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幸せが集まってくる  作者: 神居 真
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複雑な女心

熟年カップル『昴と裕子の物語』から抜粋した短編小説


 会社からの帰り道、車を運転しながら、私はどうやって、神野じんのすばるに謝ろうかと悩んでいた。

 昨晩も、彼と大喧嘩してしまった。昴を見ていると、なぜかイライラして来て、直ぐに喧嘩をしてしまう。

 昨日は、私が提案した便利屋の仕事に、昴も漸く前向きに考えてくれるようになったので、どういう営業をするつもりなのかと訊いた。すると、「一律五万円に決めた」なんて言って来た。想い出の品を修理すると言っても、便利屋ごときに五万円も払う人がどこにいる。彼の余りに能天気振りに、私が説教を始め、結局、言い合いの喧嘩になってしまった。

 冷静になって思えば、彼の言い分も尤もで、納得できる価格設定の気もするのに、相手が昴だと、話をよく聞かずに、つい私の意見を押付けて、喧嘩してしまう。

 それは、もしかして、欲求不満の所為? そう言えは、ギックリ腰が治った直後にしてから、もう二週間以上も経っている。私の五十八歳の誕生日までも、まだ日がある。

 そんな事を考えたら、アソコがズキズキと疼き出して来た。

 昴とは、まだたった三回しかしてないけど、する度にどんどん性欲が強くなっていく。それで、欲求不満になり、喧嘩したのだとすると、私は最低だ。

 彼といると、どんどん自分が情けない女になって行く気がする。

 でも、イライラするのは、欲求不満ではないと信じたい。そうだ、きっと、私の心が、幸せに満たされてない所為に違いない。

 あの運命の赤い糸も、彼とのセックスの事も、この際、横に置いといて、自分の気持ちを整理してみよう。

 私は、彼と前世で結ばれていたと知ってから、自分の気持ちに疑問を抱き、このままこんな馬鹿な男と一緒なっていのかと悩み続けた。けどそれも、クリスマスの日に、からくりオルゴールを修理してくれた件で、私は彼を心から愛していると確信した。今は、彼に自分の心を完全に解放できるようになっている。

 彼の方もそう。常々、私を溺愛している行動ばかりするのに、屈折して理屈屋な性格から、私を欲しいと言う欲求から、好きと誤解しているのでは、悩んでいた。それも、ギックリ腰事件で、自分の隠れていた気持ちに気付き、今は、私を心の底から愛していると確信している。

 互いに愛し合い、将来を共に生きると決めている。それなのに、昔の程、幸せに包まれているという満足感が得られない。

 どうしてだろう。もしかして、関係してから二ヶ月が経つのに、プロポーズしてくれないから? それとも、昴が私を構ってくれないから?

 最近の彼は、『カシオペア』の改良に夢中で、帰宅しても夕食の準備すらしてないし、二人で話す時間も、殆ど取ってくれない。

 自称小説家で、一日中家にいるくせに、家事もおろそかにし、私を大事にもしない。

 だから、イライラして、喧嘩ばかりしてしまう。そうに違いない。


 そんな事を考えていると、石神井公園の我が家の傍まで着いてしまった。

 新青梅街道を右折して、更に路地を曲がって、家の傍まで来ると、まだところどころ、黒ずんだ雪が残っていた。

 それを見て、昴は、今日もカシオペア二号機の製作に夢中で、夕食の準備もしてないのかなと、考えてしまった。いけない、いけない。

 昴は子供で、夢中になると、それしか見えなくなるので、仕方がないのに、そんな事も許せなく思ってしまう。

 因みに、『カシオペア』とは、昴がぎっくり腰になった原因の雪搔きから発案した除雪マシン。先週の大雪で大活躍し、ご近所の皆さんからも、大好評を博した。

 十分に優秀なマシンなのに、問題を発見し、改良点が見つかったとかで、必死にその改良に取り込んでいる。今は二月八日で、おそらくもう出番はない筈なのに……。


 車を自宅の駐車場に停め、「只今」と玄関を開けると、エプロン姿の昴が急いでやってきた。カシオペア二号機に掛り切りだと思っていたのに、ちゃんと夕食の準備をしていたらしい。

「やった。やったよ、裕子ゆうこ

 彼はお帰りなさいも言わないで、いきなり抱きついてきた。

「完成したの?」

「違う、違う。小説。講英社の『フロンティア文芸大賞』の最終選考に残ったって、さっき、講英社の担当者から電話を貰った」

 『フロンティア文芸大賞』というのは聞いたことがないけど、大賞というくらいだから、講英社の大きな賞なのだろう。どの程度の狭き門かは知らないけど、これは仲直りのチャンス。

「すごいじゃない。最終選考って何人?」

「分らない。調べるから、ちょっとこっちに来て」

 私は彼の部屋についていった。

 彼は、自分のノートPCを開いて、『フロンティア文芸大賞』を検索した。

「今年の応募作品数は九百五十三。去年の最終選考は……」

 彼が開いたページには、昨年度の最終結果発表があった。三作品の名前と作者名があるので、最終選考者は、三人ということらしい。

 因みに、昨年度は、大賞受賞作はなく、奨励賞が一人という厳しい結果だった。

 彼もいつかは、新人賞を取ると信じていたけど、既に、小説家志望の千人近い応募者の中で、優秀な三人として残っていた。

 それなら、便利屋の仕事は、不要だったかなと、反省しつつ、彼の最終選考選出を喜んだ。でも同時に、今迄、一言も話してくれなかった事に、寂しさを感じていた。

「どうして今まで何も教えてくれなかったの?」

「いや、ちょっと、ドタバタしていて……」

「ドタバタって? 今迄の予選発表はいつだったの?」

「二次は一月十二日。一次は十二月十日」

 確かに、二回ともドタバタしていた。一次発表の日は、あの運命の定により、私が心不全を起こし退院した日だし、二次発表の日は、大雪で彼がぎっくり腰を起こした日だ。

 確かに、予選通過を素直に喜べる状態でなかった。けど、それでも、その後にでも、それとなくでも教えてくれればいい。少なくとも私は一次選考突破であっても、彼と一緒に喜びたかった。第二次選考突破なら、なおさらだ。

「いつ応募したどんな作品なの?」

「去年の八月締切。内容は定年退職した男の……。あとで投稿原稿をメールでおくるよ」

 彼はそう言って、話そうとしなかった。

 八月末なら、丁度付き合い始めた頃。まだそれ程親密ではなかったので、話してくれなくても、不自然じゃない。でも、やはり水臭いと思ってしまう。

 この際、全ての投稿を聞いておこうと問い質すと、他の応募作は、全て一次予選落ちなのだとか。やはり、昴の小説家としての実力は、まだまだというところらしい。

 それでも、千近い応募作の中から、百作品、二十二作品を勝ち抜いて、最終三作品にまで残ったのは、素直に褒めてあげたい。

「ねぇ、夕食の準備は、もう終わってるの?」

「いや、実は、さっき作り始めたばかりなんだ」

「なら、今日は、最終予選突破の祝賀会をしましょう」

 そう言う事で、私は、直ぐに姪の未季みきに電話を掛けて、事情を説明し、武生たけお君も、連れて来る様にと、命じた。

 未季は、去年末までの五年半、私と一緒に生活していた姪っ子。少し打算がすぎるけど、明るく元気で、私が親の様に面倒を見てきた娘の様な子。

 そして、武生君は未季の婚約者で、昴の長男。

 二人の結婚式は、今年の三月だけど、既に一緒に生活している。


 そして次は、夕実さんに連絡した。

 夕実さんは、昴の長女で、少し暗い印象があり、私は常々、ノイローゼになるんじゃないかと気に掛けている。磯川さんという刑事さんの所に嫁いで、去年、二人目の子供を出産した。家は浦和なので、簡単には会いに行けないし、旦那は忙しい上、実家にも頼れず、たった一人で、二人の子供を育てている。

 だから、たまには気晴らしに出て来て欲しかったけど、やはり、丁重に断られてしまった。

 私の娘になる子なので、一度、直接会って、ゆっくり話したいけど、止むを得ない。


 結局、私は初めて昴と話した池袋のフランス料理店に、八時から四人で予約を入れた。


 出発時間までは、少し時間が有ったので、それまで彼の小説でも読もうと、自室でPCを立ち上げた。でも、昴からのメールは、まだ送られてきていなかった。

 仕方なく、もう一度、『フロンティア文芸大賞』を調べる事にした。

 やはり見間違いではなく、『一月の第二次選考に選ばれた二十二作品Web公開中』とあった。感想点を集めて、参考にする形式らしい。正式な最終選考発表は三日後なので、まだ公開したままになっている。

 早速、その頁を開くと、全文公開ではなく、途中までしか公開されていないと分った。

 どんでん返しの妙のある作品もある筈で、全文読まないと内容評価はできないけど、途中まででもと、昴の作品を読もうと、彼の筆名の作品を探した。

 神威かむい誠『彷徨の果て』。これが彼の小説で、作品概要もついていた。

『定年後、愛妻百合と第二の人生を歩もうと決めた矢先、交通事故で妻を無くしてしまう勇次。生きがいを亡くし、絶望して一人旅に出た。その最後の地として東尋坊に出向いたが、そこで、妻とそっくりの美優と出会う。彼女もまた人生に絶望し、自殺しようとしていた。勇次は、せめて百合そっくりな彼女だけでも、なんとか救おうと決意する。

 彼女は、四つの問題を抱えていた。スナック立退き問題、実の息子との不和、サラ金問題、そして、膵臓癌。三つまでは何とか片づけた勇次だが、余命半年の膵臓がんは何ともならない。それでも、最後の瞬間まで、彼女に付き添い、彼女の死を看取る。

 勇次は、そんな美優に、百合を重ね、彼女の最後の願いを妻の遺言だとして、強く生きて行こうと決意する』

 昴も、二年前に、交通事故で奥様を無くし、人生に絶望していた時期がある。この作品は、恐らく昴の奥さんへの思いを綴ったもの。だから私に内容を話そうとしなかった。

 そんなこと、気にする必要ないのにと、私は、本文を開いて、読み始めた。

 でも、読み進めるうちに、どんどん気分が沈んでいく。その文章には、亡き智子さんへの熱い愛情が溢れている。

 結局、公開されている範囲すら読み終わらない内に、時間が来て、私達は電車で、池袋へと向かう事になった。



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