蝶と花の蜜
魔女がルゥルゥのホタテを消そうと杖を降り切った。
「丸出しになーれ!!」
しかし、ホタテは消えるものかと頑張った。
なんでこんな目に遭わねばならないのか。絶対に運命に抗ってやる。ホタテはそう思っていた。
魔法の影響でブルブルと輪郭を震わせ、半透明になったり元に戻ったりして健闘した。
しかし、ホタテごときでは魔女の魔法に敵う訳がない。
―――くっそーーー!! もう駄目だ!!! 後は任せた!!
ホタテが力尽きて消えていく。ゆっくりと姿を薄れさせながら、ルゥルゥの股間から剥がれていくホタテ……しかしホタテが完全に消えた場所に、更にホタテ!! もう一枚のホタテだ!!
見物を決め込もうとしていた魔女は、飲んでいた炭酸飲料を吹いた。
鼻がツンとするのを我慢して、呻く。
「な!? 二枚履きですって!?」
本来だったらブラジャー用だったから、ホタテは二枚あったのだ。
「くっ! 何枚現れても同じ事よ!! 吹き飛べ、ホタテ!!」
魔女が再度呪文を唱え終える前に、奇妙な雄叫びが聞こえた。
『ッアーアアアアア~~! アッ! ヒャイァアアアアア~~~ッ!!』
すると四方八方から、なんかドロッとした液体がルゥルゥの股間にブシャッとかかった。
「ひ、ひゃん!?」
「ルゥルゥー!! ……っあ!?」
何が起っているのかも解らず、為す術も無くルゥルゥの名を叫ぶセルジュは、目を見張った。
なんと、ルゥルゥの股間に色とりどりの蝶が集まってきたのだ。
十分な蝶の量を確認したかの様に、もう一枚のホタテが魔女の魔法で吹き飛んだ。こちらも良く頑張った。
蝶はルゥルゥの股間に群がって、まるで花が咲き乱れているかの様。
「こ、これは一体……?」
「わーん、どうなっているの? セルジュ助けてぇ」
「う、うん。蔓を切らなきゃいけないから、切る物を探してくるよ!!」
「お願いね。早くね」
「待っててね! ルゥルゥ!!」
セルジュはナイフか何かを手に入れる為、急いで公園を飛び出した。
「あ、そうは行かないわよ!!」
魔女はセルジュを追った。
魔女にとって、ルゥルゥの股間をセルジュに見せつけるのが目的なのだ。だから、セルジュがこの場にいなくては意味が無いし、ナイフとか武器を用意されるのも困る。
そういう訳で、ルゥルゥは宙づりで、股間に蝶を群がらせたまま放置されてしまった。
動物たちが心配そうに見上げている。
ルゥルゥは、励ますように彼らへ微笑んだ。
「大丈夫よ。セルジュがきっと助けてくれるもの。お歌を歌って待っていましょうね」
*
少し時を遡って、ルゥルゥが宙づりにされる前の事。
アーサーは、根を一本踏み入れた瞬間に植物公園の全てを魅了し、ビビビと心を痺れさせて制覇していた。
何故彼が都合良くここにいるのかというと、単純に城下町ではモンスター扱いだからだ。
植物公園は恰好の隠場でもあり、ハーレムを築ける場所でもあった。
だから、ルゥルゥの災難にカチ遭ったのは、たまたまだ。
たまたまでも、たまたまを取り戻す為に、たまたまをセルジュに見られてしまうと不都合であるから、助けなくてはいけない。
アーサーは自分で自分を抱きしめ、身をくねらせながら甘い雄叫びを上げた。
「ッアーアアアアア~~! アッ! ヒャイァアアアアア~~~ッ!!(見てごらんハニー達、あそこにぶら下がっているのは、俺の本当の雄しべ!! 俺の花粉が欲しいだろう? どうしたらいいか、賢い君たちにはわかるね!?)」
至る所にある花たちは、それを聞いて色めき立った。
アーサーの花粉欲しい!
けれど、花は生えている場所からは動けないのだ。
ならばこうするしかあるまい。
花たちは自然の法則にのっとって、一生分の蜜をアーサーの雄しべへぶっ掛けた。
さぁ、蝶が雄しべへ群がっていく。
あとはあの蝶達が自分達の雌しべへ、気紛れにやって来るのを待つだけ。自稼働他家受粉だ。知らんけど。
しかし、張り切って一生分の蜜を振り絞ってしまった花たちに蝶は見向きもせず、受粉の機会は無いだろうと思われる。
アーサーは馬で懲りてから、避妊には細心の注意を払っていた。
精魂尽きて萎れていく花たちに、アーサーはいけしゃあしゃあと呟いた。
「アア、また罪を犯してしまったのかな? 花の命の短い事といったら……。マッ、そこがイイんだけどサ……☆」
もしかしたらアーサーはサイコパスかもしれないが、イケメンだから仕方が無い。貢ぐオンナも悪いのだ。
その内酷い目に遭うと良いけれど、そういえばもう既に下半身を切り株にされているのだから、困ったものだった。
次の年、植物園の花が新たに芽生える事は無かった。
*
さて、セルジュが刃物を探しに行ってしまったので、一人宙づりのままルゥルゥは待っていた。
「ちょうちょ~ちょうちょ~ちょうちょがくすぐったいですよ~」
心配して見上げる動物たちに、歌を歌ってあげている。
動物たちは歌に合わせて、ピョンピョンと跳ねていた。
しかし、宙づりにされ続けたルゥルゥの顔が、だんだん赤く膨れてきてしまっている。
「ちょうちょ~……オェッ、ちょ、ちょうちょ……、ちょ、ちょちょちょ、なんだかくるしいわ~……ウェェ……ちょ、もうむりぃ~……」
歌もちょっと限界に近かった。
そこへ、ガサリと草葉を掻き分けて、ヒュッと何かが飛び出した。
ルゥルゥの脚に絡みついていた蔦が切れた。
「きゃあ!!」
吊り上げていた蔓が切れて、地面へ落ちるルゥルゥを、誰かが抱き留めた。
「大丈夫ですか、お嬢さん」
「わ、わ、ありがとうございます。助かりました」
ルゥルゥが見上げたその人は、栗色の艶々した髪をセンターパートにした甘いマスクのイケメンだった。
彼はルゥルゥをお姫様抱っこしたまま、ルゥルゥに尋ねた。
「どんまい。それより、あなたのお名前を教えていただけませんか?」
「わたし、ルゥルゥです」
「ルゥルゥ……キャワタン……」
「え?」
「いえ、なんでもありません。私はこの国の王子、レオポルドといいます」
「まぁ! 王子様なんですか」
本当に王子様だったが、ルゥルゥがあまりに素直に信じるのでちょっと疑わしくなる。
しかし、ここに疑う者はいないし、正真正銘彼はレオポルド王子だった。
悲鳴を聞き付けて駆けつけたレオポルドは、剥き出しになった逞しい下半身と、そこに群れる蝶を見て芸術の女神かなんかが舞い降りたのでは!? と、衝撃を受けた。
そして、一目で恋に落ちてしまったのだ。
―――騎士団長なんか目じゃない。騎士団長は、兜をしていて顔が解らないが男……しかもおそらくオッサンだしな。
当たり前だが、人によっては当たり前が当たり前じゃない事を、我々は知らなくてはならない。
まぁ、そういう難しい事はさておいて、ルゥルゥは美少女だ。
彼女こそまさしく、レオポルドの理想の少女であった。
さておき、ルゥルゥはレオポルドを熱心に見つめた。
「王子様、わたし、王子様にお願いがあるのです」
「私もです」
「え、わたしにお願いですか? なんでしょう? なんでも聞きます」
レオポルド王子はその言葉に、脳内がブチ上がり過ぎて、心が高速回転だ。
「私とカッコンしていただけないでしょうか?」
ホラ、空回りして肝心な所を噛んでしまった。
しかし、こんな熱い気持ちは初めての王子、めげずに少しだけハードルを下げて言い直した。
「す、すみません。急すぎました。私の城へ来て頂けませんか?」
「お城へ!? いいのですか?」
「ええ、素晴らしいモノを見せて頂きましたので……」
「よく分からないけど、ぜひお城へ行きたいです!」
これで王様に会えるわ!!
ルゥルゥは喜んだ。
これで理想の結婚が出来る!!
レオポルドも喜んだ。
レオポルドは夢心地で、ルゥルゥをお姫様抱っこしたまま駆け出した。
「あ、あの……セルジュが来るのでちょっとだけ待っていただけませんか……」
彼女の困った声は、色んな事に夢中になって駆けるレオポルドの耳に全く届かなかった。
ルゥルゥはこのチャンスを逃すわけにもいかず、仕方なく大人しく王子様に運ばれて行った。




