燃えろ!ヴァージンロード
ルゥルゥは、真っ赤なヴァージンロードの上にいた。
頭にかぶせられたヴェール越しから見るヴァージンロードの先には、セルジュが優しく微笑んでいる。ルゥルゥの背後から射す日の光のせいだろうか、少しだけ眩しそうに、目を細めて。
ルゥルゥはピョンピョン跳ねてセルジュの方へ行きたかったけれど、ドレスの裾を踏んでしまわないように、ゆっくりと慎重に進んだ。
こうしてセルジュへ向かって歩く事は、海の中では出来なかった事だ。今もし魚の脚だったら、彼の元へ行けなかった。
だからルゥルゥは「良かったなぁ」と思っていた。
これから、この仙人にもらった女の子の脚で、ずっとセルジュの傍にいたい。
きっと楽しい。
なんか仙人が条件を出していたような気がするけれど、今はセルジュの元へ行く事だけ考えよう。
ニコニコでセルジュの元へ辿り着いたルゥルゥは、彼の横に並んだ。
希望に満ちあふれた表情の彼らの前には、神父に扮したタートルネック仙人が官能小説本を片手に立っていた。彼にとって官能小説こそが聖書である。
仙人は彼の聖書でお気に入りの一節とエピソードを興奮気味に解説・朗読した後、適当に言った。
「ほんじゃ、ま、結婚を誓うカメ」
「はい。誓います」
「誓います! わーい!」
「うむ、よしよし。ほんじゃ、次は披露宴かめ。披露宴はご馳走がいっぱい出て楽しいカメよ~」
「わーい! 仙人さん、ありがとう!!」
セオリー通りなら、次は誓いの口づけであるのに仙人はそのイベントをスルーした。
ルゥルゥのヴェールが上げられないまま、挙式が終わろうとしている。
仙人は一刻も早く控え室に行きたかった。
いっぺんこういうシュチュエーションでしてみたかったから、すごく楽しみだ。
そして、お色直しが終わった後、めくるめく辱めを受けたルゥルゥがどんな顔でセルジュと高砂に座るのかも楽しみだった。
妄想だけで最高だから、現実だったらかなり良いところまで飛べるかも知れん。
仙人がニヨニヨしていると、バアンッと式場のドアが開いた。
「ちょっと待ちなさいよ!!」
そう叫んで乱入して来たのは、セルジュの魔剣を鞘付きで構えた魔女だ。
「魔女さん!」
ルゥルゥもセルジュも、魔女の事を良い人だと思っているので、彼女の登場を喜んだ。
「魔女さん、僕たちのお祝いに来てくれたんですね!?」
「ありがとう魔女さん! 貰った脚を替えてしまったけれど、こうして結婚出来たのは魔女さんのお陰です! おまけに祝福しに来てくれるなんて……!」
「な、ち、違……」
ピュアパワーとセルジュの白タキシード姿に目を潰されそうになりながら、魔女は歯を食いしばった。
「わ、私は、ちょっと待ったって言ってんの!!」
魔女はそう言ってヴァージンロードに踏み込む。
するとどうだろう、ヴァージンロードに踏み込んだ脚に、激しい炎が立ち上った。
「熱っ! な、なに!?」
「カーメカメカメカメ! それはヴァージンロードかめ! ヴァージンじゃない女が歩くと燃え上がるのだかめ!!」
「な……!?」
魔女は燃え上がる絨毯の前で、あまりのくだらない発想に呆然となった後、心から舌打ちしてヴァージンロードへ踏み出した。
彼女の足下で勢いよく燃え上がるヴァージンロード。ヴァージン以外は灰になれとでも言うような勢いだ。
しかし、魔女は臆さず燃えさかるヴァージンロードを踏みしめる。
美しい銀色の髪を炎の熱気で舞い上げ、瞳を炎よりも強く輝かせ、魔女は炎の中を前進した。
別に絨毯を踏まずにルゥルゥ達の傍へ行けるのだけれど、魔女は敢えてそうした。
こんなくだらない物はこの世から消さなければいけない。
非ヴァージンVS男のロマンが始まった。
「ま、魔女さん!? 一体どうしたの……?」
「きっと余興だよ。結婚式って、招待客がお祝いで歌ったり踊ったり、芸をしてくれるんだよ」
「へぇ! さすが魔女さんね。凄く凄い芸だわ!」
「うん、こんな出し物なかなか見られないよね……僕たちの為に……魔女さんありがとう、がんばれー!」
「がんばれ魔女さんー!」
二人の吞気な声援は、魔女に聞こえていなかった。
「うおおおおおお!」
激しい炎に包まれ、雄叫びを上げながら、非ヴァージン代表として、どちらが燃えカスになるか真剣勝負を挑む魔女。その姿を見て、タートルネック仙人は戦慄した。
「ヒ、ヴァージンロードが……! やめろカメ! ヴァージンじゃない奴は引っ込むカメ!!」
「うるせええええええ!! 何がヴァージンロードだ!! 参列者の皆様全員、花嫁がヴァージンじゃないって分かってんだよぉ!! ヴァージンを捧げた相手が、新郎じゃない事もなぁ!!」
魔女の言うとおりである。
「今! 花嫁がヴァージンロードを云々」と聞く度に「何がヴァージンだよこっちは花嫁の元彼、元々彼の話まで事細かに聞き及んでいるんだよ」と中指立てて全部暴露したくなるし、もし自分の番が回ってきたらどんな顔をして歩けばいいのか分からない。だから花嫁はヴェールを被って伏し目がちなのか?
そんなのは嫌だ。
ヴァージンじゃ無くたって、あの絨毯の上を堂々と歩きたい。
例え、その後の旦那の駄目さや義家族との付き合いや子育てに煮え湯を呑まされ「こんなハズじゃなかった」とリングに沈もうとも、だ!
「私もいつか……絶対にこの絨毯の上を歩くのよおおおおお!!!」
なんかただ単にバージンロードを歩けなかったから怒っている感じにも見えてきたが、ともかく、『ヴァージン』からそういうの想像してこういうアホな絨毯を作っちゃう仙人がいるから、概念の洗浄改革が必要である。
新しい人生と処女を絡めたダジャレなのかよく分からんが、名付けた奴はネーミングセンスのキショさに絶望して二度と何かに名前を付けないで欲しい、とりあえず目の前のこのクソ絨毯は燃えてしまえ、と、魔女は思っている。
思考の気色悪さに自覚がないタートルネック仙人は、自分のナイスアイディアを批判されてムキになって言い返した。
「なにを言うカメ、そんならこの二人を見るがいいカメよ、ヴァージンとチェリーじゃろがい!」
「あ?」と、魔女は燃えさかる炎の中、仙人へ小首を傾げ、すくい上げる様に睨みつけた。
「だったら、進行としては新郎が先に絨毯を踏むんだし、『チェリーロード』でもいいだろが。非チェリーも炎上しろよ」
『そうよそうよ! 非チェリーに対して炎上する絨毯なら、ショタ好きとしては興味あるわ!』
魔剣ボーイスカウトの言葉に、魔女はウンウンと頷きそうになって慌てて首を振る。
これに頷いてしまったら、タートルネック仙人と同じ思考回路ではないか。
「ちょっと黙っててよ」
『なんでよぉ! ハニーはセルジュきゅんがチェリーかどうか気にならないの?』
「バッカ、そういうのは信じる心が大事でしょ。ショタを疑うなんてアンタどうかしてるわ」
『ううん……それもそうね、わたしが悪かったわ……。それに、チェリーじゃなくてもそれはそれでオイシイかも』
じゅるり、と舌なめずりの音がするのを聞きながら、魔女は前進する。彼女の後には、燃えて灰になった絨毯がサラサラと風に流されていた。
「あああああ、ワシの傑作がぁ……!」
「発想がキモい」
最後の端まで行き着き、ふざけた絨毯を全て燃やし尽くすと、魔女はルゥルゥ達の前でガクッと膝をついた。
「魔女さん!」
「凄い凄かったわ! 凄いわ魔女さん!」
「フ、フフ……チョロいもんよ……」
魔女はそう言ってヨボヨボと立ち上がり、宣言した。
「私はこの結婚、反対よ」
ルゥルゥとセルジュは、キョトンとして魔女を見た。
「え?」
「なんでですか?」
「なんでって……」
――――セルジュ君が結婚してしまうなんて嫌……じゃなくて、そうだけど、そうなんだけど、それ以上に、アホ人魚がホワホワ幸せそうなのが、どうっしても気にいらないのよおおおおお!!
魔女は心の中で叫んだ。声に出す事は、プライドが邪魔して出来なかった。賢明である。
「……だって、ホラ、む、無理矢理結婚させられそうになっているのが分からないワケ?」
なんで反対なんだろう? っていう顔をしていたルゥルゥとセルジュは、魔女の言葉にハッとした。
「そ、そう言えば、僕たちはタートルネック仙人に捕らえられたんだっけ……」
「あ、そうだったわね。ここにずっと住まないと駄目って言っていたような気がするわ」
「僕としてはその……別にさっきの誓いを無かった事にしなくてもいいんだけど……」
「セルジュ……うふっ、わたしも……♡」
「うぐぅ、やめなさい、私が登場した意味が色んな角度から無くなる……」
「魔女め、いつまで式の邪魔をするカメ。いい加減退場するのじゃ!」
タートルネック仙人はよっぽどヴァージンロードを気に入っていた様子で、魔女へ向かって激昂した。
「フン、こんなまやかしの式なんか、ぶち壊してあげるわ!」
魔女が手を振り上げると、先ほどまで式場だった場所がただの岩場と化した。どうやら、仙術でそれっぽいまやかしの場所をルゥルゥ達に見せていただけの様だ。
「このぉ……めちゃくちゃにしよって! お前みたいなツンツン魔女には、調教が必要だカメ……」
仙人はそう言うと、魔女に向かって仙術を放った。
「裸ッ着ー素怪辺!!」
恐ろしい炎にも焼かれなかった魔女のスカートが、強風によってめくれ上がる。一体何がしたいのか。ただ魔女のパンツが見えそうになるだけだったが、仙人は勝ち誇った笑みを浮かべている。
「この変態め……」
魔女は瞳に軽蔑の光を宿して魔術で対抗した。
「出禁になーれ!!」
「うがああああ!?」
出禁判定が高ければ高いほど効く魔法に、仙人が苦しげな呻き声を上げた。
「ぎゃあああ、出禁、出禁はイヤカメー!!」
出禁にされたらお気に入りの場所で色々な嫌がらせが出来なくなる。そして、孤立を免れない言動をする割に孤独が苦手な奴にとって、かなりのダメージだ。
魔女はニヤリと笑う。
「ククク、仙人も大した事ないわね」
「なんの……これしき……カメェ……!」
仙人はよろめきながらも、魔女の出禁魔法を跳ね返し、なんかブツブツ言い始めた。
「……よくも……出禁とか一番心にくるやつカメぞ……許さんカメ……ワシの真の力を見せてやるカメ……!!」
「ハン、真の力ですって?」
鼻で笑う魔女の前で、仙人が息も絶え絶えになりつつも笑う。
魔女は何故かゾッとして、仙人から素早く後退り距離を取った。
「カメカメカメ……何故ワシがタートルネック仙人と呼ばれているか、とくと見るが良いカメ!! 見よ、我が真の姿を……最終変態!!」
仙人がそう叫ぶと、彼の周りにボワワンと緑色の煙が立ち上がった。
「うわ、くさ……!」
「んー、お爺さんの匂いがする!」
近くにいて煙を吸ってしまったルゥルゥとセルジュは、鼻を摘まんだ。
お爺さんの匂いと言うルゥルゥに、セルジュは首を傾げる。
「イヤ、違う……お爺さんと言うより……メンマ、メンマの匂いだ!!」
「何それ、不味そう!」
「好きな人は好きなんだけど、僕は苦手だな」
「ちょちょ、いいから煙から離れなさい!!」
魔女は吞気な二人に注意して、緑色のメンマ臭のする煙を睨んだ。
煙の中に、奇妙なシルエットが見える。
それは、もやしみたいで、腹と思われる部分だけがポッコリと盛り上がっている……イヤ、シルエット何も変わってないではないか、イヤイヤ、煙が晴れれば何か違うかもしれない、と、三人は煙が晴れるのを待った。
しかし、相変わらず緑色のもやしみたいな爺が立っているだけだった。
「な、なんなの……?」
「あ、わたし、わかります! さっきとの違いは……甲羅!」
「おー、ホントだ。凄いねルゥルゥ!!!」
「あとねー、頭になにか……お皿! お皿が乗っているわ……プ、何あれ、おもしろーい!」
せっかくの真の姿を、「おもしろーい」と小娘に言われてしまったタートルネック仙人、小娘の戯言など威に介さない様子で顔を上げた。
その顔には、くちばしがあった。
「ええ……なにあれ?」
「人間じゃなかったのね」
未知の生物UMAの登場に、ルゥルゥもセルジュもワクワクだ。
魔女だけが気色悪さに、顔を青ざめさせていた。
「あ、あ、あれは……伝説のUMA……カッパ……!!」
「カメカメカメ……カッパを知っているとは、恐れ入ったカメ……そう、ワシはカッパ、しかも許容範囲を超えたエロを望むあまりに闇墜ちしたエロガッパじゃ!!」
タートルネック仙人はそう言うと、水かきのある両手をワキワキと蠢かし始めた。
あの絨毯は海外ではアイルロードとかウェディングロードと言うそうです。
気持ち悪さを強調するために、本編ではあえて「ヴァ」と表現させていただきました。




