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幸せが集まってくる  作者: 神居 真
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愛の形

 あの待ち会で、磯川さんに初めて会い、昴が「あいつなら全く心配ない」と、夕実を放置していた理由が良く分った。あんな素敵な旦那さんなら、彼女は幸せで一杯。大輔ちゃんも、祐輔ちゃんも、可愛いし、確かに何も心配いらず、私の杞憂だった。

 そして、あの日から、私の心は、今までないほど、幸せに満たされていった。


 でも、それは、先週、三月二十一日の朝までのこと。明日の入籍に向け、婚姻届に彼のサインを求めに言ったら、「今、忙しいんだ。書いとくから、そこに置いといて」なんて言って来た。

 その後、承認欄の署名を頼みに行かなきゃならないと説明しても、『文藝賞』の為の原稿を書き直していて、無視してきた。

 夢中になると、何も聞こえなくなる程の集中をする人だと分っているけど、その前日の夜も、便利屋『昴』の事で喧嘩したばかりだったので、つい頭に来て「婚約破棄です。肉体関係も一切なし。単なる親戚としてつきあわせて頂きます」と、怒鳴つてしまった。

 だから、武生と未季に承認のサインを貰ってからも、未だに区役所にも行かず、入籍せずじまい。婚約も破棄し、指輪もケースに仕舞ってある。


 その事で、今はまた少し前の時点に逆戻り……、と言いたいけど、何故か、今は幸せを感じている自分がいる。

 あんな最低な男なのに、冷静になった今は、どうしようもなく私は彼が好き。

 だから、最近は、ずっと、愛って何だろうと考えている。


 今までは、徹真との経験から、愛とは、与えるものでも、奪うものでもなく、ギブ&テイクと思っていた。でも、昴と過ごす内に違うんじゃないかと思い始めた。

 昴の事は大好きだし、工学分野に関しては凄い人と思っている。けど、徹真との時の様な接し方とは明らかに違っている。

 一生懸命に尽して上げたいとか、彼の技術力を吸収したいとかは全く思わない。

 余りにも私と違い過ぎるからかもしれないけど、少なくとも徹真の時とは違う。

 その最たるものが喧嘩。まぁ、半分以上は、詰り合いと貶し合いの泥喧嘩だけど、残りは互いに頑固で考え方が平行線であるが故の喧嘩。彼の哲学論の『対等な関係にある恋人同士なら、互いに斯有るべきと期待して喧嘩になる』と言うあれ。

 昴と私は対極の存在で、考え方も言動もまるで違う。それでも、互いの良さを理解しあっていて、尊重はしている。けど、つい、こう有って欲しいと理想を求め、意見の相違から衝突が起きる。しかも、互いに頑固で譲らないから、だんだんと口調が激しくなって、喧嘩に変わる。

 喧嘩の後は、私の心は、怒りと不満で一杯で、もうあんな分からず屋の顔も見たくないといつも思う。でも不思議なもので、その心の怒りや不満をエネルギーとして、私の中に、今までに無かった別の何かが生まれてくる。

 時には数日かかる時もあるけど、大抵はその翌日、不思議と私の中の彼への思いが膨らんでいる。喧嘩の度に、どんどん好きになって、私も人間として、より寛容で逞しい存在になっていると後で気づく。

 哲学で言う止揚『アウフヘーベン』と言う状態。


 昨日、漸く原稿の投稿を済ませ、「この間は御免。明日、入籍しないか?」と、昴が謝罪してきた。

「入籍は当分しません」と、冷たく応えたけど、その疑問だけは、彼にぶつけて見た。

 すると、いつもの様に長い持論の哲学論を語ってくれた。

「愛にはいろいろな形が合って、トルストイも、有島武雄も、君のギブ&テイクも、みんな正しい愛の表現だと思う。でも、自分にとっての愛は、今の君が感じている感覚で、私はそれを『愛は錬金術』と呼んでいる」

 なにが『愛は錬金術』よと思ったけど、相手を思いやり、良かれと意見をぶつけ合う衝突は、互いを成長させる化学変化を起こし、高尚な別の何かに昇華させていく。

 そう言う事は、確かにあると思う。私が以前の私とは随分と違ってきたのは確かだし、昴の事もどんどん好きになっているのは、間違いないから。


 私達の結婚がいつになるは、分らないけど、昴は私にとって、とても大切な人で、私を成長させてくれる。それに、彼のプロポーズの言葉の通り、私を喜ばせたり、悲しませたりして、心のページをどんどん埋め尽くしていく。既に何枚も、昴との思い出のページはできているけど、これからも、どんどん彼との思い出が増え続けていく予感がする。

 私は、そう考えただけで、心が幸せで満たされていくのを感じていた。

                                 (了)



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