結婚式は準備までが大変
ルゥルゥが王子様のプロポーズに「YES」と言ってしまってから、セルジュはショックのあまり儚く寝込んでしまっていた。
魔女は城下町の喧噪から少し離れた場所に、魔法でホッコリ癒やし系の小屋を建てると、ショタの看病を楽しんだ。
「べ、別にウキウキなんてしてないんだから。仕方なくよ、仕方なく……」
看病食の本を片手に、魔女は鍋の中のスープをかき混ぜる。
セルジュはあれからというもの、ほとんどご飯を食べずにベッドで横たわっている。
横たわってはいるが、よく眠れてはいない様子で、それがまた『病んだ美ショタ最高』と、オバサンを喜ばせるのだった。
「ホラホラ、ボウヤ。おねえさんが元気の出るスープを作ったわよ。ありがたくいただきなさいよ」
「僕……星のついたシェフの作ったものしか食べた事ないんです……」
「……困ったわね。そんな事じゃ、痩せ細ってアンタがスープの出汁になっちゃうわよ」
「もうなにもかもどうでもいい」
闇落ちしかけている、と、魔女は察知し眉を潜めた。
『闇落ちしたショタほど美味しい出汁はないけれど、わたしは美ショタの闇落ちより癒やし系の平凡ショタの闇落ちの方が、なんか可哀想で酒が進む。もちろんこれは個人の好みだけど……美ショタの闇落ちって美しいけど、見飽きているっていうか当たり前っていうか……空気みたいな存在なのよね。無いと死んでしまうのは確かなのだけど……酒は進まないワケよ。これはオバサン個人の見解です』
「やかましいわ」
魔女はイヤそうにするセルジュを無理矢理起こし、手にした椀からスープを匙ですくうと、彼の口元へ差し出した。
「ほら、アーンして」
「……」
セルジュは渋々そうに、口を開く。
魔女はそっと彼の唇の間にスープを流し込んだ。
ゴクリ……と、オバサンの喉が鳴る。
「どう?」
「……美味しい……です」
凄い不味かったが、セルジュは良い子なので嘘を言った。
「そ、そう? ホホホ、ホラ私、鍋ばっかり掻き回してるから~。まだオカワリいっぱいあるから、たんとおあがりなさいっ!!」
魔女は袖で涎をさりげなく拭って、匙で椀の中を掻き回す。高速過ぎてクリーム状になってきた。すぐにツンと角が立ちそうだ。
「あの娘は残念だったわね。王子の結婚式は三日後みたいよ。ちょっぱやよね~ビビビってやつ?」
「……」
「諦めて家に帰る事ね。……そ、それか私の弟子にしてあげても、い、いいわよ!?」
『魔女と美ショタの師弟関係最高。その内身長やパワーバランスが逆転してさ!』
「ウンウン……寿命が違うやつも大好き……じゃなくて、ボウヤはこの国を離れるべきよ。結婚するオンナの事なんて、いつまでも引きずるモンじゃないわ。……ね?」
セルジュは何も答えなかった。そのまま、パタンとベッドに横になる。
「ほらほら、いつまでも不貞ってたって、仕方が無いわよ……あら?」
魔女がセルジュの顔を覗き込んで見ると、どうやらセルジュは気絶している様子だった。
「なんで?」
魔女のスープがヤバすぎたのだ。セルジュは、スープの中で何らかの化学反応が起って出来た劇物のせいで、意識を失ってしまっていた。
「しまった……魔女スキルがこんな所で出てしまったわ」
『でもこれはオイシイ。このまま監禁とかもイイ』
「そういう犯罪者になるのは、まだ心の準備がちょっと……じゃなくて、仕方が無い。もう少し休ませとこう。私もアーサーにやらかされた時はこんな感じだったしね」
魔女はそう言って、セルジュのサラサラした金髪をそっと撫でた。
*
一方その頃、ルゥルゥはフリフリの下着を身につけて、身体の寸法を測られていた。
彼女の周りを、針や糸を持った娘達が囲い、せっせとサイズを測ったり、真っ白で艶々した布を巻き付けてみたりしている。
「ルゥルゥ様は、上半身は華奢で、お足にボリュームがございますので、ドレスはやはりAラインがよろしいかと思います」
「ええ、スカート部分にそれはもう、タップリと布を使い、フリルやお花もドッカドカにつけましょう!!」
「裾は床を3メートルは引きずりましょうね! キラキラ光るビーズを付けて……」
仕立て屋の娘達が、熱心にAラインドレスを勧めている。
最近まで人魚だったのに、マーメイドラインのドレスを勧められないのもどうかと思うけれど、まぁ仕方が無い。
それとは別の感情で、ルゥルゥは仕立て屋の娘達の良心を拒んだ。
「そんなドレス困ります。せめて膝小僧が見えるくらいの短さになりませんか?」
――――じゃないと、山を登れないわ。
何故ルゥルゥがこの後に及んでそんな事を思っているかというと、結婚の概念はあるものの、ウェディングドレスという存在を知らないのだった。
だから、『結婚は山の門を開けてもらったら断ろうっと☆ それにしても、なんか服を作ってくれているけれど、真っ白な布ばっかで汚れそうだし変なの!』と不思議に感じていた。
「ひ、膝丈でございますか……!?」
娘達が顔を見合わせる。全員「おかしいんじゃないのこの娘」と、いう顏をしていた。
「で、でも……その……お脚が見えてしまいますよ?」
「別に良いです。わたし……この脚が好きです」
ルゥルゥはそう言って、可愛いカボチャ型のフリフリパンツからムッキリ生える脚を上げて見せた。
――――この脚は、男性の脚だったから、困ったなって思ってる。だけど、この脚があるから、わたしはセルジュと陸で過ごせた。人間のお家に入ったり、牛を食べたり、馬車に乗ったり、赤ちゃんが生まれるところを見たり、お隣の国まで行ったり、植物園でお花を摘んだり……とってもとっても楽しかった……。全部、この脚のお陰だわ。
そう思って、ルゥルゥはニッコリ笑う。
「とっても良い脚よ」
仕立て屋の娘達は、一瞬ポカンとした後、雷が落ちた様な衝撃を受けた。
「ルゥルゥ様……わたくし共が間違っていました」
「え? どうしたの?」
「わたくし共はファッションに関わる者として、大切な事を忘れていました。『自分そのままを愛し、美しく見せる』これこそがファッション!! そして、ファッションとは己と自由の表現でもある!!」
リーダー格の娘が手を組んで、そう言ったあと、針を摘まんだ手を宙に掲げた。
「ルゥルゥ様の『脚を魅力的に見せたい』というご希望、我々が叶えて見せます――――!」
他の娘も、一斉にスックと立ち上がる。中にはファッション魂が高じて嗚咽し泣いている者もいた。
「え、え、どうしたの皆さん」
ルゥルゥはちょっとビックリして、彼女たちをオロオロと見た。
仕立て娘達は頬を高揚させ、メジャーやハサミや針といった各々の裁縫用具を構える。
戸惑うルゥルゥの腰に、ドレスのスカート用に裁断した長い布が巻かれた。その美しい布は、簡単に腰に巻いただけで優美なAラインスカートを模して、ひらひらふわふわ、純白の夢の様。
仕立て娘達は、そのAラインスカートに対し、鼻で笑ったり嘲笑したり、肩を竦めたり、小さく頭を横に振って見せた。そして、満足がいったのか、リーダー格の娘がハサミを構えた。
「欠点は上手く見せれば最大の魅力となる!! 欠点こそ魅力! 欠点を全面に出す勇気と自信こそが美!! 欠点は最高のパワースポット!!」
若干ディスられている気もしないでもないが、ルゥルゥは仕立て娘の気迫に押されて後退った。
しかし、仕立て娘は目をギラギラさせてルゥルゥへにじり寄り、ハサミを閃かせ飛びかかって来た。
「ファッショーーーイッ!!!」
ルゥルゥは「きゃ!」と小さく叫んで目を閉じる。
シャキーッ、シャキッ、ズバアアアッ! と、鋭い音が部屋を満たす。
長いスカートが瞬く間に切り裂かれ、ルゥルゥの逞しい脚が露わになった。
「うわわ、あ、ありがとう……?」
「いえ、こちらこそ、ルゥルゥ様のお陰で大切なものを取り戻した心地でございます」
仕立て娘達は一斉にお辞儀をして、再び新しいドレス作りに取りかかった。
その後彼女たちの挑戦は、王子が思わずブリッジしちゃう程喜んだ。
しかし、「ちょっと背の高い娘だな」くらいにしか思っていなかった王様と王妃様は、ルゥルゥの逞しい脚と、初めて見る息子のブリッジ歓喜を56回くらい二度見して首を痛めた。
*
三日が経った。
王子と、突如稲妻のように現れた娘の結婚式が厳かに始まろうとしていた。
しかし、この結婚に頭を抱える者がいた。
それはこの国の王様とお妃様だ。
「とうとうこの日が来てしまったか……。結婚を諦めさせる為に急遽、『王族の結婚にはヒドラの首や火食鳥の羽、深海の宝玉を自力で用意する必要がある』と嘘をついたのに、我らがレオ君、優秀過ぎて全て手に入れて来てしまった……後世の王族に申し訳ない」
「うっうっうっ、レオレオちゃんが脚フェチだったなんて……わたくしから可愛いレオレオちゃんを奪うクソ嫁を、どう虐め殺してやろうかと22年間計画しておりましたが、なんだかその気が失せてしまいました。あの娘はきっと、生まれた瞬間に走り出す遺伝子を持っているに違いありませんわ。頼もしいではありませんか……ううう……」
泣きながらも、前向きな意見を捻り出す王妃に対し、王様は「どうしたものか」と、唸った。
「面と向かって反対して、レオレオに嫌われたくない。しかし、カモシカの脚の様な嫁が欲しかったのも事実」
「カモシカの方は陛下にご用はないと思いますが、全く違うベクトルで同感ですわ」
「うむ……では諦めてレオレオを祝福しよう……脚以外は、ウブで可愛らしい娘である事だし」
「ウブで可愛らしい娘は陛下に用はございませんけれどね。さあ、式典へ出向きましょう」
「うむ……なんかこう……ハチャメチャになって流れてしまえばいいのだが……」
王様と王妃様は、同時に同じくらいの深さのため息を吐いて、レオレオたんの晴れ舞台へと向かった。
*
その頃、アーサーは、とある家のお嬢さんの湯浴みを覗いていた。
アーサーは「写生してやろ」と筆を取った所だった。アーサーの言う写生とは、絵画などにおいて、物事を見たままに写し取る事の写生である。
アーサーは写生用のスケッチブックをいつも持ち歩いていた。
さて、湯浴みする娘を夢中で写生していると、キャンパスに小さな影がかかった。
顔を上げると、小さなケンタウロスが目をキラキラさせてキャンパスを覗き込んでいる。
「君は……」
アーサーはケンタウロスを一目見て、目を見開く。
ケンタウロスのケンタも、アーサーの顔を見て、目を見開く。なんだかわからんが、お互いに物凄くツーカーめいたモノを感じ取ってうち震えた。
「……パ……パ……?」
「む、息子よ……こんな姿の俺を父親だと分かってくれるのか……?」
「パパー!! アワビ! アワビ!!」
ケンタはアーサーに飛びついて、喜んだ。
母親とエラい差だったが、やっぱり裸の女の絵が描ける方がいいのだろう。
「おお、うんうん、アワビアワビ!!」
アーサーもケンタを抱き留めて、よーしよしよし、と撫でてやる。
「小さい頃のセルジュを少し馬面にしたみたいだな~。ハニー(魔女)に連れて行かれてしまったから、何所にいるのかと思っていたが、父さんは嬉しいぞ」
その割に全然探す素振りすら見せていなかったが、アーサーはその日その時その瞬間で物を言う男だから、今はそういう気分なのだろう。
ケンタはウヒヒンと笑って、アーサーの手を引いた。
「アッチ、モット、アワビ!!」
「もっとアワビ!? どこだどこだ。息子よ案内しておくれ」
ケンタは「マカセロ!」と言って、父親の手を引き、お城の方へ向かった。
ケンタは、この国へ来た時に見つけたエロいお姉さんをストーキングしたところ、お姉さんがお城の近くにあるお花屋さんだった事を突き止めていた。だから、父親にもエロいお姉さんを見せてあげようと思ったのだった。
「あはは、そんなに引っ張るなよ。父さんが抱っこしてあげようか?」
「ワーイ! ダッコ! ダッコ!」
親子が睦まじくお城の方へ歩き出した時、ゴーン、ゴーン……と、婚礼の始まりの鐘が鳴り響き始めていた。




