ振り返った。
「ちょっと、気が散るからヒョコヒョコ映りこまないでちょうだい、アーサー!」
「ヒェ、でも、俺の下半身の行方を見ているんだろう? 俺だって気になるじゃないかぁ」
情けない声を上げた男は、顔も上半身もバッチリイケメンだというのに、下半身が切り株という奇妙な姿をしていた。
根っこをウネウネさせて移動する様が、ちょっとしたスパイダー感が出ていて気持ち悪い。
女は、シッシッ、と言って、男を追い払う仕草をした。
「後で教えてあげるわよ。ああ、あの馬鹿人魚がこれからどんな目に遭うか超楽しみ。ほおら、カレシが来たわよぉ!」
女は水晶玉へ目を移し、小さく歓声を上げた。
水晶玉には、砂浜ではしゃぐ三本脚のルゥルゥが映っている。
水晶カメラワークが動き、そのすぐそばに寄って来たセルジュの姿も捉えた。
二人ともお互い大好きな相手に会える為だろう、血色のいい頬を艶々させて微笑んでいる。
「まったく、悪趣味だなあ。さすがは魔女。マ、そういう所も好きなんだケドね☆」
「シャラップ。消えろ」
「もう、冷たいんだから。ツンデレなのかな!?」
下半身を奪われたのに、なんだコイツのメンタルは。殺せば良かった。
女はそう思ったが、それよりも夢中で水晶玉を見つめた。
こういうムシャクシャした気分の時は、他人の不幸を見るのが一番いい。
「フフフ……さぁ、思う存分驚きなさい少年……え、ちょっと、何ホタテ差し出してんのよ。しっかりその娘の股間を見なさいよ!! くぁ~っ、紳士か!!」
第一コンタクトは魔女の思い通りにならず、人魚はカレシから同棲の誘いまで受けている。キラキラしやがってハッピーエンドまっしぐらだ。
「いや……まだまだこれからよ!! 無事で済むハズがないんだから!!」
女は水晶玉にかじり付くように見入った。
ルゥルゥと少年は、楽しげに町へ歩いて行く。
「ほらほら、ホタテからはみ出てるそれをなんで見ないの!! そもそも脚!! おかしいでしょムキムキでしょなんでスルーしてるの!?」
「俺、美脚だからなぁ」
「キィィィ……なによ、金持ちの家じゃない……羨ましい!!」
「あれ、これ俺の実家じゃね?」
セルジュの豪邸を見て、嫉妬心を膨らませる女の耳に、男の台詞はスルーされた。
こんなシンデレラストーリーなんて見たくない。見たいのは、見られてしまうところなのだ。
それなのに、人魚は脚が隠れるドレスなんかを与えられている。
「クッソ!! 少年もアホだった!!」
「あれ俺の弟じゃね?」
「煩い! 集中出来ねぇっつってんだろ!!」
女はポップコーンをこれでもかと頬張って苛立ちを鎮める。鎮まらん。
しかし、すぐにニタリと笑った。
「ババアが出て来たわ……フフフ……人魚の鱗を狙ってるのね?」
「(母さん……)」
アーハハハハ!! と、狂ったように笑って、女は水晶玉に映るババアの行動を見守った。
「ほーら!! ババアにバレた!! バレたわよ!! オーホホホホホ!! 地獄へ落ちろ!!」
女はめちゃくちゃ盛り上がった。しかし、何やら様子がおかしい。
「あれ……ん? なんか、丸く収まりかけてる……?」
女は慌てて水晶玉の映像を巻き戻し、音声を大にした。
水晶玉から、あの人魚の声が聞こえてくる。
『赤ちゃんの脚なんです……』
「なんて?」
女は水晶玉を巻き戻す。
『赤ちゃんの脚なんです……』
「イヤイヤイヤ……馬鹿なの?」
女は鼻で笑ったが、なんか凄く胸の中がモヤモヤした。
ババアが息を飲む音が聞こえてくる。
『赤ちゃんの脚』
「ンンンンなワケねぇだろ!! ババアしっかり!!! 私信じてる!!!」
『――しょうがないわね、早く大人に――』
「ババアアアアアアアア!!!!」
女は叫ぶと、水晶玉を揺すった。
なんか「オエッ」ってなりながら、女は「ウソでしょ……」と力なく呟き、信じられないモノを見る様に、水晶玉劇場を呆然と見る。
水晶玉に映るのは、豪華な屋敷をデートするラブラブな少年少女だ。
楽しげに、ゲームしようね♡などとやっていて、女はもう一度「オエッ」ってなった。
「クソが!! こうなったら!!」
女は水晶玉に向かって、杖の切っ先を向ける。
そう! この女はあの時の魔女だったのだ!!
魔女はルゥルゥとセルジュが階段の上段まで登るのを待って、勢いよく呪文を唱えた。
「滅べ滅べ! メーーーッツ!!!」
ルゥルゥが脚をもつれさせ、セルジュを巻き込んで階段を転がり落ちていく。
「スウッ!」と息を吸って、魔女は更に叫んだ。
「出来るだけ酷くなーれ!!」
魔女の魔法の効果はテキメンだった。
ルゥルゥはセルジュの首に逞しい脚を絡め、首筋にブツを押しつける格好となった。
「よっしゃ、我ながらエグい!」
これで少年は盛大に違和感を覚えることだろう。ビックリした顔をしているから、もうわかっちゃったかもしれない。
しかし、ババアが飛び出してきた。
このババアもアホだから、魔女は警戒した。
『こ、この蒙古斑はアーサーのものだ!!』的な事を言い出している。
「は?」
「そう、俺には星形の蒙古斑がある。恥ずかしいから君には隠していたけどネ!」
「どうでもいいわ……。ババアが息子の息子だとわかったならバレたも同然よーホホホホ!!」
魔女は勝ち誇って笑った。
しかし、心から安心出来ない自分がいた。
恐る恐る水晶玉を見ると、ババアとルゥルゥが平然と話し込んでいる。
『……と、いうワケで、この下半身を貰ったんです』
『そうだったのかい。あの馬鹿息子……』
『まさか、セルジュのお兄さんのモノだとは知らなくて……』
『いいんだよ、あの馬鹿が悪いんだから……』
「え、え? なんでフツーなの? 馬鹿なの?」
馬鹿なのだった。
そして、UMA関係には強いババアだったのだ。
「いや、でも流石に少年は受け入れられないでしょこんなの……」
魔女は最後の希みを託して、水晶カメラワークを少年へズームする。
しかし、少年は階段から落ちた衝撃で気を失ってしまっていた。
「つ、使えねぇ~~」
「セルジュ、大きくなったなぁ……」
ルゥルゥとババアの会話は続く。
『でもねぇ、ルゥルゥ。言いにくいんだけど、それは男の下半身だから、セルジュとは結ばれないよ……』
魔女はガッツポーズを取る。やっとここまで来た!!
「ヒヒヒ、そらそうよね!」
『そんな……人間の男の人と、女の人の下半身が違うだなんて……』
『まぁ……私は偏見はないし、むしろBLは好きな方なんだけど、セルジュはノーマルだからねぇ、困ったねぇ』
『うう……そうなんですか……どうしたらいいんでしょう、グス……』
「オーホホホホホホ!!!! ざまあ!! ヒャッハー!!!」
魔女は大喜びだ。笑いすぎて、そのソプラノの衝撃で塔の窓全部が割れる程だった。
『でもね』
「ん?」
『元々、セルジュは人魚のアンタを好きになったんだから、人魚に戻ればいいと思うの!!』
「な!? アホだから気づかないかもしれないのに、余計な事言いやがって……このババア、もしかして鱗狙い!?」
ドンピシャだった。
「赤ちゃんの脚」概念がスッカリ取れたババア――ロザリーは、この期にルゥルゥを元の人魚に戻して鱗を取ろうとしていた。
因みにロザリーの心の中は、「何が『赤ちゃんの脚』だ、やっぱチンコじゃねぇかしかも息子の! とんでもないもの見せやがってコノヤロー!」と、荒れ狂っていたが、魔女の水晶玉には流石にそこまで映らなかった。
水晶玉の中では、ルゥルゥが純真そうな丸い目を見開いている。
『また人魚に?』
『ああ。キラキラ光る鱗にセルジュはきっと夢中になるさ! この魚雷の存在がバレてセルジュが恋心を失うといけないから、コレの存在は内緒にするんだよ!』
「このババア……! で、でも、フン! 元に戻れる魔法なんて、そうそうないんだから!」
『セルジュのお兄さんの脚とわかったら、申し訳なくて返さなくちゃと思いますし……でも……でも……』
「オホホ、まだ脚に固執しているわ。欲深い人魚だこと」
このままババアにも嫌われてしまえ、そう思っていたのだが、ババアがポンと手を打った。
『そうだ! 隣の国にある高い山の中に、女の子の人形を作っては魂を吹き込んで、ハーレムを築いているキモい仙人がいるのよ』
「は!? ちょっと……!!」
ガタッと、魔女は立ち上がった。
なんだそのキモい仙人は。イヤ、その前に、話の雲行きが怪しい。
『もしかしたら、アンタだけの下半身を作ってくれるかもしれないわ』
『ほ、本当ですか!? その仙人さんの場所を教えてください!!』
『いいわよ~。その代わり、アンタは人魚が集まりそうな所を教えてくれる?』
「なるほど、そういう魂胆か……ターゲットを変えた訳ね……このババア、デキる」
ルゥルゥは、顔を輝かせて頷いた。
『もちろん! よろしければ、わたしがみんなを呼んでお義母様を紹介します!』
「な!? あのババア、ガッポガポじゃないのよー!! ッキーッ!!」
『よろしい、仲良しの印に鱗を貰えたりするかしら?』
『鱗ですか……? そんなものでよければ、みんなくれると思いますよ!』
『むひぃ……♡ じゃあ、何枚か鱗を貰えたら、アンタにタートルネック仙人の居場所を教えてあげるわ』
魔女は顔を強ばらせる。
「た、タートルネック仙人ですって……!?」
「知り合いかいハニー?」
「知っているもなにも、仙術を駆使したセクハラが過ぎて、国を追い出された仙人だわ……」
クッ、と、魔女は歯を食いしばる。
「とんでもない大物よ……あのババア、一体何者なのかしら」
UMAホイホイ体質が、仙人まで引き寄せていたらしい。
魔女は綺麗に整えた黒い爪を噛む。
このままでは、あのアホ人魚が女の子の下半身を手に入れてしまうかもしれない。
いやだ。誰かが幸せになる事は大方面白くないけれど、特にあのアホ人魚の幸せを見たくない。
それに、今の下半身を放棄されたら、アーサー(ルゥルゥの下半身・セルジュの兄・ババアの息子)が下半身を取り戻してしまう!
そしたら今度は何と浮気をするか、わかったもんじゃない!!
「こうしちゃいられない。こうなったら、とことん邪魔してやるんだから!」
「あ、ハニー、どこへ!?」
「わたしが戻ってくるまで、息を止めてて!」
魔女は急いで箒にまたがると、塔から飛び出して行ってしまった。
「あーあ」
飛び立った魔女を見送って、アーサーはニヤリと笑った。
もしかしたら下半身を取り戻せるかも知れない、という希望が彼の瞳をアホっぽく輝かせていた。