ブレまくる矜持
ルゥルゥは、タートルネック仙人の後について、ピンクと紫のインテリアでまとめられた如何にもいかがわしそうな部屋へとやって来た。
可愛い色が大好きなルゥルゥは、大はしゃぎだ。
「わあ、なんて可愛い部屋なんでしょう!」
「むひひ、気に入ったかめ? ワシの寝室だかめ」
「素敵な趣味ですね。わたしもこういうお部屋に住みたいわ」
「カメカメカメ……好きなだけいてもいいかめよ」
部屋の中でベッドの次に濃いピンク色のふかふかソファへルゥルゥを座らせて、タートルネック仙人が如何にも親切そうに尋ねた。尋ねながら、ズイズイとルゥルゥの傍に接近するのも忘れない。
「して、お前さんの願いとは?」
ルゥルゥの肩を抱いて、彼女の顔のめちゃくちゃ近くでタートルネック仙人が尋ねた。
ルゥルゥは、彼が老人だから耳が遠いのだと思い、彼の耳に唇を寄せた。
「それはですね……」
「お、おう……」
魂を入れた無抵抗の人形にしか相手にしてもらえない仙人は、自ら身を寄せて来る娘にちょっとドキっとしてしまう。
「仙人さんはもう分かっていらっしゃるご様子ですが、わたしの脚は、男性の脚なのです」
「ふむ。ギンギンそうな良い脚ではないか」
「はい。わたしも立派な脚だぁ~って喜んでいたのですが、人間は女性と男性の二種類の脚があると知りました。わたしはセルジュと結婚したいのですが、その為には、女の子の脚じゃないといけないと、セルジュのお母様が言うのです」
「カメカメカメ……義母に結婚を反対されたのじゃな」
「ん~、まぁ近いです。仙人さんは、お人形に魂を入れる事が出来ると聞きました。門でわたし達を迎えてくれた女の人達は、きっとそうして生まれたのですよね? それなら、下半身だけという事も出来ないでしょうか? 魂は必要ありませんし……」
タートルネック仙人は、「ん?」と思った。
彼は濃い眉を寄せて、獅子鼻の穴を膨らませる。
ルゥルゥのギンギンそうな下半身を奪い、ちゃんとした女の子に改造したい自分と、下半身を女の子のモノに換えたいルゥルゥは目的と利害が一致している。
タートルネック仙人はこのままだと、下半身がギンギンなただの善い仙人だ。
そんなのはいやだ。
善い仙人になんかなりたくない。ギブアンドテイクではなく、テイクアンドテイクがいいのだ。そこだけはわかって欲しい。
彼はそう思いながらルゥルゥへ答えた。
「できん事はないかめな」
彼はそう言って、ルゥルゥの手を握った。
ルゥルゥはその手を両手で握り返す。
「本当ですか!? お願い出来ませんか!?」
きゅうう、と、手を握り返されて、仙人はまたもやドキっとした。
この世界のどこに、緑色のもやしみたいなスケベ爺の手を無償で握り返す女の子がいるだろうか。
嬉しいけど、なんか違う。仙人はそう思った。彼にとって、嫌がられるのもスケベの内なのだ。
「う、うむ。その代わり、交換条件があるかめ」
握られた手をスリスリとねちっこくさすってみながら、仙人が言うと、
「まぁ、なんでしょう?」
ルゥルゥはあどけない瞳をまばたきさせて、彼の手をさすり返すではないか。
そのあどけない瞳の中には、嫌悪の感情など欠片も見えない。
こんなに「ウフフ」って受け入れられたら、なんか悪い事しているみたいじゃないか。
なんとか嫌がられたい。キャラ的にも、嫌がられなければ駄目だ。これでは優しくされるだけの、ただの緑色のもやしみたいな爺だ。中途半端過ぎる。存在意義がなくなってしまう。
どうもこの娘とは相性が悪い。ジャンケンで言ったらパーとパーでウッカリ握手である。
邪悪が純真に戸惑う中、タートルネック仙人は自分を鼓舞し、抜け歯だらけの口をニチャアと笑わせネチャネチャした声で言った。
「ここにずっと住む事が条件じゃかめ」
「ここにですか?」
ルゥルゥは「ここにかぁ」と、部屋の窓から見える広大な庭の景色を見た。
庭は、針の様な葉の見慣れない木がバランスよく植えられ、美しい景色を造っている。
その変わった木が、斜めに歪んで延びている幹を池の上に乗り出させている様子は、鏡を覗き込んでいるみたいで素敵だ。
白い砂利が波の模様を描いている広場も気に入った。飛び込んで泳ぐ真似をしたり、石積みをしたりしたらきっと楽しいに違いない。
それから、美しい模様の翼を震わせてノシノシ歩く鳥もいる。あれはおそらくかなり美味しい。
さっきご馳走になった牛肉も美味しかった。
牛肉は美味しい。とても美味しい。煮ても焼いても生でも美味しい。
食べたい。毎日食べたい。牛肉食べたい。
「セルジュも一緒に住めますか?」
「もちろんじゃかめ。衣食住を保証するかめ。小僧と結婚して、ずっとここにいればいいかめ。カメカメカメ……」
「まぁ、夢みたいな話ですね」
タートルネック仙人はニチャリと笑った。
コイツが狙っているのはNTRだ。
自分の幼妻にするよりも、幼妻NTRの方が美味しいと5分前に思いついたのだった。
ルゥルゥは、「夢みたいな話には落とし穴があるよ、私があてがわれているモノを見て!」と、股間でホタテが叫んでいるのに、さっそくここでの新婚生活を思い浮かべてはにかんだ。
―――なんて親切な仙人さんなのかしら。ここでの暮らしはきっと楽しいに違いないわ。セルジュと牛肉、セルジュと牛肉、セルジュと牛肉……。素敵!!
「でも、セルジュがここに住みたいか聞いてみないといけないわ」
「お前と一緒にいられるなら、異存なかろうて?」
「駄目よ、夫婦はちゃんと話し合わなきゃ」
ルゥルゥはそう言って、首を縦に振らない。
「ほんでもじゃ、小僧が嫌じゃと言ったらどうるすかめ? 脚を諦めるかめ?」
「うぅ~ん……そしたら、仙人さんともう一度お話がしたいです。ここに住む以外に何かわたしに出来る事はありませんか?」
「無いカメ!」と容赦なく断られる事など、想像もしておりませんという瞳を向けられて、タートルネック仙人は口をすぼめる。
もしもセルジュがここで暮らすのを嫌がり、第二の交渉『もう一度お話』を断ったら、ルゥルゥは「じゃあいいです」と言いそうだ。なんかそういうアホな潔さを感じる。
タートルネック仙人は、内心「うむむ」となった。
しかし、すぐに自分は仙術を使える仙人じゃないかと思い直す。
――――うまいこと行かなかったら、仙術で拘束してやればいい。
仙人は、魂入り人形を作る時、死んでしまった女性の魂を捕まえて入れている。
魂を捕まえられるのだから、少年少女を捕まえるくらいわけがない。
そうなったら、めちゃくちゃ嫌がられるだろう。なら、むしろセルジュがこの話を断った方が美味しいかもしれない。そうなったらギンギンの下半身で、めくるめくNTR監禁生活の始まりだ。きっとこの上なく楽しい。そうだ、それでいこう。
タートルネック仙人はごちゃごちゃとそういう逡巡をしてから、ムフフとほくそ笑んだ。
そんな逡巡をしなくてもどうせそうなるのに、だ!
それから、無防備なルゥルゥのおっぱいをちょっと肘で突こうと思ったけど、ルゥルゥは仙人の腕よりも早く立ち上がってしまった。彼女は行動力の塊なのだ。
「じゃ、セルジュにお話してきます!」
彼女はそう言って、タートルネック仙人のギトギトしたピンク色の部屋から出て行った。
「おーにくおにくー、ぎゅうにくをまいにちたべたらーふんふん」という歌声が、タートルネック仙人から遠ざかって行った。
*
で、結局、タートルネック仙人の仙術に、ルゥルゥとセルジュは掴まってしまった。
だってそうなるに決まっているのだった。
縄でなんか恥ずかしい縛り方をされたルゥルゥは、仙人に「どうしてこんな事するんですか!?」と心からビックリしている。
同じくなんか恥ずかしい縛り方をされたセルジュは、剣を取り上げられて悔しそうに歯を食いしばっていた。
「なんでこんな事するんですか? ……カメカメカメ!!」
タートルネック仙人は、全然似ていないルゥルゥの声真似をして、笑った。
「それはじゃな、ワシがお前達を逃がす気がないからカメ。お前達は今から結婚して、それからワシにそれぞれ寝取られるカメ!!」
「ネトラレル……?」
「ネトラレルってなんですか? 牛……?」
聞いた事のない言葉に、ルゥルゥもセルジュもキョトンとした。
随分遣り甲斐のある獲物ではあるが、ここで顔を歪めてくれないのは、ちょっとつまんない仙人だ。
「なんか、いちいち望んだ反応が来なくて調子が狂うカメ……カメカメ……いいかめ、後でじっくり教えてやるかめ!!」
タートルネック仙人はそう言うと、パンパンと手を叩いて人形妻達を呼んだ。
静々と現れる人形妻達。しかし、やっぱり彼女達に表情はない。
タートルネック仙人は、彼女達へ命じた。
「ちゃんとしっかり結婚式をするカメ。その方が寝取り甲斐があるからのぅ!」
タートルネック仙人はそう言ってから、
「おう、忘れておったカメ。ほぅれ、お前におんにゃのこの下半身をぷれぜんとじゃカメ!」
縛られたルゥルゥとセルジュの前に、可愛らしいパンツを穿いた女の子の下半身が現れた。
ツルツルでムニムニでプルプルだ。
今ルゥルゥについている下半身はモジャモジャでゴツゴツでムキムキだから、正反対だった。
顔を赤くして顔を背けるセルジュの横で、ルゥルゥはパアッと目を輝かせた。
「わあああ! 女の子の脚ってかわいい! 仙人さんありがとう!!」
「うむうむ。じゃ、その男の脚は不要じゃな。ワシが貰うカメ」
仙人はそういうと、たちまちルゥルゥの脚を女の子の脚に変化させ、自分の下半身にアーサーの下半身をくっつけた。彼の肌は緑色だから、ちょっと上と下で色合いが奇妙な事になったが、どうせ元々奇妙だからドントウォーリーだ。
「さあ結婚式かめ、サクサク行くかめよ!」
タートルネック仙人がそう言うと、人形妻達がルゥルゥにはウエディングドレスを、セルジュには白いタキシードをサクサクと着せ始める。ルゥルゥはともかく、セルジュは抵抗を試みたが、仙術で身体が動かない。一体何故、さっきまで縄で縛られていたのか。
「うむうむ。じゃ、式場で待ってるカメよ」
着替える二人を尻目に、タートルネック仙人は部屋を出て行った。
お楽しみはすぐそこだ。
式前の控え室で寝取るのも一興だが、『結婚してから』の方がずっとタブー感が強い気がする。
だから、誓いの言葉の後、お色直しをさせるのだ。そして、その控え室でこの新品のバズーカの性能を試させて貰うぜ。と、タートルネック仙人はウッキウキだった。
「わあああ、ありがとうございます。脚を女の子にしてくれて、結婚式まであげてくれるなんて、なんて善い仙人さんなんでしょう」
確かにそうだがそうじゃない解釈をして、ルゥルゥは感激している。
セルジュはというと、何が何だか分からない表情だ。
結婚を誓い合わせた直後に控え室で寝取りたいなんてゲスの極みタートルな発想は、彼の生涯で起きることの無いものだから仕方が無い。
「……一体何がしたいんだろう? それにしても、ルゥルゥ……」
セルジュは、ドレスの裾を捲って新しい女の子の脚を嬉しそうに見ているルゥルゥに、微妙な笑顔を向ける。
「仙人に頼みたかったのって、新しい脚だったの?」
「うふふ、そうなの! 見て見てセルジュ!! 可愛いでしょ?」
もう男の下半身だとバレて、嫌われちゃうかもしれない心配がなくなったルゥルゥは、上機嫌でドレスを捲り、新しい脚をセルジュに見せる。
「わ、そんな風に見せちゃ駄目だよ! 前にも言ったでしょ、ほらドレスで隠してね。……僕、なんか勘違いしていたみたいだ」
「なにが?」
「……もっと別の願いがあるのかと……」
セルジュはそう言いながら、自分の未熟な部分を見られていなかったのだと分かり、心底ホッとした。
そんなセルジュに、ルゥルゥが眩しく微笑む。
「わたしの願いはね、セルジュとずっと一緒にいることよ」
「ルゥルゥ……結婚しよ」
「うん! しようしよう! いえーい!!」
なんか何が何だか分からない状況の中、二人は結婚式に主演出場する覚悟を決めた。
結婚は勢いが大事なのだ。
これから恐ろしい企みが待っている事にちっとも気づかず、ルゥルゥとセルジュは微笑み合った。
ルゥルゥと仙人の相性が悪すぎて苦労しました。




