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21,クレア:エスケープ

 闘技場の扉を蹴り開けて、外に出る。

 ルークがギュッと僕に抱きついてきた。

 数歩進めば「クレア。お願い、おろしてください」か細い声でルークにお願いされた。

「あなたを抱きしめられるのは感無量ですけど。

 もう……、これは……、それ以外すべて恥ずかしくて、耐えれません」

 僕の肩に額を押し付け、懇願する。 


 これはもしかして、顔もあげれないというやつだろうか。

「ルークでも、可愛いこと言うんだね」

 とてもかわいい。大きな彼が甘えてるみたい。

「僕は医務室までつれていくつもりなのに」


「勘弁してください」

 そんなかすれる声で恥ずかしがらなくてもいいのに。

 仕方ないので、近くの木陰に近づく。


 膝をつきしゃがみ、彼の足から腕をひく。

 投げ出された長い脚が微妙に動く、ルークの腕は僕の首周りを抱きしめたまま動かない。

「ほら、おろしたよ。もう恥ずかしくないよね」

 彼の背に回していた手も引いた。

 いつまでも離れないルークの腕に両手を添える。

「どうしたの、ルーク。まだ背中、痛いの」


「そんな痛みなんか、もうどうでもいいですよ」

 彼の重みが僕にのしかかってくる。

「うわっ、それじゃあ。落ちる」

 もたれかかってくる重さに、背後へと倒れこむ。

「ルーク、重いよ」

 のしかかる彼の頭が肩に首にすり寄ってきた。

 

「恥ずかしくて、死にそうです」

「ごめんよ」

 彼の頭をよしよしと撫でる。

 もしかしたら、真っ赤になって顔を上げることもできないのだろうか。

「そんなに恥ずかしかったなら、謝るよ。悪ふざけしすぎた。だから、もう、起きて。重いんだよ」


「クレア。もう少しこのままがいい」

「困ったなぁ」

「困っているのは、俺の方だよ」


 ルークが肩肘をついて、少し顔をあげる。

 近い。息がかかるかと思うぐらい、近い。


 かっと僕も熱くなる。

 これは、なかなか恥ずかしい体勢なんじゃないか。


「いや、ごめん」

 今度は僕の方がしどろもどろになってしまう。

「僕が、ふざけすぎた」

 彼の胸を押す。


 動かないルークをよく見たら、耳まで真っ赤になっていた。

「俺とこのまま、出かけません。授業ほっぽって」


「えっ」

 突然の提案に何を言い出すのかと驚いた。


「お屋敷と学園以外、出たことないんでしょ。

 街へ行ってみたくないですか」


「でも」

 そんなこと今まで一度も……。

 いや。過去に僕は大切なルールを破ったことがある。あれは『お姫様』としてのルーティンだった。


「走行の悪い平民あがりにそそのかされたって言い訳して、俺のせいにしていいから」

「それなら、僕が君にお願いして、連れて行ってもらったことにするよ」


 あの時も、ルークがいたから、飛び出したんだ。

 お姫様であることを投げ捨てて。


「今は二人だけだから、グレンなんて呼ばなくていいよね」

「いやだよ」

「良いって言わないとよけたくない」

「もうなに言ってんだよ」

 呼び名なんてささいなことを気にするなんて。

 僕の扉を開くのはいつも君なのに。


「あなたのわがまま聞いたんだから、俺のも聞いてよ」

「まったく、子どもみたいだな」

「子どもでいいんです」

 

 僕の頭を撫でながら、頬ずりする。

「今だけだよ」

 仕方ないやつ。そんな風に思いながらも、いつも君だけが、僕を変えるきっかけになる。

 ルークが身を起こす。四つん這いになって、嬉しそうに頬を赤らめたまま、「クレア」と私の名を呼んだ。


 ねえ、ルーク。どうしてあなたは、名前一つでそんなに嬉しそうな顔ができるの。


             ☆


 ルークにそそのかされて、学園の外に出てしまった。

 昼間の時間帯に学生服を着た二人が歩けば、ちょっと目立つ気がするのは、自意識過剰なだけだろうか。この時間帯に馬車もなく歩いて移動するのも始めてで、ルークの後にぴったりついていく。


「これからどこへ行くんだ」

 彼を見上げた。

「先に知り合いのとこ行こうと思ってます。学生服のままじゃ目立つでしょ」


 改めて自分の恰好に目をやる。この制服を着ている限り身分はすぐばれる。このまま遊んでいたら、やはり見咎められてしまうのかもしれない。


「だからね。着替えようと思うんですよ」

 ルークが楽しそうに笑う。


 メイン通りを抜けて細い小道へ入る。

 こんな人気の少ない通りに、彼の知り合いがいるのか。そもそも、僕は平民の世界を知らない。こういう場所に住んでいるのが一般的なのだろうか。


 馬車から眺めるメイン通りは常にこぎれいで、それなりの人もいて、明るい店も並んでいた。平穏な人の営みを垣間見せてくれる動く絵画のように展開する風景。僕と街は鏡のような透明な壁に隔てられていた。今、僕がいるのは、けっして行くことのない向こう側の世界なんだ。

 

 どうして君は、僕をやすやすと連れ出してしまうのだろう。

 

 とある建物に入る。細く急な階段を上った。小さな扉の前に立つ。

 ルークがその扉を手の甲でとんとんと叩く。

 しんと静まりかえったまま数秒待つ。

 もう一度、扉を叩き、今度は扉に耳を添える。じっと耳をすます。

「……くるな」

 そう呟くと一歩下がり腕を組んだ。

 

 がちゃりと開錠する音ともに、扉が開いた。


「なによ。あんた、カギもってるくせに」

 下着姿の女性が出てきた。

「ごめん、家に置いてきた」

 ルークは組んだ腕の一つをほどく。横を指さした。その先に立つのは僕。


 女性と目が合った。僕はどう反応していいかわからず、戸惑う。

「んっ、あら」

 そう呟き、口元に手を添えると、彼女は僕の顔を覗き込んだ。

「今日はまた、可愛い子連れてきたのね」

 

 僕はルークの顔を見上げた。

 何を言っていいかわからず、口だけが動く。彼の手が伸びて、僕の肩をつかむ。

「まずは、入って」

 押し込もうとするルークに対し、僕は精一杯踏ん張った。

「ちょっと、ルーク。ここはどこ、ねえ」

 目の前の女性も僕の手をつかんできた。

「女ばっかりで散らかっているけど、まずは入って。廊下にいても目立って嫌よ」

 そのまま、するっと前にひかれ後ろに押され、押し込められてしまった。


 室内をどう表現していいか分からない。

 所狭しと物が置かれている。テーブルに椅子以外、知らないものばかりが散乱している。僕の日常とかけ離れた空間に、玄関先で立ち尽くす。


 ルークは慣れた様子で靴を脱いでいた。


「ルーク。久しぶりに来たと思ったらどうしたの。制服でくるなんて、いつもなら家で脱いでからくるじゃない。学校の子にはばれたくなかったんじゃなかったのかしら」

 女性が僕を盗み見る。大人っぽい流し目に、僕の方が照れてしまう。

「こんな可愛い子を突然連れてきてさ」

 ルークの胸をたたきながら、女性はにやにやとからかう。

「お姉さんには、どういうことか教えなさいよ」

 

 ルークがぐっと女性の手を押しのける。

「この子と遊びに行きたいんだけど。俺んちだと服がないんだよ」

「そこら辺で買えばいいじゃない」

「店では、買えないんだ」

「なんで? 適当に買ってあげれば」

「男子の制服着て、女の子向けの服を選べないってことだよ」


 女性が目をまるくする。

 僕の方を向くと、じっと僕の顔を凝視する。

 下着姿の女性を直視するのが、同性でも気恥ずかしくて目をそらした。


 女性が近づく気配に、僕は身をかがめた。

「この子……」

 上から下までじっと眺めまわされる。

「いいわよ」

 ぐっと彼女が僕の手を引いた。


 あっと、抵抗する間もない。「靴脱いで」有無を言わせない勢いに、「はい」と従う。

 ルークは悪びれる様子もなく、どうしていいかわからずにいる僕に手をふるだけだった。


 女性の部屋に通されると、彼女は僕をポンとベッドの上に突き放す。弾むようにしりもちをついた。


「俺の服は」

 むこうの部屋からルークの声が響く。女性が壁にかけた男物の衣類一式を部屋の外へ投げすてた。


「男の子は入室禁止」

 言い放って、ぴしゃりとドアを閉めた。 


読んでいただきありがとうございます。

最終話まで予約投稿済みにしてます。

少しでも気に入っていただけたら、ブックマークと評価、お願いします。

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