決めたくない
体育祭が終わってしまえば、早いもので、あっという間に終業式を迎えてしまった。
いよいよ明日から夏休みが始まると思うと、楽しみ半分、少しだけ寂しい気もする。
「さて、俺たちも来年は受験生ってことで、羽伸ばして遊べるのも今年で最後だからな。旅行を楽しむために、是非とも最高のプランニングをしようぜ!」
中嶋の声で開幕したる旅行会議。
旅行に参加するのは僕と中嶋と桜、それからエマと中嶋の彼女であるまさきと、朱里の6人だが、今日の会議にまさきは欠席である。
「それで? 行き先に候補はあるのかしら?」
「それより、日程を先に決めるべきじゃないですか?」
「デモ、まずは何日間旅行するかキメないとデスよね?」
「まー待て待て、ガールズ達よ。実は俺の方である程度はプランを組んでみた」
質問攻めにしてくる女性陣をいなし、中嶋が続ける。
「期間は8月の10日から25日の間がみんなにとって都合の良い日程だな。2泊3日を予定してる」
さすがは中嶋だ。
数日前に夏休みの大まかな予定を聞かれたのだけれど、どうやら旅行のためのものだったらしい。この分だと、他のメンバーにも予定を聞いたに違いない。
大雑把そうに見えて、こういうまめな配分や気配りができる男なのだ、彼は。
「だから2泊3日として考えて、行き先をどうするかって話なんだけど、まずオーストラリアは候補から外そうと思う」
「まあ、妥当ね。修学旅行で行くし」
「あ、あの、でも私、海に行ってみたいです」
「言ってみたいって……え、朱里ちゃん海行ったことないの!?」
驚く中嶋の問いに、朱里はこくこくと頷く。
「是非行こう! 命懸けでいこうっ! 朱里ちゃんは真っ赤なビキニを買うんだっ!」
「ひえぇーっ」
臆面のない変態だなあ。
これは後でまさきに報告だ。
「中嶋、アンタ下心が見え見えなのよ、気持ち悪い。そんなにスイカ役がやりたいなら今すぐに砂場に埋めてあげてもいいのよ?」
「かち割られる……」
中嶋をまるでゴミを見るような目で見下す桜。
ただ、朱里はとても胸が大きいので、同じ男として中嶋の気持ちはわからないでもない。
態度には出さないけれど。
「湊はどっか行きたいところねぇの?」
「うーん。僕は特にないかな」
「何だよ、冷めてんなぁ」
「いやいや、みんなと一緒なら何処だって楽しいんだよ」
「はー、優等生なお答えですねぇ」
「主張のない人間を甘やかすのはやめなさい、中嶋」
さ、桜は相変わらず厳しいなあ。
でも。
僕は本当に、何処だっていいのだ。
「あ、でもね、あそこはおすすめだよ! なんとか山っていうパワースポット。空気も綺麗だし、御利益がある気がする」
「スーパーサイヤ人なれるデスかっ!?」
「わかんないけど、一年篭れば栽培になれそうな気はする」
「へぇー、いいじゃん、パワースポット。一応候補に入れておくか」
言って、中嶋はぽちぽちとスマホにメモする。
「エマはどう?」
「ワタシは日本の歴史知りたいデス! ニンジャとかサムライを知りたイッ!」
「まあ、忍者がいるかどうかはともかく、いいんじゃねぇの? なんか、俺、海外行く気満々だったけど、よく考えたら、別に日本にも良さそうなとこ結構あるしな」
「僕も国内がいいかな」
「アンタはどこでもいいって言ったんだから発言権ないわよ?」
「やっぱりどこでも良くないです」
日本がいいです。
「無難なのは関西ですけど、中学の修学旅行で行った人いますか?」
「行った」
「僕も行った」
朱里の問に挙手したのは僕と中嶋だ。
僕達関東民からすれば定番だと思っていたけれど、考えてみれば桜は中学時代は違うところにいたし、エマに関しては日本にいたかすらわからない。
「オオサカの人は本当におおきに言うデス?」
「うーん、どうだろ」
包容力のある歳上のお姉さんにおおきになんて言われてしまった日には、やる気が漲って仕方ないだろうなあ。
死ぬまでに一度は言われてみたい。
「よし。関西にしよう。絶対関西がいいよ!」
「鼻の下伸び過ぎよ。男ってみんなこうなの?」
はあっとため息を吐く桜。
中嶋はニヤニヤ顔でこっちを見つめている。
「うるせぇよ、中嶋」
「なんも言ってねぇけど?」
「顔がうるさい」
「お前も大概理不尽だなあ!?」
しくしく、と泣いた振りをする中嶋。
「仲良いですね……」
朱里は苦笑いだった。
「私思うのだけれど、日本の歴史=関西旅行という枠に囚われている気がするわ。ここは逆をついて北海道に行くのがいいと思うの」
「海入れなくない?」
「いかなければいいじゃない」
「ええ……」
僕もちょっと、海は楽しみにしてんだけどなあ。
「桜サン安心してくだサイ! 女の価値は胸じゃないって事くらい、みんなわかってマス!」
「はっ? はあ? ぜんっぜん、気にしてないけど?」
あー、そういう……。
確かにこのメンバーと比べると桜はちょっと……うん、まあ、そう、なんだよね。うん。
「何よ湊! 言いたいことあるなら言いなさいよ」
うわぁ、飛び火したよ。なんだよ。勘弁してくれ。
「みんな違ってみんないい」
「だからっ! アンタのそう言う主張のないところがっ……!」
あ、これはヤバい怒らせる。
「みんな違ってみんないい。でも、やっぱり僕にとっては桜が1番だなぁ。程よく手に収まるサイズと、ましゅまろみたいな柔らかさ。重量に逆らうその姿はまるで、社会の荒波に揉まれながらも家族の為に奮起する父のよう。そう! 桜のおっぱいは揉まれながらも奮起する乳だっ!」
「ふ、ふんっ! 分かってるならいいのよ。初めからそう言いなさい」
ふう。危ない、危ない。何とか急場を凌げた。
「……なんだか俺、この幼馴染の関係が、よく分からなくなってきた。なんで桃原さんはあんな満足気なんだ?」
「父のようなって……。ほとんど平らって事じゃないですか。明らかにディスってますよね?」
一応注釈しておくと、桜の胸に触れたことは一度もないので、ほとんど想像である。
柔らかさなんて、全く、全然先っぽ程度も知らん。
「桜サンは馬鹿なンだナア」
結局、行先は決まらないまま、後日再度話し合うことになった。
旅行は行くまでが楽しいだなんて言ったりもするけれど、本当にその通りだと思う。
もちろん、旅行に行ってからだって、存分に楽しむつもりである。
けど、仲の良い友達と集まって話し合う時間もまた終わって欲しくないと思えるような楽しい時間なのである。
「ねえ湊、みんなに言わなくてよかったの?」
帰り道。
桜がそんなことを訊いてきた。
はて、言うべきことなんてあっただろうか。
「ほら、湊って毎年、8月になると流星群を見に行くって言ってたじゃない。日にち、ちょうど被るんじゃない?」
あー。
そう言えばそうだったかも。
僕は昔から星が好きなのだ。
切っ掛けは姉貴に無理やり連れられてのものだったけれど、それでも毎年8月にはペルセウス流星群を見るために、こっそり一人キャンプをしたりしている。
みんなと話すのが楽しくて、すっかり忘れていた。
「でもまあ、星はいつでも見れるからね」
流星群なんて、意外と頻繁に見られるわけだ。
それに対して、照れくさい言葉を使うなら、青春は今だけ。
本当に、今だけなのだ。
「じゃ、じゃあ、どうせなら山に行けばいいんじゃないかしら! 海じゃなくて山に!」
こいつ、僕を心配してるフリして海に行かない口実ばかり考えてたのか。
「全く! みんなどいつもこいつもムネムネムネムネ言っちゃって! 巨乳がそんなに偉いのかって話しよ! 動きにくいだけじゃないっ!」
「……なあ、桜。まだ消えてないのか?」
「え?」
俺の問いの意味を悟った桜は表情を曇らせた。
今にも泣きそうな、弱々しさを感じる。
「……ええ、そうね。多分一生消えないと思うわ」
「そっか」
それは永遠に消えない傷痕。
どんなに今が楽しくても、未来が明るくても過去は変わらない。
僕も桜もそんな傷を残してる──。