39,ルーク:取引
気が落ち着いてきた。目の前のローマンはじっと俺を見つめている。穏やかな印象の彼からは想像もできないほど、厳しい表情をしていた。
「ルーク。どこまで知っているんだ」
「どこまでって……」
どう説明したらいいか、考えあぐねる。
「俺も、ローマンがなんでここにいるのか……」
お互い、押し黙った。
話していいものか、聞いていいものか。
グレンの存在をどう伝えるか。俺がなぜここにいて、イアンがどうして屋敷にいるか。
「俺は、王宮に行く途中だよ」
ローマンの方が大きく息を吸い、言葉を深く吐いた。
「ルーク。その子が、本物のグレンだろう」
なんでそれを知っているんだと俺が声を発する前に、ローマンが言葉をかぶせてきた。
「いつも学園に来ていたのが、グレンの妹姫だとは知っていたよ。俺にとっても異母妹だし。たぶん、今ルークが知っていることのほとんどを知っていると思う」
グレンのことも、クレアのこともローマンはなぜ知っている。はっとする。そうだ、ぼんやりと大事なことを聞き流していた。
「さっき、グレンを、おとうとと言ったか。言ったよな。しかも、今、クレアをいもうとと……」
「母親は違うがね」
「異母兄妹……」あの二人と兄妹と言える立場は独りしかいないはず。「側室派が抱える王太子候補というのは……」
絶句した。境遇からどこぞの貴族の血筋の可能性はあると思っていたが。
ローマンが俺に手のひらを見せる。俺は声を発せず、口を閉じた。
「察しの通りだよ。俺が、グレン以外の、もう一人の王太子候補なんだ」
彼は台風の目。ど真ん中にいる当事者の一人か。
「秘密なんだ。俺の存在は。暗殺の恐れやら、誘拐とか、貴族の抗争とか、背景が色々あって」
「ジーンさんは」
「産みの母だよ。俺は、王族と平民の間に産まれている。側室の義母上が、平民の母を王の世話役にして、そばに寄せ産ませた子なんだ。名と印も王から秘密裏にいただいている。
産まれた子は、王から名を賜って始めて王族の子になる習わしだ。産ませ、名をもらい、後は存在を隠すため王宮から出された。十歳を超えて生きられない可能性もあるからな。生き残れば王太子、生き残らなければ存在しないことにする。それが俺の立場だったんだ」
ローマンが身を乗り出す。
「なあ、ルーク。お前はどこまで話せる。何を知っていて、何を知らない」
俺は押し黙った。グレンの存在を知り、その遺体を持ち出している。相応のことは知っていると見られたに違いない。
「言えないよな」
ローマンが目を伏せ、口元を上げる。
「じゃあさ。取引しよう」
ぱっと顔を上げ、にやっと笑った。
「お前さ、妹姫が欲しいんだろ」
痛いところを突かれた。クレアが欲しい。欲しいさ。喉から手が出るほど。俺は彼女だけのためにここにいるんだから。
「二人で学園から突然消えちゃうし」
呆れた声でローマンが続ける。
「誰にでも優しかったお前が、グレンだけは執拗に追いかけているもんな。
怒らせたり、意地悪したり、嫌がられても気にもしない。なりふり構わず、かまってたろ。何年も一緒にいたけど、あんなに一人の子を追いかけているルークって始めて見たよ。
あの時だってさ。俺の手にグレンの指先が振れそうになって、妬いてたんだろ。あれぐらいで水かぶらされてさ。ほんと、迷惑だよなー」
軽口をたたくローマンは、いつもの感じで、少しほっとした。
「ごめん。クレアに関しては、俺はだめなんだ」
俺も素直に、いつもの自分を思い出す。
「クレア……名前か。彼女は名無しの姫のはずなんだが」
「俺が名づけた」
「クレアね。じゃあ、俺もこれからそう呼ぼう」
いたずらっぽく笑う。ローマンらしい表情だ。
「ルーク、俺と取引しようよ」
俺が怪訝な表情をすると、おどけたローマンが神妙な顔に変わった。
「このままだと、クレアは王太子妃にすえられる」
驚く俺に、まあ聞けとローマンは続ける。
「俺の本音は、クレアと婚約したくない」
クレアの気持ち、ローマンの考え。そんなものを無視して、事は進行する。彼女の境遇をかんがみれば、それくらいは分かる。
「理由はある。まず、彼女と俺では血が濃すぎて、産まれる男児が死ぬ可能性が高い。
今まで散々子どもが死んでいるのに、いまだ根強い魔力至上主義の貴族を黙らせるために、俺とクレアの婚約をすすめ、貴族をなだめようとする考えもあるんだ。子どもなら側室でも産めるから、形だけは王妃は王族にしたいんだろうな。名のない姫だし、表向きは貴族の養女にして、貴族間で彼女が王族の娘だと分かっていればいいとか、まあそんなとこだろうと俺は予想している」
迷惑な話だ、とローマンはつぶやく。
名も与えられず、王子様に扮し、今度は貴族の娘として王太子妃か。クレアのまわりはいつもその調子だ。本当にそんな世界からあの子をかっさらいたくなる。本当は、ただの女の子なんだから。
「俺はね。クレアをルークに渡していいと思っているんだよ」
ローマンの言葉には俺の方が驚いた。
「貴族クラスを見ただろ。女の子ばっかりだった。あれがこの国の未来だ。
俺が王太子になり、側室である義母上が後ろ盾になれば止まっていた政務も動き出す。まず男子継承の法を撤廃するだろう。さもなくば、後継ぎを定められない貴族の家々が先につぶれていく。俺が王になる頃は、国の中枢はほとんどが女性でかためられている可能性が高い。
俺の未来はきっと孤独だ。
だから王太子妃に異母妹をもらうより、異母妹を差し出してでも、俺の補佐として、副官みたいな立ち位置に、お前が欲しいんだよ。
学園を首席で卒業して、俺の補佐役として仕事をしてくれるなら、俺は妹姫をお前に渡す。
お前の未来を俺にくれよ。
あの子を手に入れるためなら、なんだって捧げるだろ。ルーク」
☆
平凡が当たり前になる頃、クレアに執着し続ける自分に終止符を打つかと迷い始めた。
イアンが与えてくれた日常が俺に染みつき、重い過去を忘れ去って行く。生まれた時から彼と過ごしてきたと錯覚するようになっていた。
その突如、クレアが男装し現れた。彼女の言い知れない境遇に驚愕しつつも、俺は彼女を見つめずにはいられなかった。
日常で触れ合う誰も、俺の本当の姿を知らない。奥底に沈む俺は、誰に気づかれることなくひっそりと独りだった。
クレアの境遇だけが、俺を凌駕した。
名のない彼女が振られた役割を独りまっとうする。その姿を見れば、俺は追いかけるように奥深く潜む彼女を見つめずにはいられなかった。
役割を超えて見つめれば、応えるように彼女がもがく。怒り、憤り、むっとし、ふと柔らかく笑む。
さらいたいと思った。イアンが与えてくれた俺の手にした平凡な日常に、彼女を引き上げ、クレアとつまらない日常を享受したい。願望は渇望に変わる。
彼女の奥深くを見つめる。そこに小さな女の子を見つけ、手を伸ばし愛でれば、そこから滴る雫一滴に俺の芯が潤う。
独りではないと満たされる。
役割を見ろとあなたが訴えても、俺が欲しいのはあなたの奥深くに眠る小さな女の子だ。
奥深く沈むように眠らされているあなたを、魂にもぐりこむように希求する。
クレアを必要としているのは俺の方だ。
☆
「俺の未来一つで、クレアが手に入るなら、そんな安いものはないよ」でもさ、と続ける。「俺の将来なら、そんな取引しなくても、普通に頼めよ」
なに言っているんだとローマンがうんざりした顔をする。
「あの子を妃にしたら、俺のそばになんかお前はいれないだろう。
お前だけじゃない、クレアだってかわいそうだ。
そんなことで、孤独に頭を抱える未来の俺は、もっとかわいそうだ」
「なんだ、結局自分かよ」
情けないローマンの軽口に、笑うしかななかった。
読んでいただきありがとうございます。
最終話まで予約投稿済みにしてます。
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