私はツイてる
セルジュはお婆さんと豪邸で二人暮らしだった。
老婆と少年が豪邸で暮らしているのは、昔お婆さんへ、ユニコーンが角をくれたからだった。
* * * *
それは、お婆さんが、まだ十八歳のうら若い乙女の時の話。
お婆さんの名はロザリー。町でも評判の美人だった。
太陽のように輝く金色の髪。
紫水晶の様な大きな瞳。
ふっくらした薔薇色の頬。
ほっそりとした体つき……。
世の男達はみんな彼女に夢中になった。
しかし、ロザリーはどんな男にもなびかなかった。
そんな彼女は、町の近くの森で、年老いたユニコーンを見つけた。
ユニコーンはヨボヨボで、もうすぐ死ぬと言う。
『最後は若い娘にチヤホヤと介護されたいのじゃが、最近の若い娘はビッチ過ぎていかん……見る分には好きなんじゃが、儂ユニコーンじゃろ? 身体が処女厨なんよ……。あと、パツキンの美人がいい……儂はこのまま孤独に死ぬのじゃろうか……』
そんな老いたワガママユニコーンを、ロザリーは献身的に介護してあげた。
美しい容姿と、純潔のロザリーだからこそ出来た事だった。
『おお、美しく清らかな乙女の膝枕で死ねて最高。サンキュー、ありがとう。角やるわ』
おじいちゃんユニコーンはうれし涙を流しながら、昇天した。
最後に、売ったら滅茶苦茶高価な角をロザリーへ託して……。
おじいちゃんユニコーンが完全に息を引き取ると、ロザリーは瞳に浮かべていた涙を「スン」と引っ込めてニヤリと笑った。
莫大な財産を相続する、後妻業の女の顔をしていた。
「結婚生活は墓場」が、ロザリーの口癖だった。
十四・五で結婚していった友達が、夫の愚痴を言う度うんざりしたし、泣きわめく子供の世話を押しつけられるのだって、まっぴらごめんだった。
夜泣き・勘虫・乳吐き絶対にお断りである。毎日尻についたウンコ拭くの無理。
世界で一番豊かな暮らしをさせて貰える訳でもないのに、「誰のお陰で生活出来ていると思っている云々」言われようものなら、猟奇殺人犯になれる自信があった。
だからこそ、男を寄せ付けなかったロザリーだったが、良い具合に良い具合になった。
ユニコーンの角はコレクターに滅茶苦茶高く売れたし、めくるめく豪遊生活の途中でリッチなパトロンを見つけて、ロザリーは人生を謳歌した。
もちろんパトロンが死んだ時、ちゃんと一筆書いてもらって、金品と今の豪邸を相続した。
で、なんか六十代くらいの時に、ユニコーンの生まれ変わりとか言う好奇心旺盛なチャラ男とノリで色々あって、セルジュとお兄さんが生まれたってワケ。
* * * *
「――つまり、お婆さんはお母さんなのね?」
豪邸の一室、セルジュの部屋で、その"お婆さん”の服を着せられながら、ルゥルゥが言った。
凄い若作りをするババアの超ピンク・ドレスはルゥルゥによく似合った。床にスカートの裾がつくくらいガチ目のドレスだったので、ルゥルゥはやたら背の高いただの少女に見える。
ドレスは若い娘に着て貰えると喜んだのも束の間、明らかになんか違って生地をクタリとさせていた。
さておき、セルジュはルゥルゥの問いに「そうなんだ」と屈託なく微笑んだ。
「ユニコーンの生まれ変わりがお父さんだなんて、素敵ねぇ……」
「ふふ」
別に全然素敵じゃなかったが、二人が「素敵」と微笑み合っていると、屋敷の玄関の方から「ただいまぁー」と老婆の声がした。
ルゥルゥとセルジュは顔を見合わせる。
「お母さんだ!」
「はわわ、ちゃんとご挨拶出来るかしら……」
「僕が先に事情を話すから、少し待っていて」
ルゥルゥがコクンと頷くと、セルジュは部屋を出て行った。
部屋の中が静かになって、ルゥルゥは心許なげに窓辺の長椅子にしなだれて座った。
海から少し離れた高台の屋敷の窓からは、広い海が一望出来た。
地平線いっぱいの海水が、キラキラと波打っているのが遠目からでもよく見える。
ルゥルゥは丸くて大きな目を細め、「ごめんなさい、さよなら」と、囁いた。
*
セルジュは、帰って来た母親ロザリーに勢い込んでルゥルゥの事を話した。
「お母さん、僕、人魚と仲良くなったんだ」
「人魚ですって!?」
「うん」
「まぁ……でかしたわセルジュ。さすがUMAホイホイの家系ね」
ロザリーはそう言いながら、頭の中でホクホクと皮算用を始めた。
人魚といえば鱗や爪など、どこをとっても珍しがられて高値で売れる。
血や肉や骨……は、流石に息子の仲良しだから勘弁してやるとして、鱗くらいならイケるだろう。
実は無駄遣いし過ぎて老後の資金が不安だったので、ロザリーは心から安心した。
「それで、その子と一緒に住んでもいいかな?」
「うんうん、いいに決まってるじゃない。で、その人魚はどこにいるの? たまに鱗を貰えない金ぇ」
語尾が「金ぇ」になっていたが、言葉は目に見えないのでO.K.だ。
「あ、それがルゥルゥは……」
「ううん、いいのいいの、あんたからは頼みにくいよね。わたしから頼んでみるわ!!」
ロザリーはそう言うと、セルジュの返事を待たずに老婆らしからぬ俊足でルゥルゥの待つ部屋へと駆けていった。
「人魚ちゃーん♡」
ロザリーがルゥルゥの部屋へ辿り着いた時、ルゥルゥは長椅子に寝そべって眠っていた。
色々あったし、初めて陸で歩いて疲れてしまったのだろう。
すやすやとあどけない寝顔を見せているルゥルゥに、ロザリーはニッタリ笑った。
「いやん、なんてかわいいの……」
ソロソロとルゥルゥに近づく。
このまま眠っている間にコッソリ鱗を一枚、取ってしまおうという魂胆だ。
「ちょっとだけ痛いかもだけど……すぐだからね……」
ロザリーはほくそ笑む。
本当に私ってツイてる。
人生イージーモードで怖いくらい。
ロザリーは「ツイてる、ツイてる」と、心の中で繰り返しながら、そっとルゥルゥのドレスの裾をめくった。