逆光と紳士とホタテ
三本脚のルゥルゥが待つ浜辺へ、セルジュがやって来た。
彼は、二枚のホタテの貝殻を大切に胸に抱いている。
ルゥルゥの丸裸の胸が青少年的に気になって仕方無かったから、胸当てとしてプレゼントしようと持ってきたのだ。
「普段髪に隠れているけど、たまにチラリズムして困るんだよね……ルゥルゥ、気に入ってくれるといいな」
そうしてウキウキと浜辺へやって来たセルジュは、赤ちゃんケンタウロスが浜辺を駆けている姿を見つけた。
『えー、ケンタウロスじゃん。しかも赤ちゃん!』などと思いながら、赤ちゃんケンタウロスの顔を見て、セルジュは眉を潜めた。
何故なら、赤ちゃんケンタウロスの顏の面影が、『俺は顔だけで生きていくぜ』と嘯いて家出した兄と激似だったからだ。
でも、そんなまさか。
目をしばたかせているセルジュの前で、赤ちゃんケンタウロスは浜辺にたまたま落ちていたアワビを拾って「ウオオ!?」と、興奮している。
『オ……オン……オン……ナ……オンナ……?』
「ああ! 兄さんも昔アワビばかり眺めてた!! あのケンタウロスは、きっと兄さん繋がりだ!!」
セルジュは確信して、赤ちゃんケンタウロスに駆け寄った。
赤ちゃんケンタウロスは、駆け寄ってくる少年に迷惑そうな顔をした。
男に用は無いし、せっかく見つけた、なんかよくわからんが雄イマジネーションを刺激してくる宝物を横取りされては敵わぬ。俺はこのイマジネーションの本質をなんとかして掴み、自分のものにせねばならぬのだ。
だから、赤ちゃんケンタウロスはセルジュからダッと逃げ出した。
赤ちゃんといえども、馬の四肢は流石に早い。
「ああ、待って!」
セルジュが赤ちゃんケンタウロスを追ったその先には、満面の笑顔をしたルゥルゥが仁王立ちしていた。
「セールジュ! 見て見て!!」
ちょうどセルジュからは逆光で、上手い具合に彼女に接続された兄のご本尊が見えない。しかし、陸で立っているルゥルゥに、セルジュはビックリした。
「ええ、ル、ルゥルゥ、足どうしたの!?」
「えへへ、魔女にもらったの! どうかな?」
ルゥルゥは得意気にクルンと回って見せた。
ぶるん、と一番短い立派な脚が遠心力によって無邪気に揺れていたが、紳士なセルジュはルゥルゥへ背を向け、手で顔を覆って何も見なかった。
「わわ、だ、駄目だよルゥルゥ。下半身は隠さなきゃ!」
「そうなの? 立派な脚をもらったのに……」
「ダメダメ。ほら、ホタテ貝」
セルジュは胸当てに用意してきたホタテ貝を、後ろ手に差し出した。
ホタテに心が無くて良かった。
「わぁ、ありがとうセルジュ。これでセルジュと一緒に町で暮らせるかしら?」
セルジュはキュンとした。
「もしかして、僕と暮らすために脚を……?」
ルゥルゥはポッと頬を染めて、もじもじする。
「……うん……」
「ルゥルゥ……そんな無茶をして……一体、魔女へ何を差し出してしまったの?」
魔女は魔法の代わりに、何か代償を望むというのがセオリーだ。
自分との暮らしの為に、ルゥルゥが何か大切な物を差し出してしまったのかと思うと、セルジュの胸は痛んだ。
しかし、ルゥルゥはキョトンとして答えた。
「なにも差し出していないわよ。とっても善い魔女さんだったの!」
「そうなの?」
実際はとんでもないものを差し出してしまったルゥルゥだったが、彼女は宝くじに当たった人くらい「ラッキー☆」という顔をしていた。
「それなら、良かった」
セルジュはそれで安心して、ルゥルゥを見上げた。
「背を高くしてもらったんだねぇ」
「あら、そうね。……やだわ、セルジュより大きいなんて……」
「大丈夫だよ、ルゥルゥ。身長なんてその内、僕が追い越してやる!」
セルジュは胸を張って宣言し、ルゥルゥへ手を差し伸べた。
「さっそく、僕の家へおいでよ!」
ルゥルゥは、ずっとずっとセルジュからこの言葉を聞きたかった。
だからちょっとだけ涙ぐんで、答えた。
「……うん!」
うまく隠していきたい……