原点回帰
遅れてすみません。
「よーし、こんなもんか!」
お昼ご飯の準備を終えたまさきがタオルで汗を拭う。鉄板の上で焼けたお好み焼きと焼きそばがいい匂いを風に乗せて運んでくる。
「あたしと朱里も着替えてくるから」
まさきはカバンをひとつ手に取って更衣室の方へと歩いていく。
「中嶋ーーー! ご飯だぞー!」
声を上げて中嶋とエマを呼ぶ。
割と距離があるはずなのに、足場の悪いはずの砂浜を全速力で走ってくる。
あれだけ遊んで疲れないのか?
「ご飯か! ご飯……ないな」
「ああ。焼きそばとお好み焼きだね」
「嘘ついたデスか?」
いや……。
もしかして君たち、米以外はご飯って言わない派の民族?
「今まさきと朱里が着替えに行ってるから先に盛り付けておこうか」
エマなんて、もう待ちきれないと言わんばかりの様子。濡れた前髪を掻き分けながら作業に取り掛かる彼女は大人びていて、年上のようにも見えてしまう。
「それにしても桃原さんはかなり重装備だね。ダイビングでもするの?」
「下衆の視線に晒されたくないだけよ」
片眉だけを吊り上げて中嶋に答える桜は毅然としていて、普段と変わった様子もない。
と、そこで着替えに行っていた2人が帰ってきた。
真っ黒なビキニ姿のまさきとワンピースタイプの朱里。
「遅くなって悪かったな〜」
「えっと……あぅ」
ちょりーっすと、いつも通りのテンションのまさきの後ろを恥ずかしそうに着いてくる朱里。
「デカいわね」
「デカイな」
「デカイね」
「デカいデス」
何がとは言わないが、朱里のそれはもうそれはもうそれはもう。それはモウ。
「ウシチチってやつデスね」
「こら、失礼だぞ」
まさきはエマに軽く説教をしてから、全員の手に皿を配り分ける。
「んじゃあ、食うか! せーの!」
「「「いただきまーす」」」
僕は一番に焼きそばを口に含む。
うーん! おいしい!
どうして祭りや海で食べる焼きそばはこんなにもおいしいのか!
「最高だわぁ」
中嶋はまさきに「あーん」をしてもらいながらピーマンを食べている。
中嶋とまさきはカップルというより親友のような雰囲気があったが、こういう恋人っぽい事を普通に出来るらしい。
……でも、あれだな。さっきからピーマンしか食べさせてないな。
「桜も湊にあーんってしてやれよ」
「はあ? するわけないでしょう。ましてや人前ですることじゃないわ。アンタたちバカップルと一緒にしないで」
「わかってないデスね。これを嫌がる男がいるわけナイデスよ!」
エマがお肉を一つ取って、僕の方に差し出してくる。
「え、えっと……あーん」
僕が躊躇いながらもそれを食べようとした瞬間、その肉が姿を消した。
犯人は桜だ。
もむもむと頬張り、何故かエマを睨んでる。
「全く。行着が悪いわ。湊も湊よ。エマの胸ばかり見てニヤニヤと。穢らわしい」
「い、いやあ」
反省はする。
でも、男なら誰だって目がいくだろう。
「でも、あの、桃原さん。大きくてもいいことなんて、あんまりないですよ。人目を引きますし、重いですし、疲れます……」
朱里がばるろーん、と胸を揺らしながら桜を慰める。中嶋とまさきがそんな彼女を食い入るようにみている。
「あのね。私は着痩せするタイプなの。普段はサラシを巻いてるわ。私の胸は万物の母よ」
なんて痛々しい嘘を……。
いたたまれなくなった僕は話題を変えることにした。
「そう言えばさ、今日手持ち花火を持ってきたんだ。夜になったらみんなでやらない?」
「おお!いいな! やろう。是非やろう!」
まさきを始め、みんなが賛成してくれる。
よかった。夏といえば花火だよね。
「ワタシ、後でビーチフラッグやりたいデス! ビーチフラッグでポロリはジャパニーズカルチャーデスよね」
やめろ。胸に話を戻すな。
僕はそれに被せるように、口を開く。
「僕はビーチバレーがしたいなぁ」
「ポロリデス」
君、胸の話しかできないのか?
「あー、でもさ。海って別に、特にやることないよな。雰囲気酔いしてるだけで、バレーボールなんて体育館でもできるだろ?」
「おい中嶋。お前すげぇ嫌な奴だな」
しかもさっきまでエマと散々遊び倒していたくせに。どの口が言ってんだ?
「あたしはだいぶ汗かいたからな。そろそろひと泳ぎしたいとこだ」
「そうね。私もそろそろ泳ごうかしら」
取り分けられた分の焼きそばやお好み焼きを消化したまさきと桜が海へと向かう。
「僕達も行こうか」
先程膨らませたビーチボールを脇に抱えていざ海へ。
「って、ここまでがお約束だよなあ」
波打ち際でのバレーボールはものすごく楽しかった。キャッキャウフフーと、大盛り上がりだった。
なのに──
「いいじゃん。こっちで遊ぼうよ。君たち別に付き合ってるわけじゃないんでしょ?」
休憩がてら買い出しに行った僕と朱里。
しかし、ほんの少し彼女から離れている間にどうやらタチの悪い連中に朱里が絡まれてしまった。
いや、気持ちは分かるよ。
今の朱里の姿は誰が見たって魅力的に映る。
けど、無理やりは違うだろう。
「離してもらっていいですか。この子、僕の友達なんですよ」
僕は朱里とナンパ三人衆の間に割って入る。
桜だったらきっつい罵声を浴びせて自分で追い払えるだろうが、朱里は違う。
僕はできる限り機嫌を損ねないように弱々しい笑顔を浮かべながら場を収めることにする。
面倒事はごめんだ。
それに、今回海を選んだのは朱里がまだ一度も海に行ったことがないと言ったからだ。
彼女の初めての海の思い出を悪いものにしたくない。
僕はペコペコと頭を下げる。
「すみません、みんなを待たせてるので」
「えー。じゃあ、その子たちも一緒にどう?」
「そうそう。みんなで遊んだ方がぜってぇ楽しいって。巨乳ちゃんもそう思うっしょ?」
セクハラド直球のあだ名で呼ばれた朱里がピクリと強ばる。
「……全く。遅いと思ったら、アンタたち何してんのよ」
ちょうどそのタイミングで桜が現れる。
「へえ、君も巨乳ちゃんの友達? 結構可愛いじゃん」
男のうちのひとりが桜の方へと近づくが、彼女はガン無視。まるで存在そのものに気付いていないかのような振る舞いでこちらへとやってくる。
「ごめん桜。朱里がナンパに捕まっちゃって……」
「へえ。それであんなにペコペコしてた訳?」
──アンタ、本当に変わっちゃったわよね。
桜はため息を吐いて言う。
確かに僕は変わった。
僕達は変わった。
桜は強さの意味を間違えたものの、自分の弱さと向き合い、変えようと、努力して今の桜になった。
僕はどうだろう。
昔の僕なら平和的な解決なんて考えもしなかっただろう。口よりも先に手が出るような奴だったし、言われっぱなしなんて有り得ない。このナンパ三人衆相手にも噛み付いていたはずだ。
でも今の僕は大人になった。自制心を身に付けた。
無難が一番だと知った。
「そんな今の僕が──桜には情けなく見えるのかな?」
他人との衝突を恐れるようになった僕だから、再開したときの桜とも向き合えなかったのだろうか。
言い返して、喧嘩して、互いの本音を言てれば。
「はあ……そっかぁ。そうだよなぁ」
ほんと、情けねぇや。
「ねぇ、お兄さん方。どうしてもって言うなら俺と遊びます?」
「あ?」
男達の手がピクリと動いたが、どうやら暴力を振るうほどの単細胞でもないらしい。
「悪いですけどアイス溶けるんで、失礼します」
まっすぐ三人衆の目を射抜いて言う。
他人と向き合うことから逃げちゃダメだ。
他人と対立することを逃げちゃダメだ。
それを分からせてくれたことには感謝しなければならないだろう。
結局、三人が追って来ることはなかった。