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8.伯爵たちが気づき始める話①

 更に翌月。

 ベルーナ伯爵はまたしても財務担当の家臣から悪い報告を受けていた。


「と、当家で生産していた銘酒ですが、全ての取引先から今後の取引を拒否されています。質が酷く落ちたという理由で、です。

 このままでは大変な損失になってしまいます……」

「全ての取引先からだと!? なぜそんな事になるのだ! なぜ、質が落ちた!」

「これもマリウスです。

 醸造の過程を手助けする魔術があるそうで、マリウスは醸造所からの頼みに応えて無償でその魔術を使っていたとの事です。それで、その魔術が使われなくなったので、質が落ちてしまったのだと……」


 ベルーナ伯爵は怒りを露に怒鳴った。

「醸造所の者達は、画期的な酒造方を自分達で開発したと言っておっただろうが!!」

「その画期的な方法というのが、マリウスを使う事だったようです」


「無能共が……。

 直ぐに代わりの魔術師を雇え。費用は醸造所の連中の給与を引き下げて捻出しろ」

「かしこまりました……。で、ですが、それだけで費用が捻出できるでしょうか?」


「どういうことだ?」

「そのくらいの費用で魔術師を雇うだけで、あの品質の銘酒が作れるなら、既にどこでも同じ品質のものを作っていると思うのです……」

「……」

 それは道理のように思えた。


 実際ベルーナ伯爵領産の酒は、ここ最近で急に他の銘酒を抑えて王都でも評判になるほどの出来になっていた。

 そして、それに力を貸していたというマリウスは、賢者の学院で天才と呼ばれていたほどの魔術師だ。

 ベルーナ伯爵もそのマリウスの評判を知っていた。だからこそマリウスを騙して自領の為に働かせようと考えたのだ。

 確かに、そのマリウスの代わりがどんな魔術師にでも簡単に務まるはずがない。


「……多少の出費はやむをえん」

 ベルーナ伯爵は、そう認めざるを得なかった。

 これは流石にブレンテス侯爵の支援では補う事ができない損失だ。

(余分な出費が増えてしまうではないか)

 ベルーナ伯爵は苦々しくそう思った。だが、彼の認識は、まだまだ全く足りてはいなかった。




 ベルーナ伯爵領の南を守る砦は、沈痛な雰囲気に覆われていた。守備兵に死者が出たからだ。

 それは、マリウスが妖魔狩りを行うようになって以来なかったことだった。


 近くにコボルドの集落があると考えたジロンドとヴェルナは、5人編成の調査隊をいくつか森に送り出した。

 その中の一つの隊が消息を絶ってしまった。


 その隊が担当した区域に、8人に増強した調査隊を送りこんだところ、多数の妖魔に襲われ5人が戦死。3人がほうほうの態で逃げ帰ったのだ。


 そして、襲った妖魔がオークだったという事が、守備兵達を一層重苦しい状況に追い込んでいた。

 彼らの多くは、かつてマリウスがやってくる前まで、自分達が臆病風に吹かれてオークを全く倒していなかった事を思い出していた。


 翌朝、更に守備兵達に衝撃を与える事が起こった。

 砦の近くに、殺された10人の兵士達の遺体が晒されていたのだ。

 それは正確には遺体の残骸、有体に言えば「食べ残し」だった。


 ともかくその遺体は砦内に運び込まれた。

 多くの兵士がその周りに集まって来ていたが、彼らは一様に暗い面持ちで、中には泣き出している者もいた。


「私が討伐に行こう」

 その場でヴェルナがジロンドにそう告げた。

 守備隊の中で最強の戦士は隊長のジロンドだが、隊長が安易に砦を留守にするわけには行かない。

 となれば、ジロンドに次ぐ腕前のヴェルナが討伐部隊を率いるのは妥当な判断だ。

 だが、ジロンドはそれを止めた。


「駄目だヴェルナ。相手はオークなんだぞ」

 オーク共の前に女性を送るべきではない。それは、一般的な判断だろう。

 妻の身を案じる夫としては、そんな事は絶対に認められないというもの当然の事だ。

 しかし、砦の守備隊長の判断としては適切とは言えなかった。


 既に10人もの兵士がジロンドとヴェルナが立案した作戦で死んでおり、オークがいるということが判明しただけで、それ以外の成果は何もあがっていない。

 そんな状況で妻の身を案じるのは、少なくとも周りでそれを聞いた兵士達には、手前勝手な発言に聞こえた。

 兵士達に剣呑な空気が流れる。


「あの魔術師の、言うとおりにしておくべきだったんじゃあないですか?」

 1人の兵士がそう発言した。


「何だと」

 ジロンドがそう言ってその兵士をにらみ付けたが、兵士は発言を止めなかった。


「あのマリウスという魔術師は、だいぶ前から森が危険な状態だから協力して欲しいと隊長達に言っていたじゃあないですか。魔術師の言うとおりだったんだ。

 そして、魔術師と協力していれば、こんな無残なことにはならなかった」

「そんな事はない! あんな魔術師ごときに出来る事は俺達にも出来る」


「出来ていないでしょう!

 俺達は怖がってオークなんて倒した事がなかった。隊長、あなたも含めてだ。そして今もまともに対応できていない。

 でも、あの魔術師はたった一人でオークの巣に攻め込んで滅ぼした。俺達全員よりもあの魔術師の方が強かった。

 その魔術師に協力してくれと言われたなら、素直に協力するべきだったんだ」

「黙れ!!」

 ジロンドはそう叫んで兵士を思い切り殴り飛ばした。


 兵士は流石に口を閉じたが、周りにいる兵士たち全員の間になんとも重苦しい空気が流れていた。


「領都に援軍を要請する。対応は援軍が来てからだ」

 ジロンドはそう言ってその場を去り、ヴェルナも後に続いた。

 だが、残された兵士達を覆う重苦しい空気が晴れることはなかった。

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