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お勉



 今日から夏休み。

 何をするかと言えばもちろん!

 宿題である。


 歯磨きカレンダーこそないものの、短文日記がある。

 先に日記を終わらせて、日記に合わせて夏休みを送るか、それとも毎日コツコツやるか……。

 実に悩ましい。


 我が校は継続することに価値がある、という方針のため、夏休みの宿題は一日で終わらせるのではなく、毎日少しずつ問題を解いて勉強をする習慣をつけなさい、という支持が出ている。

 僕は7月に夏休みの宿題は終わらせてしまう派なので、去年この話を聞いた時は動揺したものだけれど、どうせ勉強はすることになるので、宿題は先に終わらさせてもらう。


 僕も悪くなったものだ。ヤンキーかな。


 できれば今日中に、ワークを一冊終わらせたいところなのだけれど……。

 ふむ。まずは英語からかな。


 僕は筆箱の中からシャーペンを取り出すとカリカリと書き込んでいく。


 いつもならさくらから邪魔がはいるのだけれど、どうやら今日はおねむのようで、ずっと寝てる。


 ──最近、よく寝てるんだよなあ。


 勉強中はそりゃあ、助かるのだけれど、それでもあの睡眠時間の長さは少し心配だ。

 もしかしたら、老犬よりも寝てるかもしれない。


 別に体調が悪いわけではないらしいのだけれど。


「でんでででんでんでーん!」


 突如部屋の扉が開かれる。


「たーだいまぁーっ」


「おかえり姉貴……うわっ、酒臭っ!」


 言うまでもなく朝帰りの姉。

 フラフラとベッドにダイブする。

 ほとんど帰省本能だけで帰ってきたようなものだ。


『ふみぃーっ』


 姉に潰されたさくらが変な声を上げる。

 僕はさくらの手を引っ張ると、そのまま姉の下から奪取する。


「大丈夫? さーちゃん」


『最悪の目覚めだよお』


 僕はため息を吐いてから、部屋の窓を開ける。

 文字通りの泥酔状態に陥った姉を一瞥してから、水を汲みに下の階へと下りる。


 僕はコップとピッチャーに氷水を用意するとそれを姉に飲ませる。


「ごふっ」


「うわっ、きたなっ! 勘弁してくれ!」


「みなこはあらしがたすけてやるからな」


 ダメだ。呂律が回ってねぇ……。


「助けるどころか、現在進行形で迷惑掛かってます、お姉様」


 零しながらも、コップ一杯分の水を飲み終えた姉。

 僕はゆっくりと姉貴の上体を倒すと、頭の下に枕の代わりにイカのぬいぐるみを差し込む。


 布団はともかく、枕に吐かれたらたまったものじゃない。


 ──ぴんぽーん。



 んん?

 今度はなんだろう。


「はーい」


「おはよう、湊。今日暇かしら」


 玄関を開けると夏休みに入ったというのに制服姿の桜があった。

 

「暇っちゃ暇だけど、どうした?」


「そう。暇じゃない柊は部活があって、暇じゃない私はこれから生徒会の仕事があるんだけど、その間に椛の面倒を見ておいてもらえないかと思ってね」


「暇じゃないことを強調する必要あったか?」


 まあでも、椛が来る分には歓迎だ。桃原三姉妹(ももばらさんしまい)の中では椛が1番しっかり者だしな。


「いいよ、任せてくれ」

 

「そう。なら、お願いしようかしら。あの子ももうすぐ中学生になるのだから、そろそろひとりでお留守番くらいできるようになってもらわないと困るのだけどね」


 そうは言ってもまだ小学生だ。

 女の子だし、用心するに越したことはないだろう。


「朝ごはんを食べ終えたらそっちに行くように言うから、頼んだわよ」


 そう言って去っていく桜を見送ると、僕は椛を迎えるために軽く部屋を片付けておく。

 元々散らかっているわけではないが、若干お酒臭い気がするので念入りに消臭スプレーを撒いておやつの用意。


 ほどなくして、本日二度目のインターフォンが鳴る。


「来たな、椛ちゃん。存分に遊ぼうじゃないか! 無論、勝負は全部僕が勝つ!」


「いえ、宿題があるので。……お邪魔します」


 慣れた足取りで玄関を上がりリビングへ。

 背負われたランドセルの中にはたくさんの教材が入っていることを匂わせている。


 わざわざランドセルごと持ってこなくても……。


「お兄ちゃんはもう夏休みの宿題終わったんですか?」


「え、まだだよ? 夏休みは今日からだし」


 小学生は……もう少し早かったんだっけ?


「見てください、これ」


 手渡されたのは椛の絵日記。

 色鉛筆で鮮やかに描かれている今日の一幕。

 既に今日のぶんを書き終えてやがる!?

 まさか、椛は予定に沿って行動する派の民なのか?


 ──おさななじみのお兄ちゃんのお家で夏休みの宿題をしました。お兄ちゃんはゲームをしようとしつこく迫ってきます。私は本当は宿題をやりたかったけれど、途中でお兄ちゃんのゆうわくに負けてゲームをしてしまいました。でも、ゲームは負けませんでした。


 僕は今日のページに書かれた文章を読んで椛に視線を向ける。


「なるほど。あくまで責任を僕に押し付けるつもりだな! だが、残念! この日記の内容は嘘だ。なぜなら今回、ゲームで勝つのは僕だからっ!」


 こうして始まった小学生女子対男子高校生の戦いは姉が起きてくる午後2時過ぎまで続いた。

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