口が悪いだけ、その本質はただのツンデレである。
「それじゃあ、母さん。行ってきます!」
「行ってきます!」
「はーい。湊もらぎちゃんも気を付けて行くのよ〜? 青信号だからって油断しないこと。事故に遭ったら直ぐに救急車を呼ぶこと。轢かれたらちゃんと受身を取ること。北枕には注意すること。いい? 勝手に異世界転生しちゃダメよ〜? 轢かれそうな子を助けようとしても、貴方達のフィジカルじゃ、突き飛ばすことなんてできないんだからね〜?」
「分かったよ、母さん。 もう行くから!」
僕は半ば無理やりに玄関を閉めて通学路を往く。
母さんは、とても優しい。僕達を心配してくれる母親の鑑のような人。
母親の鑑のような人だ……けども、ちょっと恥ずかしいので、あんまり心配し過ぎないで欲しい。
母さんは姉と父が海外に行ってから、余計過保護になった。
「おばさん、凄い心配症」
「ほんとだよな。むしろ母さんの発言がフラグになってないか心配なくらいだよ」
僕はやれやれと首を竦めて歩き始める。
気持ちの良い朝だ。
僕はぐぅーっと伸びをすると、隣から柊がするりと腕を絡めてきた。
肘に柊の胸が当たり、僕はバッと腕を払う。
「湊にぃ?」
「ご、ごめん」
僕は捨てられた子犬のような目をした柊に詫びを入れる。
柊に触れた瞬間、昨日の朝のことがフラッシュバックしたのだ。ピーラーいとこわし。
「お姉ちゃんと、何かあった?」
「がくがく。ぶるぶる」
「……湊にぃが壊れた」
「こわいよぉ。こわいよぉ。おっぱいがこわいよぉ」
僕は狼に迫られた子鹿のように震える。
「ふーん。えいっ」
「ひえぇ〜」
再び身を寄せてきた柊にビビった僕は思わず情けない悲鳴をあげてしまう。
ジリジリとにじり寄ってくる柊に追い詰められた、その時! 僕達の前に救世主が現れる。
「……アンタら家の前で何してるわけ?」
否、死神だった。
艶やかな黒髪を靡かせた桜はまるで僕を汚物でも見るかのような目で睨むと、はぁっとため息を吐いた。
「ら、らぎちゃんが悪いと思います!」
「湊にぃ、年下の女の子を盾にした……」
悪いけど、危ない目に遭うくらいなら幾らでも僕は柊を盾にするつもりだ。
何故か桜は、柊に対してめちゃくちゃ甘いからな。
ほんと、仲の良い姉妹だよ。
「別に何でもいいけれど、家の前で騒がないで。恥ずかしくてしょうがないわ」
至極真っ当な意見過ぎて、何も言い返せない。
桜は再び深いため息を吐くと踵を返す。
もう僕達に用なんてないと言うかのように、ずいずいと進んでいく。
「っなぁ、桜。今日はどうせだし、一緒に登校しないか?」
「嫌よ」
……僕の必死のお誘いは三文字で返された。
「アンタ達、普段からピーチクパーチク騒いで登校してるんでしょ? 一緒だと思われるのだけは絶対イヤ! それに入学式の日の事、忘れたの? またアンタの呪いにかかっても困るわ」
強い拒絶だった。
呪い、か。確かにそんなこともあった。
僕は入学式の日だけ、桜も一緒に登校したのだけれど、その日、桜は登校中に3回も転び、電柱や壁に頭をぶつけたりと大変だった。
「あれは、入学式で緊張してたからじゃないのか?」
「はっ。入学式如きで緊張なんてするわけがないじゃない。例え向かう先が地獄だとしても、私は優雅に歩みを進めるわ。あの日の失態は全部、アンタのせいよ!」
僕の呪い……か。
「お姉ちゃん、湊にぃが一緒だとドキドキし過ぎて涙目になる。視界が霞んで危ない」
「はっはっはっ。桜に限ってまさかそんな訳……おい、今すぐそのチェーン式ワイヤーロックをしまうんだ!」
顔を真っ赤に染めて、くらくらと目を泳がせた桜はヌンチャクのようにワイヤーロックを振り回して近付いてくる。
──やばい、やばい、やばい
完全に気が動転している。
「こっ、ここで死んでもらうしかないわ!」
「ま、待てよ。そうだ! 3人で手を繋いで歩こう! そしたら、どんなに呪われてても、転んだりしないんじゃないかな!?」
苦し紛れに出てきた僕の言葉はなんの説得力もないお粗末なのものだった。
こんな言葉で桜が機嫌を直してくれるなら、普段から苦労したりしない。
「……っあれ──?」
何故か桜はピタッと止まって髪の毛を弄っていた。
「っ、そ、それはアンタと私が手を繋いで登校するってこと?」
「う、うん。そうだけど……嫌なら、その……」
「恋人みたいに、指を絡ませて、お互いの息遣いが伝わる距離で仲良く、仲良く、仲良ーく、歩くってこと?」
「いやそこまで言ってな──そういう事です」
相変わらず、桜の脳内クラウド超変換は順調らしい。
Sim○jiだってそこまでの大変換は見せねぇよ。
「はぁ。仕方ないわね。アンタがどうしてもって言うから、今回は仕方なくよ」
桜はスカートをさわさわとしてから手を差し出した。
手汗でも気にしているのだろうか。
「可愛いとこも、あるんだなぁ……」
「誰が可愛いって?」
ずいっと、顔を寄せてくる桜。
ふわりとシャンプーのいい匂いがした。
「桜だよ」
「そ、そうかしら。でも、幾ら私が可愛いからって、令和の小野小町は言い過ぎよ」
いや、そこまで言ってないけどね。
僕は小さくて華奢な桜の手を優しく握った。
本日2話目の投稿です!
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