赤ちゃんの脚と、星形の蒙古斑
ルゥルゥは驚いて叫び声をあげた。
「いや、お前が驚くんかい」とルゥルゥの股間のホタテ貝は思った。
良い気持ちで寝ていたのに、自分のスカートの中でなんか知らないババアが「無い! 無い!無いのにある!」とナゾナゾを喚いていたら、誰だってビックリするに決まっているのだから、ホタテにはもう少し優しい心を持ってもらいたい。
ルゥルゥはおろおろして、スカートの中の知らないババアにスカートから出て行ってくれるよう懇願した。
「あの、あの、何かお探しですか? ここには何もありませんから、出てくれませんか」
「あ、あんた、あんたは何なんだい!?」
お前こそなんだ。そう言ってやればいいものを、心優しいルゥルゥは、スカートの中のナゾナゾババアにおどおどするばかりだ。
「わ、わたしはルゥルゥといいます。人魚です」
「人魚なわけないだろ、魚雷が付いてるじゃないか!」
寝ている時に、ホタテがズレちゃったみたいだ。
「あ!? アン!? きゃ、痛い、その脚を引っ張らないで……赤ちゃんの足なんです!」
「赤ちゃんの足」
ナゾナゾババアことロザリーは、目を丸くしてオウム返しをした。
「ええ。ほら、こんなに小さい……みんなもついてるでしょ?」
「そ、そうだったの。へぇ、みんなに……」
――人魚にはみんな「赤ちゃんの脚」がある。
ロザリーは初耳だった。
カエルの逆バージョンみたいなものだろうか。
「うむむ、未知」と、ロザリーは唸った。
確かにこの娘はまだほんの小娘に見える。これから成長してオーソドックスな人魚の姿になるのだろうか。二本の逞しい脚とチンコ、否、「赤ちゃんの脚」が、こうなってそうなってああなって最終的に人魚の魚部分になるのかもしれない。
それは人魚にしか分からない事なのだろう。
それなら、最終形態人魚になるのを待てばいいわね。と、ロザリーは納得した。
しかし、見れば見るほどチンコである。
世の中不思議な事でいっぱいね、と、ロザリーは感慨深くため息を吐いた。
そこへようやくセルジュがやって来た。
「母さん、なにしてるの……?」
連れてきたカノジョのスカートの中に、母親が潜り込んでいたらさぞ不思議だろう。
世の中は本当に不思議な事でいっっぱいだ。
「ああ、セルジュ。ごめんなさい、母さんあなたが女の子を連れて来たものだから、はしゃいじゃって」
「どんなはしゃぎ方してるのさ。ほらほら、スカートの中から出て来てよ。恥ずかしいなぁ、もう!」
「うふ、うふふ……はじめまして、セルジュの母です」
「ルゥルゥ、僕のお母さんだよ。ここに一緒に住んでもいいって!」
ルゥルゥはパァッと顔を輝かせた。
「本当!? ありがとうございます! わたし、ルゥルゥです。これからお世話になります!」
「ええ、なるべく早く大人になってちょうだいね」
人魚の「赤ちゃんの足」が大人になるのは、一体いつだろう。
人魚は長生きだと聞くから、いつかとれる鱗の値段と、この娘の生活費はもしかするとデッドヒートになるかもしれない。
しかし、セルジュはこの娘を気に入っている様だ。
娘を追い出したりした後に自分が死んだら、セルジュはひとりぼっちになる。
だからこの娘に賭けてみよう。ロザリーはそう思った。
「よろしく、ルゥルゥ」
*
母の許しが出たセルジュは、大喜びでルゥルゥの手を引いて、屋敷の案内をした。
海辺でしか会えなかったルゥルゥと、これからは毎日ずっと一緒にいられる。
そう思うだけで自分を世界一幸福だと思った。
「ルゥルゥ、こっちがリビングだよ!」
「りびんぐ?」
「くつろぐところ。たくさんお話したり、ゲームもしようね!」
「ゲーム好き! 人間はどんなゲームをするの? たくさん教えてね」
「うん! それから……」
浮かれるセルジュは、ルゥルゥがまだ歩く事に慣れていないのをスッカリ忘れてしまった。
ルゥルゥは、セルジュについて行くのにいっぱいいっぱいだったが、とても嬉しそうな彼の為に頑張って脚を動かした。
床に裾がつくドレスも、とても歩きにくい。
彼女の不自由をカバーするのは、二本の脚の逞しい筋肉であった。
しかし、とうとう階段でルゥルゥの脚がもつれてしまった。
体勢を崩したルゥルゥが、結構上の段から落ちそうになったところをセルジュが助けようと腕を伸ばす。しかし、セルジュのショタショタした腕では、ルゥルゥの身体を支えきれなかったようだ。
「わあああ!?」
「きゃああ!!」
階段を転げ落ちる二人。大事故だ。
二人はもつれ合いながら階段を転げ落ち――なんとか体勢を立て直そうとしたルゥルゥは、勢い余ってセルジュの首に4の字固めをキメてしまった。
セルジュの首に、何か柔らかいぷにゅっとした感触が伝わった。
「――!? ???」
――え、女の子って……!!
突然の事に戸惑うセルジュだったが、二人の悲鳴を聞いたロザリーが駆け寄って来た。
「あらあらあら、さっそくイチャついちゃって!!」
親のいる時にそんなに絡み合わないでよン、などと言いながら、二人を引き剥がしたロザリー。意外と優しいところがあるのである。
しかしその時、ロザリーの視界に、スカートがめくれ上がってしまったルゥルゥの引き締まった尻が見えた。
その尻の向かって左側には、大きめの星形の痣があった。
ロザリーはその痣に見覚えがあった。
「こ、この痣は……!!」
「きゃ!?」
ロザリーは目を見開いて、ルゥルゥの尻をつかむ。
彼女は、初めて産んだ赤ん坊――セルジュの兄――の事を思い出していた。
尻についたウンコを拭くのなんか絶対無理だと思っていたけど、結局毎日拭く事になった尻にも、この星形の痣はあった。
おお……と、ロザリーはルゥルゥの尻の前に膝をつく。
「間違いない、この痣はアーサーの尻の痣――否、蒙古斑と一緒だわ!!」