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1,ルーク:路地裏の孤児

 真夜中の繁華街で、大いびきをかいて寝ている酔っ払いの懐から、金の入った財布を抜き取った。

 握った小袋をいじれば、金の擦れる金属音が鳴る。どこぞの店の女に飲まされたか。中途半端に善良なのか、たまたま金を持っていたか。どちらにしろ、日の当たらない時間に道端で寝落ちするほど酔う方が悪い。

 数歩悠々と歩くと、いつもの嫌な視線を背に受ける。

 店と店の隙間で街をうかがう荒くれ者。年少者が財布をする場面は奴らの恰好の的だ。

 気づいた瞬間がゲーム開始。追いかけっこは始まる。

 俺は繁華街の路地裏にまわりこんだ。

 年少者が財布をする場面を年長の荒くれ者が遠目に見つけ獲物とするのは常。

 追ってくる男は三人。巻くため、入り組んだ狭い裏路地を走り続ける。

 

 体も出来上がっていない成長途上の子どもが稼ぐ手段は少ない。

 店裏での物乞い。残飯あさり。

 子どもを好むいかれた変態。男も女も、やばいのはどこにでもいる。

 酔っ払いの財布を狙うだけなら簡単だ。実入りもいい。

 逃げ足さえあれば、どんな孤児だってやるだろう。

 その後の始末が、かっぱらうより数倍難しい。

 俺は今、そんな局面にいる。


 年少者がすった財布の横取りをするつもりだろうが、そうはいくか。心の中で舌をだす。

 財布を盗ってない。盗ったのはあの子どもだと、罪を押し付けるためにヘラヘラと繁華街の片隅で孤児の動向を探っていたんだろ。

 手を汚さず、横取りする。弱いやつを虐げて、優越感にも浸る。一石二鳥と言いたげなゲスな笑みを浮かべて、弱いお前が悪いとでも吐き捨てるつもりだろう。そうやすやすといくものか。


 角を曲がった。

 もうすぐ、階段がある。

 そこを登り切れば、逃げ切れる。

 いつもの道だ。

 間違いはない。

 間違いないはずなんだ。


 俺ははっと止まった。

 その階段に、男が一人座っていた。

 なんで先回りしているんだ。

 振り向く。

 知らない顔だった。


 今日追ってくる奴は、見たことがない。

 今まで追ってきていた奴なら、全員顔を覚えている。

 あいつらは見たことない。

 知った顔なら同じ逃げ道なんか使わなかった。


 階段上の男が立ち上がる。

「よお、ガキ。

 俺らの縄張りで最近好き放題してるのはお前だろ」

「なんのことだよ」

 見下すようにニヤニヤと笑いながら階段をおり始める。

 後ろを見れば、もう逃げられないというしたり顔で、三人の男がじりじりと歩み寄ってくる。


「とぼけんなよ」階段から降りてきた男が言う。「ここ何か月、俺らの仲間を巻いているガキのくせに」

「さあ、覚えないねえ」

 子ども一人に大人四人。

 余裕ぶっこんでいられるよな。

 じわじわ寄ってきて、おいつめているつもりかよ。 


 かっぱらった金の入った小袋をちらつかす。

「目当てはこれか」


「まあ、それもだな。

 おとなしくよこせよ」


 今、『それも』って言ったよな。『も』ってなんだよ。

「なあ、それもってなんだ」

 男の見下す目が胸糞悪い。その顔に唾でも吹きかけてやりたくなる。

「その金と、お前を売る金。

 今回は、両取りなんだよ」


 裏でよからぬ奴が絡んでいるのかよ。

「俺を生きて、どこの豚に渡すんだよ」

 孤児を買う人種なんざ、昼間は聖人君子って相場決まっているよな。


「そういう輩なら、傷はつけるなというだろ。

 でもな、今回は違うんだよ」


 前の男の言葉に呼応するように後ろの男どもがしゃべり始める。

「お前が想像するような豚野郎に突きつけるなら、残飯あさりのガキを袋詰めにして持っていくさ」

「袋叩きにしていいんだとよ」

「一人で悪さしていると痛い目見るんだよ」

「生きてさえいれば、少々傷物でも構わないとさ」

「人間、一人では生きてけないんだよ、子猫ちゃん」

「こっちも色々してやられているお前に一泡吹かせてやれりたくてな」

「最近、お前。人の縄張りで勝手し過ぎてんだよ」

 

 しゃべり終わる前に先手を打った。

 手にしていた小袋の中身を地面にぶち巻いた。

 地面に落ちた金が転げて、チャリンチャリンと良い音を鳴らす。

 男どもの視線が俺から外れる。

 気を取られた隙は逃さない。

 階段をおりきっていた男の足元を走り抜ける。

 背後をとった時、相手の背中に一発けりをいれた。

 前のめりによろめき、転びそうになる相手の背に「ざまあねえな」と吐き捨てる。

 男たちの獲物に逃げられるあほずらを流し見て、逃げ去ろうとしたその時だった。


 長剣の切っ先が喉元に突き当てらる。

 皮膚をわずかに切った。

 白銀に輝く刃。

 黄金に文様を刻まれた柄。

 簡素な鎧。

 端正な顔立ち。

 冷徹に見つめる双眸。


 静止し身構える俺の背に冷たい汗が湧き出る。

 俺が止まらず、もう一歩出ていたらどうなる。

 剣が喉にぶっ刺さっていただろう。

 それでもいいとでも考えてやがるのか。

 だとしたら、こいつ……やばい。


 追っかけてくる底辺の男どもはドブネズミだ。

 目の前にいるのはどんな優位な立場にあろうとも力の使いどころを間違えない肉食の四足獣。


 長剣をたどり血が一滴ひとしずく垂れていく。


「身寄りのない孤児が必要だ。

 殺すだけしか用のない無価値な者なら、数多いる。

 しかし、いざ生かす価値がある者をさがすとなると該当者は少ない」


 白銀に光る切っ先の先に浮かぶ冷徹な男の顔から眼をそらせない。


「おい」背後から声が飛んできた。「ガキは連れてきただろ。報酬はどうなんだ」


 あいつら頭悪いのか。

 この状況で金なんて。

 逃げるのが先だろ。

 現状のやばさがわからないようじゃ、夜の世界でいつ穴に落ちるか知れたもんじゃねえ。


 長剣を構える男の、もう片方の遊んでいる手が振り上げられたと思うと一瞬で振り下ろされる。

 背後の男が悲鳴をあげた。何を投げたかは知れないが、誰かがケガを負った程度は分かる。


 切っ先を向けられている俺は目をそらせない。

 背後で、バタバタと男たちの逃げていく足音だけ聞いた。


 捕まえることもできずに報酬をもらおうなど、どれだけ愚かなんだ。殺されなかっただけましじゃないか。


「身辺調査から君の素性も知れている。

 逃げれるとは考えないでほしい。

 ルーク・レッドグレイヴ、君が大人しくついて来てくれると期待したい」


 もろ手を挙げた。眉一つ動かさない冷たい容貌が苦々しい。

 俺の素性をどこまで調べ上げたというんだ。 

「聖人君子もここに極めりだな」

 俺に選択肢はない。


今日から第三作品が始まります。

お気に召していただけたら、ブックマークよろしくお願いします。

面白いと思っていただけましたら、評価いただけたら嬉しいです。

48話まで書き終わり予約投稿済み。完結予定となっております。

どうぞよろしくお願いします。

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