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エンディング1



「今すぐ来いなんて、随分と乱暴な呼び方してくれるわね」


「思い立ったら即行動が僕の理念なんだよ、できれば大目に見て欲しいな」


 何せ僕だってさっきまで柊と話していたところだ。特に支度もせずに、桜を呼び出してしまった。


 大きな雲の流れる夏日。太陽はまだ高いが、普段よりは涼し気だ。


 白いワンピース姿の桜は腕を組んで目を細めた。

 急に呼び出したせいか、些か不機嫌な桜である。

 それでもこうして応じてくれる辺り、彼女らしいと言うべきか。


「で? どうしてわざわざ中学校なんかに呼び出したのよ。ここに何か用でもあるわけ?」


「いや別に。ないけど」


「アンタねぇ……」

 

 ああ、やばい、これは怒られるやつだ。

 危機を悟った僕は先制して言葉を紡ぐことにする。

 彼女はこう見えて、人の話をよく聞く人だから、同時に話し始めたときなんかは、ほぼ確実に引いてくれるのだ。


「中学校時代のこと、桜はどれくらい覚えてる?」


「本当になんなのよ。……別に、特に覚えてないわ。途中で転校したし、いい思い出も、そんなになかったしね」


 ため息混じりに、校舎を見上げながら桜は言う。

 当時イジメを受けていた彼女にとっては、思い出したくもない場所なのかもしれない。

 

「そっか。桜は学校、嫌いだったか?」


「べつに嫌いではなかったわ」


「……。」


「今更隠すつもりもないから普通に言うけど。私はずっと湊のこと好きだったのよ。イジメに遭っていたこと自体は辛かったけれどね、それでも良かったのよ。毎日湊と学校に行って、毎日湊と家に帰る。それだけで、本当に」


 よかったんだ、なんて。

 茶化すわけでもなく。

 当たり前のように、彼女は──言う。

 学校に思い出はなくとも、私たちの思い出はたくさんあったのだ、と。


 だけど。

 彼女の言葉が本心で、すべて真実なのだとすれば、やはり僕たちはとっくの昔からすれ違っていたのだろう。


 だって僕は──


「僕は中学校が大嫌いだった」


 僕も()()桜に恋してた。

 子供なりに、未熟なりに、彼女に恋をしてたんだ。

 

「桜を泣かすクラスメイトが嫌いで、何もしてくれない先生が嫌いで、イジメの原因の一部である、自分自身が大嫌いだった」


 好きな人を傷付けるあの空間が、僕は大嫌いだったんだ。


「……知ってたわ。湊が私を想ってくれていたことも。私の弱さが湊に傷をつけていたことも」


 やはりというか。

 桜は知っていた。僕を知っていた。

 だけど別に、傷付いたとは思ってなかったと思う。

 僕は桜の力になれることを誇らしく感じてたはずだから。


()()湊は私にぞっこんラブだったものね」


「なんだそのダサい表現は……」


 安っぽいというか、アホっぽい。どっかのバカップルみたいだ。


 恥ずかしさ半分。照れ隠し半分。

 そのお粗末な表現について深く追求しようと思ったのだが、そんな僕の思考を桜は「変わりたいって思ったの」と、遮った。どこか浮かぬ顔で、遮った。


「湊の重荷にはなりたくなかった。……でも今にして思えば、変わりたなんて気持はそんなにいいものでもなかったのかもしれない」


「……そういうもんか?」


「ええ。だって、変わりたいって想いは、今の自分を捨てる行為でしょ? そのときの自分を想ってくれた誰かの気持ちでさえも、置き去りにしてしまうわ」


 たしかに。

 それは桜の言う通りかもしれない。

 いや、断定すべきか。

 だって僕は桜の変化を望んではいなかったのだから。


 毒舌孤高。強気になった彼女に、僕はかつて「失望」のような気持ちを抱いた。

 しかし、それでも、彼女の人生はたしかに好転したのだ。僕が否定した彼女の変化は、彼女自身を救っていた。

 

 だから僕が昔の桜の方がよかっただなんて思う気持ちは、彼女に対する裏切りだ。

 傷を負う彼女との日々をあんなにも苦々しく思っていながら、実際はそれを望んでいるようなものなのだから。

 ……本当に、皮肉が過ぎる。


「……笑えねえな」


「そうよ。笑えないのよ。考え出すと、何もかもがどうしようもないくらいに歪むの。だからこそ、感情は理屈ではないのでしょうね」


 感情は矛盾を産み、そして矛盾を解く。

 何だか、哲学的な話だな。

 正直、僕はこういう話が苦手だ。


「考え過ぎ、か……」


 先程らぎちゃんに言われたことを思い出す。

 たしかに、僕は大人になったのだろう。

 大人になるということは、責任が伴うこと、失敗ができなくなるということ。

 挑戦を失い、感情よりも理性を優先するようになる。


 それはつまり──


「なあ桜、僕は臆病になったのかな」


「そうね、私はそう思うわ」


「だよなあ」


 僕が桜との対立に怯えさえしなければ、もっと早く関係の修復だってできたはずだ。

 1年を越える彼女とのすれ違いも、僕が一言、彼女に対して、本音を告げれば終わっていたことなのだ。


「はあ。まったくもってくだらねぇ」


 くだらない。

 あまりにくだらない。

 ありのままに接していれば、きっと僕たちは今頃──


「最後にひとつ訊きたい。桜は僕の何処が好きなんだ?」


 変わってしまったと言うのなら、僕もそうだ。

 桜の盾として彼女を守ろうとしていたかつての僕は、こんなにも臆病な人間に成り下がった。

 それでも桜が僕を好きだと言ってくれる理由を知りたい。


「似たようなことをこの前まさきたちにも聞かれたわ。──そしてその回答は今も変わらない。好きだから好きなのよ。貴方が隅田湊である限り、見た目が変わっても性格が変わっても、私の気持ちは変わらないわ」


「そっか。ありがとう」


 こんな僕を好きで居続けてくれて。

 僕のために変わろうとまでしてくれた。

 こんな最高な幼馴染、他にいねぇよな。

 

「だけどさ桜。今の僕は、お前に恋してないみたいなんだ。だから桜が僕に抱いてくれている感情と同じだけのものを返すことはできない」


「……そう。まあ、当然ね」


 はっきりと告げた僕の言葉に、彼女は少しだけ眉を下げた。改めた拒絶の言葉に傷ついたのかもしれない。ただ、僕は今日、本心をすべて伝えると決めたのだ。


 だから、これは避けては通れない道である。

 そして、これから話すことはもっと大切なこと。


「でもさ。僕も桜のこと、好きだよ」


 そう。好きだ。好きなのだ。

 僕は桃原桜が好きなのである。


「やめてよ! なんの冗談? 今恋してないって言ったばっかりじゃない!」


 桜が吼える。

 その瞳に映るのは微かな怒り。

 だけどさ、桜。僕が大事な場面で嘘をついたことなんて、これまで一回もないだろ?


()は、桜が、好きだ」


「嘘。……そんなの嘘よ。都合が、良過ぎる……」


 今度は彼女の肩を掴み、目を合わせて言う。

 それでも桜は、何かを恐れているように、頑なに俺の言葉を否定した。


「確かに、もう昔みたいにドキドキしたり感情が揺さぶられたりはしないんだけどさ」


 それでも好きだって気持ちは嘘じゃない。

 

「というか、もうお前しか考えらんねぇよ。多分初めて出会ったあの日から、他に選択肢なんてなかったと思う。俺には桜しかいない。桜しか見えない」


「……なによそれ。だって私は──」


「もういいんだよ桜。俺の中で答えは出た。お前がどんなに自罰的になったって、俺は変わらねぇよ」


 好きだからこそ、傷ついた。失恋した。苦しんだ。

 

 でもさ。

 桜と再会して、変わった彼女に会って。

 恋から覚めた俺が感じたのは寂しさだった。

 喪失感とでもいうのだろうか。

 彼女の言葉にはたしかに傷ついたけど、一番堪えたのはやはり、自分が彼女にとって必要のない存在だと思ってしまったがゆえだろう。


 だからこそ思う。

 桜が隣にいてくれるこの日常が当たり前であって欲しいと。これからはずっと続いて欲しいと。


 この気持ちは恋なんかじゃなくて。

 もしかしたら独占欲的な何かなのかもしれない。

 それでも、もし桜が僕を受け入れてくれると言うのなら──


「おっきくなったら、結婚しよう!」


 人生で初めての告白は、あまりにも本音過ぎる格好のつかないものだったけれど。

 それもこれも実に俺らしい。


「……いいの?」


 桜は顔を伏せ声を震わせた。


「ああ」


「嘘とか、なしだからね?」


「ああ」


「絶対? いちまんぱーせんと?」


「ああ」

 

「……そう。でも、まずは恋人を経由しなさいよ、このもやしっ子パロパロザウルス」


 やはり彼女の暴言とは心に響くな。

 胸に飛び込んできた桜を抱きしめた俺の瞳からも雫が落ちる。


 涙や鼻水でぐしゃぐしゃの彼女の顔は笑ってしまうくらいに汚くて、どこか懐かしく感じた。



ここまでお付き合い頂きありがとうございました。

今回のお話はエンディング1とさせて頂きました。


本作品はエンディングを2つに分ける予定です。

エンディング2の方は湊が部屋を出ていったあとの柊視点で書かれたお話になります。


エンディング1ではハッピーエンドという形になりましたので、ここで読み止めて頂いても問題はありません。エンディング2を読むかはお任せいたします。

投稿は明日の午前0時か、正午12時になると思います。

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