旅行に行きます
明日はいよいよ旅行だ。
少し前までの私なら、自分がクラスメイトとどこかに遠出するだなんて、少しも考えていなかっただろう。
私はこの旅行の最終日に、湊へ自分の想いを伝えるつもりだ。
湊と出会ってから十数年。彼を好きじゃなかったときなんて一瞬もない。
だけど──だから、ここで区切りをつけよう。
この先、私が想いを伝えることを先延ばしにしても、結果がこれ以上に好転することはない。
きっと、湊を諦めることはできないだろうけれど、でも、そのときは頑張って柊を応援しよう。
「……何弱気になってるのよ。しゃんとしなさいっ」
パチンと頬を叩いて、化粧棚の鏡を見つめる。
私はこれまでずっと、湊を見てきた。
湊だけを見てきた。
──なのに、見えてなかった。
強さの意味を履き違え、彼を傷付けた。
愚かだ。
一層のこと死んでしまいたくなった。
だけど、この思いは止められないから。
決着を付けよう。新しい私たちの道の為に。
「お姉ちゃん? まだ起きてる?」
「起きてるわよ。どうしたの?」
控えめに開けられた部屋の扉から、柊が顔を覗かせる。まだ乾かしていないだろう髪はつやつやと光沢を放ち、薄手のキャミソールの肩紐がはだけている。
「湊にぃに告白するって、言ってたから」
「ああ、うん。そうね」
でも──多分、振られちゃうわ。
何となく、わかるのだ。
私は態度が変わったけれど、気持ちは変わらなかった。
対して湊は、昔と変わらず優しくて、思いやりに溢れていて、態度こそ変わらなかったけれど、気持ちの変化はあったのだろう。
今の湊の視界に、自分の姿が写っているようには思えないのだ。
「お姉ちゃんなら、きっと大丈夫だよ。湊にぃはお姉ちゃんを大事に思ってる」
「……かもしれないわね。湊は優しいもの。でも、恋じゃないわ」
柊は私の正面に座ると、ドライヤーを持って髪の毛を乾かせと催促してくる。
「どうせ寝れないでしょ?」
「そうね」
「お姉ちゃんは湊にぃと付き合えたら、何したい?」
「なによ? 付き合えるかどうかもわからないのに、なんでそんな話……」
「お姉ちゃんが振られたら、代わりに私がしてあげる」
我が妹ながら本当に遠慮というものがない。
「もし仮に私が付き合うことになったらどうするのよ。泣いても湊は私のものよ?」
「でも、幼馴染として接することまではお姉ちゃんは禁じれない。私が湊にぃとデートに行っても、お姉ちゃんは口出しできない」
「それは、確かに、そうかもしれないわね。でも、幼馴染として出掛けるのだから、それはデートじゃないわ」
「ちゅーしても平気」
「それは怒るわよっ!?」
全く。
もう少し謙虚に生きてもらいたいものだ。
「でも、もし私と湊が付き合ったら、柊は嫌じゃないの?」
「嫌……だけれど、それも必要なこと」
「必要? なにに?」
「湊にぃと私が末永くおしどり夫婦でいるために」
「……」
「付き合えるからって、結婚できると思ってたの? 高校生の恋愛が将来ずっと続く保証なんてどこにもない」
「柊……あなた凄く大人びたこと言うのね」
しかも嫌なことをサラッと。
「私はお姉ちゃんを応援してる。でも、最後に勝つのは私。この言葉を撤回するつもりは、一切ない」
☆☆☆☆
「ふがっ……ん、んあああっ!」
早朝。姉が打った寝返りによるビンタで目が覚めた僕は鼻先を擦りながら、涙を堪える。
鼻って人類共通の弱点だよなぁ。
朝日はまだ登りきっていないが、窓を開けて部屋へと入ってくる空気は生温い。
今日は桜や中嶋達と旅行に出かける日だ。
夏休み中、何度か集まって考えたプランはなかなかのもので、僕もこの日を楽しみにしていた。
「せっかくだし、支度でもするか」
荷物の整理は昨日の時点で行っているので、あとは着替え等の身支度のみだ。
ちなみに、僕が今日着ていく服なのだけれど、柊に一緒に選んでもらったのだ。
あんまり強そうな服ではないけれど、それがオシャレだと言うので、素直に従った。
僕の服のセンスって、かなり壊滅的らしい。
逆に、みんなどこで学んでんだよ。
僕はシャワーを浴びて、歯を磨く。
そう言えば、さくらは今回着いてくるのかな。
最近本当に寝てばかりで、ぐーたれているのだ。
幽霊も夏バテするのだろうか。
服を着てリビングへ。
時間は集合時間の3時間前を指している。
うーん。ちょっと時間あまり過ぎてるなあ。
「よし、もう少し寝るか」