堪能。脳汁。そしてジルシチュアート。
基本的に朝は柊と一緒だ。
学年は1つ下の柊だけれど、通っている学校は同じ。
僕達は徒歩と電車で、計40分ほど掛けて登校する。
「これ、壁ドン? 誘惑?」
違う。満員電車で潰されそうなだけだ。
「にゃおーん」
違う。それはコンビニのレジ袋だ。
柊は桜と性格が165°ほど違っているのだけれど、こういう時々抜けた感じの事を言ったり、したりするところからは姉妹であることを感じさせる。
桜は重度のツンドラなので、普段は覆い隠されてしまっているが、彼女は彼女で可愛いところもあるのだ。
「他の女の事考えてる?」
右腕に柔らかい感触が伝わる。
ぷくっと頬を膨らませた柊がこちらを見上げ、僕の手を胸に抱いていた。
ちくしょおおおお、おっぱい柔らけぇぇぇなぁぁぁ。
僕は抵抗するフリをしておっぱいの感触を楽しむ。
何を隠そう。僕はむっつりスケベだ。
「らぎちゃんは他の男の事をちゃんと考えてあげないと」
何度も言うようで申し訳ないけれど、柊には彼氏がいるのだ。
僕が彼氏の立場だったら──自分の彼女が他の男の家から出てきて一緒に登校。更にはそいつに執拗におっぱいを触らせようとしている。辛いも辛い。
「僕は喜びよりも先に、彼氏に申し訳ない気持ちが沸き立つよ」
嘘を吐いた。
今だって僕は彼女のおっぱいの感触に思わず口許が緩んでしまっているというのに。
「そう。……やっぱりこれが狙い……?」
柊は小さな声で何かを言ってから、少し歩みを早めた。
当然、僕の右腕からたわわな感触が遠ざかる。
「やっぱり、よくわかんねぇなぁ……」
僕はそう零し、彼女に続いた。
僕が教室に着いた時、桜は既に学校へと到着していた。
「おはよう」
席に着く前、桜に対し一応の挨拶を口にするが、案の定返事はなかった。
桜の生霊であるさくらは僕への好意が生霊化したものだという。
しかし、この態度を見てしまうとどうしても信じられない。逆に考えて、自分が好きな人に、ここまで冷たく接する事ができるのだろうか。
「何? ジロジロと気持ち悪い。もしかして視姦? 本当に救えない人間ね」
「桜はさ……僕の事が嫌いなの?」
「愚問ね」
ハッ、と鼻を鳴らした桜はくるりと90°回転し、足を組む。あまり豊かとは言えない胸は、腕組みに寄って強調され、短めのスカートは組まれた足の妖艶さを引き立たせる。
ほんと、知らぬ間に可愛くなったよなぁ。見た目だけ。
「話はそれで終わり?」
「ん、まぁ」
さくらが嘘を吐いているとは思えないけれど、やはり桜から僕への好意を読み取ることはできない。
ハッキリと嫌いだと返ってこなかっただけマシと思うべきか。
僕は彼女の横を通り過ぎて席に着こうとしたが、その時後ろから凄い勢いで何かに引っ張られ、そのまま尻もちを着いた。
「痛ってて」
僕は何が何だか分からないまま視線を上げると、そこには僕の胸倉を掴んだ桜の顔があった。
「アンタから女の匂いがする。しかも、まだ新しい」
こいつは犬か!
「自首するなら今のうちよ」
「ぼ、僕は痴漢なんてしてません!」
視姦といい痴漢といい……。
桜の中の僕の人物像はどうなっているのだろう。
地味に韻を踏んでいる事がまた腹立つ。
そんな考えを他所に、桜は倒れる僕の太ももの上に跨ると、顔を近付けきた。
な、なに……?
くんくんと、髪、首、胸の辺りを嗅ぐと、そっと顔を離した。とはいえ今も尚、桜は倒れた僕に跨り半マウントポジションを取っている。
生霊のさくらとは違い、しっかりと血の通った桜からは温もりを感じる。
思わずその瞳に吸い込まれそうになり、息を呑んだ。
まるで宝石のようだ。
それに、彼女の魅力はそれだけではない。
その長いまつ毛も、色鮮やかな唇も全てが芸術品のように美しい。
思わず抱き締めてしまいたくなるような甘い香りは──僕だって嗅ぎ分けられる程度には慣れ親しんだものだ。
「一人は柊ね。間違いないわ。朝から一体何をしていたのかしら?」
こてん、と首を傾げ目を細める桜。
一見、あざと可愛くも見える彼女の仕草ではあるが、僕は心底恐怖を感じた。
「別にいつも通りだよ。らぎちゃんとは仲良く登校しただけだ」
ちょっとだけ声が上擦る。
「ふぅーん。仲良く……ね」
──ガゴッ
今のを躱せたのはほとんど奇跡と言っていい。
僕の耳に届いたのは壁に硬いものがぶつかる衝突音。
そこには桜の拳があった。
どっからどう見ても壁ドンである。
たしかに心臓がキュンとするけれど、これはトキメキじゃないな。
彼女の手にはビリヤードのボールが握られており、どうやらそれを掴んだまま僕を殴りつけようとしたらしい。
ボールは6番だった。
「3番の方がよかったかしら?」
そういう問題じゃない。
「柊には彼氏がいるって、本人から聞いてないの?」
「聞いてる。めちゃくちゃ聞いてる」
やっぱり良くないよな。
彼氏がいるのに他の男と仲良くするのって。
付き合ってる人がいる場合は、交友範囲を狭めろってわけじゃないけど、交友濃度は薄めるべきだと思うんだ。
僕は殴られたくない一心で、彼女の言葉に賛同する。
今朝、あれだけ柊の身体を楽しんだと言うのに。
……なんか、今の言い回しヤラシイな。
「分かってるならいいわ。柊は彼氏とラブラブよ。いつも隣の部屋からあんあん聞こえてくるわ。アンタの付け入る隙はないの。──だからもし、柊に少しでも気があるなら、そんな感情、今すぐ捨てた方がいいわ」
桜の顔は無表情だった。
一体どんな気持ちで、何を思って言った言葉なのか、全く伝わってこない。
それはそうとしても。
あんあんの話は聞きたくなかったなぁ。
小さい頃から知っているだけあって、ちょっと複雑だ。
柊は可愛いし、高校生なのだからそれも仕方ないとは思うけれど。
僕は胸がモヤモヤするのを隠すようにして笑う。
「僕には桜がいるから十分だよ」
──シュッ
突如何かが目の前を横切る。
「ピーラー? 何てもの持ってんだよ!」
桜は耳まで真っ赤に染めるとそのまま俯いた。
顔どころか耳まで赤いときは、暴力が来る前兆だということを幼馴染の僕は知っている。
昔だって、よくポカポカと肩を叩かれたものだ。
あの時は照れ隠しみたいで可愛かったけれど、ピーラーは流石にないよ。有り得なさ杉田玄白。
「ばっ、バッハじゃないの!? 何が、僕はお前だけがいてくれたら他に何も要らない、よ! そんな言葉で絆されるほど私は甘くないわ!」
いや、そんな事言ってないけどね。
もし桜が僕を好きなのなら、今のセリフでどうにか機嫌をとれると思ったのだけれど、全くの見当違いだったらしい。
「わっ、私はね、常日頃から女子力を高めているの。料理器具を持っているのも当然よ」
「聞いてくれ、桜。女子力ってのは物理に干渉する力じゃないんだよ。それから、バッハは作曲家だ」
暴力のどこに女子らしさを求めたんだよ。
「はぁ? 私の女子力磨きが間違ってたってわけ? あっそ。じゃあ、憂さ晴らしに殺極でもしてやろうかしら」
桜はふんっと顔を背けてそう言った。
どうやら間違いを指摘されて恥ずかしかったみたいだ。
「何見てるのよ。このもやしっ子パロパロザウルス」
いや、悪口のセンス!!!
「とにかく。柊の邪魔はしないで。知ってると思うけれど、あの子は少し人の心に疎いわ。アンタの方がしっかりしなさい」
今、僕達がどんな姿勢なのかはともかくとして──
話を戻した桜はかなり真面目だった。
桜の言う通り、柊はちょっとズレてるところがある。
彼氏とあんあんしているせいか、貞操観念も少し緩い。
「気を付けておくよ」
まさか久しぶりの会話がこんなものになるとは思わなかったけれど、ゲロほど口が悪くなっていようと、妹思いなのは変わらないようだ。
「アンタ、さっきからなにニヤニヤしてるのよ」
「いや、別に?」
ニヤニヤしていただろうか。僕はただ嬉しかっただけだ。
あの頃の桜は変わってしまったけれど、優しさや思い遣りの全てを失った訳ではない事が。
さくらと出会った今、このツンドラが少しだけ可愛く見えるのもまた事実。
いつか僕の心が耐えかねて、桜を嫌いになってしまう日が来るとしても、それはまだ先の話になりそうだ。
「で? もう一人は誰なのかしら? 無臭……臭いがしないという臭いがするわ。アンタの臭いが掻き消されてる。もう1人いたのよね。……誰よ」
「ぐふっ」
──あなたの生霊です。とは言えないよなぁ。
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次回はついに、桜目線のお話!
彼女の口が悪い理由の一端がついに明かされます!
是非、読んでください!




