頭の中のオバサンの声
セルジュはルゥルゥを救うため、武器屋さんを探していた。
捜し物は蔓を切れる刃物。
それなら、これからルゥルゥを守る為にも剣が良いな、と考えたのだ。
しかし、平和な国に武器屋は一軒も見つからなかった。
「腰に剣をぶら下げていれば、きっと格好いいのにな……一軒くらいないのかな」
セルジュは賑やかな大通りを歩きながら、困ってキョロキョロ辺りを見渡した。
「急がなきゃ……」
すると、さっき通り過ぎた時には目に入らなかった店が、セルジュの視界に入った。見れば『武器屋』と大きな看板が掲げてある。
「あれ? 初めて通る道だから見落としちゃったのかな」
少し不思議に思ったが、セルジュは『武器屋』と主張している店へと入って行った。
*
店のドアを潜ると、薄暗かった。
セルジュは薄暗さに目を慣らす為、瞬きをした後、店の中を見渡す。
薄暗い店内の棚には、何も置いていない様子だ。
防犯の為に、むやみに武器を並べていないだけかも知れないな、と、違和感を拭い去る。
入ってすぐ向かいにカウンターがあり、その向こうからシルバーブロンドの小柄な美女が「いらっしゃいませ」とセルジュを迎えた。
この美女は、まんま魔女である。
セルジュに刃物を持たせないつもりなのだ。
――――わぁ、とっても綺麗な人だ……スタイルも良いし、兄さんが好きそう……。
セルジュは一瞬だけボウッとなってしまったが、直ぐに気を取り直して美女――魔女に尋ねた。
「剣を探しているのですが、僕に扱えそうなものはありますか?」
「あら、子供に剣なんて売れませんわ」
魔女はカウンターに片肘をついて、からかうように微笑む。
「確かに僕は子供ですが、どうしても剣がいるんです。剣を売ってください」
「うふふ、その真剣なボウヤの目、悪くないわ……」
「からかわないでください」
セルジュはムッとして、更に真剣な目で魔女を見つめた。
「……? うう……?」
セルジュのキラキラと輝く瞳を見た瞬間、魔女は微かに自分の中の何かが、クラリと傾くのを感じた。
奇妙に感じて頭を軽く振り、目の前の少年を見返す。
すると、ただの子供だと思っていた少年が、やたらと魅力的に見えるではないか。
『キラキラの金の髪、キラキラのお目々、ウルプルの頬と唇、「男」というには乱暴で、かといって決して「女」でもない……イイッ!!』
魔女の頭の中で、早口のオバサンの声が響きわたった。
それは、全然知らないオバサンの声だった。
戸惑う魔女の身体の芯がジュンと疼く。
まさか、これは――――。
――――こ、コレは魅了の魔法!?
しかも美ショタのやつだ。お姉さん系にとって圧倒的不利。
『そう!』
『お姉さんだからこそ解るショタがある!』
『お姉さん系がチョキだとしたら、美ショタはグーパンチなのだ!』
『誰が何と言おうと、お姉さんとショタの関係はそういうものだ!』
――――うああ……知らんオバサンがめちゃくちゃしゃべる……!?
「う、ぐぐぅ……?」
――――このままでは、飲まれる。
魔女は、慌ててセルジュの輝く瞳から目を逸らした。
「ボ、ボウヤ……そ、そんなに女の人を真っ直ぐ見つめたら駄目よ……」
――――ああもう、なに言ってるの私ったら。だらしがない! 踏ん張れ!!
『無駄よ、美ショタに見つめられて無事でいられるわけが無い』
「う……うるさい……」
なんとか踏ん張ろうとする魔女の手を、セルジュがカウンター越しから握った。
――――ッア……!?
「お姉さん、一生のお願い!! 僕になんでも良いので剣を売ってください!!」
「う、ググゥ……」
直視しては駄目だと本能が危険信号を出しているのに、心に巣くう煩悩が涎を垂らさんばかりにセルジュの瞳を見たがっている。
――――否、違う。「お姉さんをもっと見て」ってなっている。
『アーハッハ! その内「お姉さんだけを見て」「お姉さんしか見てはイヤ」「見てくれなきゃ死ぬ」「お姉さん以外を見たら死ぬ」とか言い出して、お前は狂うのだ!!』
「クゥゥッ!!」
魔女は心臓をドッドッドとさせて、セルジュの手から緩く逃れた。
「だ、駄目よ……ダメダメ……」
「お願い、お姉さん……僕……僕……」
「そんな上目遣いしたって……駄目なんだから……でも……そうね……」
魔女は渾身の理性を振り絞って、鞘に収まっている一本の剣を取り出し、セルジュに差し出した。
セルジュの顔が輝いた。
その眩しさに目を潰されながら、魔女はなんとかニヤリと笑う。
「こちらの剣なら……」
「わあああ、ありがとうお姉さん! いくらですか? カード使えますか?」
「ウ、ウフ……出世払いでいいわ。大きくなったら必ず私に会いに来てね」
金払えるって言ってるのに、将来が楽しみ過ぎて、魔女はついつい余計な事を言ってしまった。
魅了されたものの、魔女はまだわかっていない。ショタはショタだからいいのだ。
それに、セルジュが成長したらアーサーなのである。
「本当にありがとう! 大きくなったら、必ずお姉さんに会いに行きます!」
セルジュは大事そうに剣を抱え持ち、店を出る前に、キラキラの笑顔を放った。
『バキュン☆』
確かにオバサンの言うとおり「バキュン☆」な笑顔であった。
魔女は心臓が口から飛び出てしまった気がして、慌てて手で口を押さえる。
それから、手でパタパタと顔を煽ぐ。頬が熱かった。
動悸はまだ治まりそうにない。足の裏は雲の上を踏んでいる様。クラクラする。
魔女はブンと頭を振って、動悸・息切れに良く効く丸薬と、情緒不安・ほてりに効く漢方を懐から取り出し、炭酸飲料で喉へ流し込んだ。
『そんな薬、無駄無駄ぁ!! 恋に効く薬なんてありゃしないんだよ!!』
「う、うるさい!! 誰が恋か!!」
あんな子供に……と、言いかけて、セルジュの無垢でキラキラな笑顔を思い出す。
アーサーの笑顔も、セルジュのキラキラに負けずキラキラだ。
けれど、なんとなく完成されすぎているというか、照れがないというか、成功体験を積みすぎて怠慢が見えるというか……そういう感じに思えて、魅力に差があるような気がしてきた。
「なに考えているの、私ともあろう者があんな子供に……きっと疲れてるのね」
『違う!! ショタの笑顔は期間限定なの!! だからこそ価値があって尊いのよ!!』
「ぐうう、なんなのこのオバサン……いつまで私の頭の中にいるの……」
魔女は頭を抱え込んだが、「こうしちゃいられない!」と、顔を上げた。
「馬鹿人魚のピンチを見学しなきゃ! 今頃蝶もいなくなって、さぞ見物になっているでしょうからね!」
魔女はこれから見れるであろうルゥルゥの泣き顔を活力に代えて、胡散臭い武器屋を消滅させると箒にまたがり植物公園へ向かった。
*
セルジュも植物公園へと急いでいた。
先ほど綺麗なお姉さんからもらった剣をベルトにさして、大通りを駆け抜ける。
「この剣さえあれば、ルゥルゥを助けて、この先も守ってあげられる!」
しかし、魔女がそんな事をおちおち許す訳がない。
実はこの剣、呪われていて、悪魔が取り憑いているのだ。
そういう訳で鞘から抜けない仕様となっていた。
ちゃんと刃を確認しなかったセルジュの落ち度だが、急いでいたから仕方がない。セルジュはなんにも悪くないのだ。
意気揚々と現場に駆けつけたセルジュはしかし、「えっ!?」と声を上げた。
ルゥルゥを吊り下げていた蔓は既に切断され、そこには誰もいなかったのだ。
「ルゥルゥ……?」
セルジュは辺りを見渡したけれど、ホタテが一枚落ちているだけ。
「誰かに助けてもらったのかな?」
それにしたって、セルジュが戻ってくるのをルゥルゥは待っていてくれるハズだ。
キョロキョロと辺りを見渡してみると、辺りに咲き乱れていた花々が、シュンと萎れている事に気がついた。
「きっと、何かあったんだ。探さなきゃ!」
心配のあまりオロオロして、セルジュは広い公園内を彷徨った。
必死でルゥルゥを探すセルジュの姿は、それはそれは、憐れを誘う様子だった。
その様子を、魔女も上空から一部始終見て困惑していた。
「おかしいわね、なにがあったのかしら?」
――――ああ、それにしても……。
魔女は渋面をつくって、草葉のかげを探し回るセルジュを見守った。
セルジュは公園内を駆け回り、広場や歩道ではない茂みにも頭や顔を突っ込んで必死に人魚を探している。
その内、鋭い草に手の皮を裂かれて顔を歪めるセルジュ。
「こんな傷、何でもないやい!」
強がる声変わり前の声に、魔女はキュンキュンしてしまう。
『アッアアア~~!! ショタの流血大好物ぅぅぅっ~~!!』
頭の中のオバサンも違ったポイントで大興奮だ。
「いや、違っ! キュンキュンなんてしてないし! そうじゃなくて……そうじゃないんだけど……あっ!!」
セルジュが転んだ。
顔から見事に転んで、とっても痛そうだった。
「うう……くそぉ、負けるもんか!」
健気に起き上がろうとするセルジュ。
そんな彼に、女の手が差し出された。
セルジュが見上げると、シルバーブロンドの美女が彼を見下ろしていた。
「ボ、ボウヤ……大丈夫?」
「あなたは……武器屋のお姉さん! どうしてここに?」
「ちょ、ちょっと通りがかっただけよ。ボウヤが心配だったワケじゃ、ないんだからね!」
魔女はそう言いながら、セルジュを助け起こし、土で汚れてしまった顔をハンカチで拭いてあげた。膝小僧の傷は、杖をチョイと振って癒やしてあげる。
「わああぁ……魔法使いだったんですか!?」
「ん・んー、そうとも言うわね。じゃ、私はこれで……」
なにがしたかったのか、早々に箒で飛び立とうとする魔女の手を、セルジュが掴んだ。
「待ってください! もしかして、箒で飛ぶんですか!?」
「手手手手、手ぇーー!? ヤメロこのやろぉぉぉ!? 爆発しちゃうでしょ!?」
「ひゃ!? ごめんなさい、でも、もし箒で飛べるなら、僕も乗せてもらえませんか? 人を探しているので、空から探せたら早く見つけられると思うんです」
「な、なんで私がそんなこと……!」
この少年は危険すぎる。魔女は慌てて箒にまたがった。
しかし、セルジュが逃がすまいと彼女の胴に腕を回した瞬間、「しっかり捕まってなさいよ!?」と口走り、箒を上昇させてしまったのだった。
*
さて、城下町の上空を飛びまくった魔女とセルジュだったが、ルゥルゥの姿は見つからない。
セルジュは心配と絶望で意気消沈してしまったし、魔女は心臓が10年分くらい早打ちしてしまって疲れ切っていた。
「もう諦めなさいよ?」
「いやです。僕は絶対にルゥルゥを助けて、願いを叶えてあげるんです!」
セルジュの強い意志に、魔女の心は撃たれた。
この純真な誠実さ……浮気者のアーサーとはえらい違いだ。
魔女は、思わず「尊い」と囁いた。同時に、頭の中のオバサンも『尊い』と言ったので、「『尊い』」となった。
同時に、魔女はルゥルゥを更に疎ましく感じた。
――――どうしてあの魚娘はこんなステ……モニョモニョな男と出逢えたのに、この私は――――
そう思うと、腹立たしい。
魔女は、頭の中のオバサンの言った通り、そろそろショタ狂いになりつつあった。
魔女はモヤモヤしつつも、お城の辺りを飛んだ。
「まさか、お城にはいないわよね」
「そうですね……入れてもらえないと思……ん?」
セルジュは言葉を途中で止めて、耳を澄ました。
魔女も耳を澄ます。すると、歌が聞こえて来た。
「おーかしーおかしはーあまいですね~~すこーしむねやけしますね~」
「う、こ、このアホな歌……」
「ルゥルゥの歌だ!! お姉さん、歌の聞こえる方へ行ってください!」
「(うう……すごくイヤ……)」
仕方なく歌の聞こえる方へ行くと、城の一室の窓から歌が聞こえてきているのがわかった。
窓から見える室内に、お菓子に囲まれたルゥルゥの姿が見える。
「ルゥルゥ!!」
「待って、他にも誰かいる。怪しまれるといけないわ」
魔女はそっと窓に近寄って、室内からは死角の位置に箒をホバリングさせた。
室内からは、若い男の声がする。
そっと室内を覗き見て、魔女は驚いた。
若い声の主は、王子だとわかったからだ。
彼の顔や姿が、チラッと週刊誌のグラビアに載っていたから、間違いない。
そんな彼が、馬鹿人魚に片膝をついている。
「あなたこそ私の理想です。あなたのその脚!! なんて美しいんだ!!」
なにやら、熱心にルゥルゥを口説いている様子だった。
ルゥルゥはキョトンとした惚けた顔をしているのだろうなぁという声で、彼に答えている。
「え、でもこの脚、男の脚だから結婚出来ないと義母が言うので、わたし困っているんです」
「義理のお母様……ああ、何てことだ。継母に心理的に虐められていたのですね!?」
「ママハハ……?」
「あなたの脚は最高に素晴らしい脚です。あなたはこのままで十分に美しいのです!!」
「そ、そうなの?」
「そうです!! 私の理想の人……どうか結婚してください!!」
魔女が「あらま」と呟いた。
――――これは、もしかしたらアホ人魚とセルジュ君、自然消滅では?
魔女は、ほくそ笑む。
――――だってアッチの男もイケメンだし、王子だし、ありのままの姿を愛してくれそうだし……。
「ルゥルゥ……」
魔女の胴に掴まっていたショタショタしい腕が、不安そうにギュッと力をこめた。
魔女はピックーンとなって箒から落ちそうになったが、なんとか鼻血だけで胸のドキドキを処理した。
こんな……カワイソ……イヤ、これはザマア、私の望んだザマアじゃないの……。
人魚だって、「このままの君でいい」って言ってくれる男の方がきっと幸せに……イヤ、幸せになるのはムカつくけど……セルジュ君とは破局するわけだし……???
段々なにが一番良いのか訳が分からなくなってきたが、魔女はルゥルゥとセルジュの破局に的を絞った。そうして、セルジュに気づかれないくらいのコッソリさで杖を振るった。
「(アブラカタブラ~、答えは『YES』!!)」
魔女の魔法に掛かったルゥルゥの唇が、勝手に開いた。
ルゥルゥは、カップケーキがいっぱい詰まった口を開き、
「YES!」
と、叫んでしまった。




