激闘
ルゥルゥは今よりもっと小さな頃、客船から海に落ちたお人形を拾った事がある。
木製の人形で、愛らしいドレスを着せられ、帽子までかぶっていた。
ルゥルゥは、大切にされていたであろう迷子のお人形を可哀相に思い、自分が大切にしてあげようと決めた。
お人形には二本の脚が生えていて、これが人間かぁなんて思いながら可愛がった。
毎日話しかけたり、一緒に眠ったりして過ごしていたが、ある嵐の日、船がまるごと沈んで来た。
ルゥルゥが初めて牛を食べる事が出来た、例の船だ。
もちろん、船には人間も大勢乗っていた。
小舟で助かった人間もいたが、渦に巻き込まれて一瞬で遠くに流されてしまった人間や、嵐に揉まれた船内で怪我をして駄目になって沈んでいく人間もいた。
突然やってきた嵐の日はこういう事がしょっちゅうだったから、ルゥルゥ達は「あ、まただね」くらいの気持ちだったし、牛も食べれてラッキーという気持ちの方が強かった。
そうしてみんなで牛をうまうまと食べている時に、子供の死体が沈んで来た。
――――死んだらみんなこうなるのよ。可哀相に。この広い海を、たった一人で泡となるまで彷徨うのね。
姉さんの誰かがそう言って、子供の死体を尾ヒレでつつく。
ルゥルゥも、試しにつついてみた。柔らかな身体は、抵抗なく水中で突かれた方を向く。
その間にも、子供の死体は海中の水流に微かに流されていた。
――――一人なんてきっと寂しいわ。
ルゥルゥは、子供の死体の力がない両腕を真珠のブレスレットで括り、可愛がっていたお人形を抱かせてあげた。
これできっと少しは寂しくないだろう。
けれどその夜、ルゥルゥはお人形のいない寂しさで泣いた。
大切に可愛がっていたといっても、それはあくまで"お人形”として、と、思っていたのに、いつしか大事なお友達になっていた事に気づいたからだった。
*
「お人形って寂しさを慰めてくれるものよね。だからいくら造っても、いくら持っていてもその人の自由だと思うの。でも、大切にしてあげないのは許せない!!」
ルゥルゥはタートルネック仙人にそう言って怒った。
しかし彼女とは『ゆるふわ少女漫画』と『エログロ青年誌』ぐらいジャンルが違うタートルネック仙人の心には全く響かない。
「カーメカメカメ! なんだって所有者の自由カメ!!」
ブシャアッとルゥルゥ目がけて噴射される仙人水。
ルゥルゥは容易くその穢らわしい流水を、片腕でいなした。
「無駄ですよ! 水はわたしのお友達なんですから!」
「ぐぅ、グフフ……ならば、タートル仙人流拳法を喰らうカメ!」
拳法名を聞いて、魔女がハッと青ざめる。
「ハッ! 気をつけなさい! タートル仙人拳法は、ありとあらゆる痴漢行為の動きを元に仙人が編み出した危険な拳法よ!!」
「な、なんだって!? 駄目だよそんなの! ルゥルゥ、逃げて!!」
ルゥルゥが痴漢に遭うなんて、そんな事は許せない。セルジュは急いで魔剣ボーイスカウトを駆使しようとするのだが、如何せん地面がヌルヌルで立ち上がる事も出来ず歯を食いしばった。
「くっそー!! 逃げろ! 逃げるんだルゥルゥ!!」
セルジュの叫びも空しく、タートルネック仙人が両手を蠢かしながら飛び上がった。その大胆なフォームを見るに、痴漢どころの動きでは無かったが、ルゥルゥは動じなかった。
それどころか、ルゥルゥも宙へと飛び上がる。
そして、華麗な跳び蹴りをタートルネック仙人にぶち込んだ。
*
ルゥルゥのモノとなった女の子の下半身は、心底自分が幸運だと感じていた。
だって、本来ならあのタートルネック仙人の、しなしな下半身の妻となるところだったのだから。
しかし、突然伴侶が美少年のピチピチ下半身となった驚きと喜びは、たいそうなものだった。
神様仏様お前ら最高だぜウェーイってなもんである。
彼女からしたら、ルゥルゥは救済の女神様だ。
彼女は固い信念を抱いた。この人の為なら、私は強くなる。
さて、突然だがカポエイラという格闘技をご存じでしょうか。
横暴な支配者から身を守る為、奴隷達がダンスや音楽を演奏する振りをして習得・鍛錬し、いずれは独立を夢見て築き上げられたこの武術は、彼女の為にあるようなものだ。
さながら舞踊の様に繰り出されるハボジアハイア、マルテロといった華麗なるキックの数々に、タートルネック仙人は主に金的を狙われた。
※因みに、故意で無ければ金的オッケな格闘技もあり、最初はこっちを使わせようと思ったが、極端な弱点であり性器でもある所を痛めつける描写はコメディとして時代に合っていないのではないか、面白くないのでは無いかと思ったので金的禁止のカポイエラになりました。
※―――でもやっぱり、性犯罪を犯す者には金的攻撃が良いなと思い直しました。
金玉をガンガンにぶちのめされた仙人、はじめこそアクロバティックなカポイエラの動きに「パンツが丸見えじゃぞ~」と余裕を見せていたが、とうとう息が切れ始めてきた。
ルゥルゥも下半身も、その痛みが如何ほどのものか分からないが、相当痛いみたいだ。
でも痛さが分からないから加減なんか知るか。お前が痴漢される女の心の痛みを分からず犯行に及ぶのと違わないだろ? と、思ったか思わなかったか知らないが、ルゥルゥの下半身が渾身のエスドブラード(世界の格闘技で一番威力のあるカポイエラの蹴り技)をタートルネック仙人の股間へ蹴り込んだ。
「ヒュッ」
と、奇妙な音の息をしたのは、今まさに金的攻撃を受けている下半身の持ち主であるアーサーだ。
タートルネック仙人は息すら出来ず、ドゥウウ……ン……と、固い地面に倒れ込んだ。
「やった!?」
ほとんど服が溶けてしまってセクシーな感じの魔女が歓声を上げる。
セルジュはちょっと神妙な顔だ。敵に湧き上がってくる同情に心が乱されている。
クルン、と美しい弧を描いて、ルゥルゥが格闘の構えを解いた。
「こんな事、したくなかったケド……ごめんなさい。なんか脚が勝手に」
「グゥゥ……なんのこれしき……乙女にいたぶられるのもゴホッゴホホッ、ご褒美じゃあ~!!」
「な!? まだ立ち上がるの!? 不味いわ、真性の変態よ……!」
「る、ルゥルゥ、逃げて……!!」
ヨロヨロと立ち上がる仙人。
ルゥルゥは眉を寄せて、彼を止めた。
「もうやめましょう仙人さん」
「いいや、ちょっとウェディングドレスのパンチラに油断しただけカメ……! もう悪さ出来ないように、その脚を取り上げてやるカメ~!!」
仙人は無情にもそう言って、オンバサラウンヌンカンヌン言って呪文を唱え、ルゥルゥの脚を消してしまった。大健闘した下半身の断末魔が、ルゥルゥの耳だけに届いた。そして、ルゥルゥも同じ様に悲鳴を上げる。
「き、きゃあー!?」
「ああ、ルゥルゥ!!」
ルゥルゥは脚を無くし、上半身のみとなってしまい、地面に倒れ込んだ。
「え、え、ちょっとこれは可愛そう過ぎる……! 私の思ってるザマアと違う……!!」
「酷い! ルゥルゥをあんな姿にするなんて、許せない!!」
「知るカメー! ワシに逆らう者はこうなるカメ!! なぁに、じっくり反省させた後、また脚をやるから感謝するカメよ……ウィッウィッウィッ……!!」
「うう、そんな……やっと脚を手に入れたのに……セルジュのお嫁さんになれない……」
ルゥルゥが涙を零した、その時だった。
ピカッと空の一部がまばゆく光り、凄まじい雷が仙人に落ちた。
「ぎゃああああ!!」
雷の落ちた衝撃で、ルゥルゥもヌルヌルになった魔女やセルジュ、アーサーも一瞬地面から浮き上がり、驚いて悲鳴を上げた。
「な、なに!?」
「わー、なんか、大きな女の人が空から降りてくるわ!」
「おおー、めっちゃ美人じゃないか、俺、サイズ関係無いぞ!!」
「兄さんは一生黙っていてよ!!」
ルゥルゥの言うとおり、空から光輝く大きな女性が降りてくる。
その顔は怒っており、その怒りの表情はタートルネック仙人へと向けられていた。
光に目が慣れてくる頃、その大きな女性の傍に、もう一人普通サイズの女性が寄り添っている。
大きな女性が、しゃべった。
「わたくしは光の女神です。行方不明だった娘が仙術で魂を囚われて、ようやっと逃げて来たと聞きましたが、本当ですか」
どうやら、魂を抜かれた時に逃げ出して、お母さんにチクりに行った娘がいた様子だ。
「な、なんじゃと……どの娘か知らんが、女神の娘の魂だったのカメ……!?」
「テメェか、娘の魂を仙術で捕らえたのは!! 光の女神の娘に何て事をしてくれるんだコラ、寄りによって光の女神の娘に闇を抱かせるんじゃねぇぞクソが! 花の女神の息子と結婚が決まっていたのに、バレたら破談じゃねぇか、オォン!?」
光の女神はタートルネック仙人をつまみ上げ、めちゃくちゃ凄んでいる。
そのままデコピンの要領で金的攻撃をしたので、再度アーサーが腰をスンッと前屈みにさせた。感覚共有されていなくて本当に良かった。
「テメ~は神々の裁判にかけたいところだが、娘の黒歴史が神界隈に知られたら多分破滅だから一生我が神殿の地下牢にぶち込む事とする!」
光の女神はそう宣言して、タートルネック仙人を光の縄でキッツキツに縛り上げた。
それから、ルゥルゥ達の方を見て、頭を下げた。
「この度は娘を救っていただいて、ありがとうございました」
「すごーい! わたし、女神様に会うの初めて!!」
「ぼ、僕も……」
「俺、俺、子持ちも大歓迎です!!」
「あんたはマジで黙ってなさい」
賑やかな一向に、光の女神はフフッ、と慈愛に満ちた微笑を浮かべた。さっきの凄みなど、無かったかの様だ。
そして、温かな優しい声でこんな事を言った。
「本当にありがとう。お礼に、なにか望みがあったら仰ってください」
金的攻撃は急所攻撃という意味ですが、ルゥルゥの脚がやった金的攻撃は金玉への攻撃です。




