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 ひと通り遊び尽くした湊たちは、海を出て宿へと向かった。

 潮の香りが届く日本屋敷の宿。温泉に浸かった朱里は昼間から気になっている事を桜に聞いてみることにした。


「あの桃原さん。今日の隅田くん、ちょっと違くありませんでした?」


 入浴中でもピンと背筋の伸びた桜は緩んだ顔付きで朱里の方を向く。

 様子がおかしいと言えば、桜もだ。朱里の目にはどこか機嫌が良さそうに見える。


 たしかそれは朱里がナンパされたのを湊が庇った後くらいからだろう。


「久しぶりに会えた気がするって思ったの」


 少々湯が熱いのか頬を紅潮させた桜は、肩に掛け湯をしながら答える。


 朱里には桜の言葉の意味がわからない。

 夏休み中に会えていなかった、という意味ではないということはわかる。何かもっと深い意味があることも。


「朱里には湊がどんな奴に見える?」


「えっと……そうですね。優しい人だと思います。穏やかで、平和的で、気遣いが上手だなって」


「そうよね、私もそう思うわ。……最近の湊はずっとそんな感じだった」


 でもね、と桜は続ける。


「私の中で湊は、いつだってヒーローだったの。今日のあいつ、かっこよくなかった?」


「はい。それは……」


 たしかにかっこよかった。

 いつもは穏やかそうな笑みを浮かべている彼が自分の為に怒ってくれて、助けてくれる。そんな湊を朱里がかっこいいと思うのは普通のことだ。


 自分ができないことを成し遂げる人は、かっこいい。



「あのね……実は私、小学生の頃、イジメられてたのよ」


「えっ!?」


 桜の告白に、朱里は思わず目を見開く。

 今はメガネも外しており、裸眼のせいで桜の表情はよく見えない。

 ただ、その告白は何故か穏やかな声に聞こえた。


「そんな私を湊はいつも助けてくれたわ」


「素敵ですね。そんな王子様みたいな人がいたら、私も好きになっちゃうかもしれません」


 朱里が珍しく冗談めかすと、桜は何故か頬を膨らませた。


「私はイジメられる前から湊のこと好きだったわよ。他にもちゃんといいところはあるんだから」


 桜が好きなのは王子様ではなく湊だった。

 湊がヘラヘラと笑みを浮かべる事勿れ主義になっても想いは変わらない。


「だからこそ。私は間違えちゃったのね」


 人を傷つける事を強さだと履き違えた。

 昔の湊だったら、言い返し、やり返し、返り討ちにしていただろう。

 しかし、湊は変わった。我慢し受け流すことを覚えてしまったが故に、桜が気付くまでに時間が掛かってしまった。


「……今でも時々震えるの。湊は本当は私の事嫌いなんじゃないかって。幼馴染のよしみで、無理やり付き合ってくれてるんじゃないかって」


 桜の声が次第に震えていくのを朱里は感じた。

 何か気の利いた言葉のひとつでも送れたらいいが、しかし彼女には何も浮かばない。


「私、この旅行が終わったら、湊に告白するつもり」


「えっ? こっ、告白ですか?」


「そう。ちゃんと自分の気持ちをぶつける事にしたの」


 もしかしたら振られてしまうかもしれない。

 でも、本音を伝えたら、その時はきっと──湊もまた、自分の気持ちを本音で語ってくれる気がする。


 そんな打算もあっての事だ。


「だからね、もし振られたら、慰めてよね?」


 朱里にはいつも気高く完璧な彼女が、初めて年相応のひとりの乙女に見えた。


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