テンポよく進む茶番
僕は今日はここ一年にないくらい、ご機嫌だった。
待ち合わせ場所にいくら待っても幼馴染の優音が来なくたってご機嫌。
学校に着いて、優音に話しかけようとしてなんか無視されたけど、ご機嫌。
流石に変だと思ったのは、昼休みだった。
「優音ちゃんの分も作ってあげたから分けてあげて〜」
そう言って多めの卵焼きを作ってくれた母親から預かった、卵焼きとその他おかず少しの入ったタッパーを優音に渡そうとした時のことである。
「はい、ありがと。あ、必要以上に言葉発しないで。あと向こう行っといて」
「……」
どこかわざとらしいところが気になるところだけど、どうやら、優音は僕と関わりたくないようだ。
もともと僕と優音は仲良い幼馴染って感じだったのに、なんでだろう。まあいいか。今日は朝からいいことがあったのだ。こんなことで落ち込む必要はない。
僕はにやにやしながらスマホを眺め、一人で弁当を食べ、昼休みを過ごした。
放課後。
僕は部活に向かった。
小説執筆部である。
文芸部から派生した、詩とか評論ではなく、小説のみを書く部活だ。といってもそれは文芸部の全盛期に派生したものであり、今は文芸部、小説執筆部共に過疎部活。
来年は、合体する予定である。
そんな小説執筆部に所属するのは、僕と後輩の藍。
しかし、今日部室に入ると……。
『小説執筆部をやめて、今日から文芸部に入ることにしました。藍』
そんな置き手紙が。
な、なんでだ……。
この前なんて、
「私は別に、文芸部と合体しなくても、先輩と二人でここにいれるなら、結構楽しいんですよ?」
とか言われてすごくドキドキしたっていうのに。
どうして裏切られてしまったんだ。
僕は何かがおかしいと思いつつも、とりあえずいつも通り、部室の椅子に座った。
すると、こんこんこんこんこんとやかましめのノックの音が。
「はいはい誰ですか……ってえ、か、金井戸さん……」
「そうだけど」
「あ、そうだよね。で、なんの御用で……」
「いえ、優音と藍ちゃんがあなたの悪口をすごい言ってくるもんだから、どうしたのかと思って」
「ええ、まじですか」
金井戸さんはクラスの中でも美少女扱いで、僕とはクラスではあまり話さない。
けど、優音とは仲良い友達だし、藍とはご近所さんで親しいみたいだ。
なので優音と幼馴染で藍の部活の先輩である僕は、幼馴染や藍がいる場では、話すことがよくある。
その金井戸さんに、僕の悪口を二人とも言ってるって相当だな。
なんでそんなに嫌われてしまったんだ僕は。
「……なんだか寂しそうね、あなた」
「まあ……」
ここまで来ると、今朝のご機嫌さも打ち消されてしまっている。
「ねえ、でもこの状況は、私にとってすごくうれしい感じなのね」
「え、なんで?」
「……付き合わない? 私たち」
「……え?」
待った待った待った待った待った待った。
いきなりだな……。
「たぶん、私たちが付き合えば、あの二人は後悔すると思うし、その流れで二人をざまぁすれば?」
「おい……」
僕は流石に気づいた。
これは、三人で結託して僕を困らせようとしている罠だ。
どう答えるのが正解かはわからない。
だから言うとしたらただ一つ。
「三人で、何を企んでいるんだ?」
僕の言葉を聞くと、金井戸さんはものすごく笑っていた。
「……茶番だと言うことには気づいたのね」
「気づくよ。こんなくだらないの」
僕はため息をついた。騙されかけたけど、まあそんな一日に色々起こるわけがない。
「ねえ、あなたでもさ、今朝からご機嫌だったよね?」
「ま、まあ……」
う、うそだろ。金井戸は、僕が朝からご機嫌だった理由を知っていると言うのか。
てことは、優音と藍も……。
「それって、この小説が、日間ランキング入りしたからよね?」
「お、おい、えええええ……」
「はっきり言って甘いわね。文章の癖があなただと藍ちゃんはすぐにわかったし、幼馴染ヒロインとの登校の経路は、優音との登校そのままらしいじゃないの。それに、ペンネームだってあなたの名前をひらがなにしただけでしょ?」
「……そうだな」
僕は頭を抱えた。
僕が小説家になろうに投稿しているのがバレるのはまあいいよもう。
そもそも小説執筆部に入っているのだ。
それは別に誰も驚くことではない。
しかし……この状況から察するに……。
「二人が怒ってるのは、ほんとってこと……?」
「ええ、もちろん。だって、私たちが今までやったくだらない茶番。それをほとんどそのまま、あなたは文字列にしただけでしょう?」
「……その通りだ。言い訳はできないな」
僕は自分の投稿した小説が読まれないことに耐えられなくなり、ついに、読まれたいと思って読んでくれそうな作品を投稿したのだ。
内容は、クラスの美少女と付き合い、裏切った幼馴染と後輩をざまぁする話だ。
「あのね、そもそも、ざまぁをちゃんと書いてる人は書いてるのね。でもあなたは書いてない。大体なろうの読者さんは優しいから、ランキング載って評価人数が増えたら、低くても平均評価は星4はちゃんと超えるものよ。でもあなたのは、星3台じゃないの」
「……うう、たしかに。ていうか金井戸なろうに詳しいんだな。なろう読むの普段?」
「は? 私はこういうの読む暇あったら洋書とか読むわね。読んだことないわよ」
ほんとかなあ。
いやしかし、金井戸がなろうユーザーかどうかは置いておこう。
とにかく僕は、幼馴染と後輩をざまぁする小説を投稿して、喜びを覚えてしまったのだ。優音と藍からしたら、いい気持ちはしないだろう。
「ごめん……。とにかく、この小説は、僕が、なろうで読まれたいが為に、焦って投稿したものなんだ。これより前に投稿したやつが、全然読まれなくてさ」
「なるほどね、じゃあまずそれを優音と藍ちゃんに話さないとね」
「わかった、そうだな」
僕は金井戸に頷いた。
そしてそれから、優音と藍に謝りに行って、読まれたいが為にああいった話を投稿してしまったことを僕は説明した。
二人ともそこまで怒ってなくて、許してもらえてよかった。
でもしかし、そもそもどうして僕の小説は見つかったのだろうか。僕の小説を見て僕が書いたなとはわかるのかもしれないけど。
三人のうち誰が最初に、そもそもどうして僕の小説を目にしたのかは気になるところだ。
その日の夜。僕は、例の幼馴染と後輩をざまぁする小説を非開示設定にしながら、そう考えていた。
ふと、小説家になろうトップページを見ると、ユーザー登録者数、2003007人の文字が。
二百万か……。たしかに、身近な誰かが見ていてもおかしくないのかもな。
僕は納得した。
だって二百万って多いもんな。うん。
だから僕はそのまま納得してその日はぐっすり寝たし、その後しばらくは、なろうには投稿せず、ちゃんと自分が書きたい話を丁寧に書いたりしていた。
そんな僕はある日気づいた。
僕が読まれない読まれないと嘆いていた小説。
その小説に唯一、感想を書いてくれた人のユーザ名が……僕の知っているあの人の名前をひらがなにしただけだったということに。
お読みいただきありがとうございます。
この後、優音、藍、金井戸さんの三人について、それぞれの人が感想を書いていた場合の続きをあげます。
もしよければお読みいただけたら幸いです。