冷徹魔女
武生との結婚式まで、あと一月。昨日は、叔母の裕ちゃんに、無理やり呼び出され、お酒に付き合わされたので、今日は二日酔いで、頭がガンガンと痛い。
有給を取って休みたいけど、今月末退社で、有給休暇を使いきって退職すると宣言しているので、今更、有給休暇を変更して下さいとは言い辛く、休めない。
因みに、私は結婚して専業主婦になるのではなく、四月から義父が始める便利屋にて、働く予定。裕ちゃんがオーナー社長で、所長がお義父さんの小さな便利屋事務所。裕ちゃんは平日手伝えないので、実質、義父一人で切り盛りすることになる。けど、それでは心配だからと、私が、事務処理全般を熟す総務部長の取締役として就任する。
でも、本当は、義父のお目付け役。開業して、直ぐには、誰も来ないと思うけど、お義父さんがちゃんとやっているのかを監視して、裕ちゃんに報告するのが、私の仕事。
まあ、義父と二人の職場で、気心はしれているし、給料も待遇も勤務時間も、今の職場よりずっと恵まれているので゛私も快く引き受けた。
それにしても、今日は忙しい。こんな時に限って、雑用仕事が山の様に振って来る。
やはり、今日は休むべきだったと、後悔した。
そして昼休みになり、食堂にいこうとすると、また裕ちゃんから電話が掛かってきた。
「今日は、何?」 少し不愛想に、電話にでた。
「未季、どうしよう。プロポーズされた」
「良かったね。赤い糸で結ばれているんだものね」
義父と叔母は、前世で結ばれていた運命の関係だったとかで、初めて関係を持った時に、二十四時間以上、離れられない呪いを掛けられた。もう二度と離ればなれにならない様にと、前世の二人がしたらしい。二十四時間、身体を触れ合わないでいると、二人とも変になる。裕ちゃんなんて、心拍数が二百を越える程になって、昨年末には、危篤状態で入院する騒ぎまで起きた。
その所為で、二人は同居することになり、私は神谷邸を追い出され、フライングで、武生と新婚生活を送ることになった。
お蔭で、昨晩も武生とセックスしたし、私としては嬉しいけど、裕ちゃんの惚気話を、今は聞きたくないというのが、正直なところ。
「茶化さないで、ちゃんと聞いてよ。昨晩、お祝いにと私から彼の所に行ったの」
ちゃんと裕ちゃんも、セックスしたんだ。酔うとしたくなるのは、皆、同じらしい。
「でも、始めた途端、急にその気がなくなって、彼を突き飛ばして逃げ出しちゃたの。そしたら、私の事を気遣って、今朝、手作りのお弁当を作ってくれて、それにラブレターが入っていた。その最後に『結婚しよう』って書いてあったの」
作家先生は、プロポーズも手紙なのかと呆れたけど、そんな話は聞きたくもない。
「はいはい、それで……」
「それてって、ラブレターでだよ。大学以来。どうしよう」
「で、裕ちゃんは、どうするつもりなの?」
「結婚の申し出をお受けしますなんて、昨日の今日で、絶対に言えないよ。どうしよう」
「でも、答えないとダメでしょう。赤い糸の関係なんだし……」
「赤い糸の事は、もういいの。彼を大好きなのは間違いないし、私の事を一番に思う彼がいる」
「はい。はい。それで……」
「でも、気持ちは決まっていても、昨日の失態があるでしょう。やはり、素直に謝って、お受けしますと、リトライするのがいいのかな?」
「勝手にしてよ。大事なお昼休み、なんだから」
呆れて、電話を切ろうとした時、裕ちゃんが「切らないで」と懇願してきた。
「真剣なの、本当に。でも、プロポーズは言葉で受けたいし……」
もう、付き合っていられない。
「じゃあ、とりあえず何もなかったように無視して、言葉でのプロポーズまで待てば……」
「でも、私のためにラブレターを書いてくれたのよ。主人にも貰ったことないのに」
「勝手にしてよ。今、プロポーズは言葉で受けたいって言ったじゃない」
彼女は、何か暫く黙りこんで、決意したように言った。
「何もなかったように、無視するのが私らしいか」
「そうそう」
「決めた。無視する。そして、何かあったら、あのラブレターを出して朗読してやる」
裕子叔母様は、本当に恐ろしい。