陽だまり
市バスはゆっくり坂道を下って行った。太陽の光が窓から差し込み、バスのシートに座っている膝の上に陽だまりを作っていた。
男に振られた。十年、尽くしてきたつもりだ。相手には奥さんがいた。いつも男はもうすぐ別れると言った。騙されているのは分かっていた。中年女が一人、ただ不倫をしただけかもしれない。
バスが少し揺れた。私の頬に熱いものがつたわる。やがて、涙はポロポロと、とめどなく溢れだした。とても周りの目が気になった。窓側の隣に座っていた私より少しばかり年が上に見える男は目をつぶって居眠りをしているようだった。泣いているのを誰にも気づかれたくないと思った。
バスが次の停留所の名を告げる。隣の男は首を回し、小さく息を吐いた。目が覚めたようだった。この男にもおそらく家族があるのだろうと思った。男は停車ボタンを押し、私の肩に自分の肩が触れないように、窓際に体を寄せた。
泣いてはいけない。私は自分に言い聞かす。
バスが停留所に留まり、男がすいませんと言った。私はシートから立ち上がった。男が脇を通り過ぎようとした時、ポツリと言った。
「もう、春だな」確かにそう言った。
私はぼんやり男の背中を見た。下を向くと、さっきより大きい陽だまりがそこにはあった。
了
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