覚悟を
すみません、だいぶ間が空きました。
あらすじ〜
事故チューしてしまった、湊と柊。
気まずい朝食を終えていざ、登校!
柊視点になります。
湊にぃと登校。気まずい……。
口数の少ない私に対して、いつも湊にぃはお話を振ってくれるのだけれど、今日の湊にぃは何も言わない。
まるで長年友達として接してきたのに恋人同士になった瞬間どんな距離感で接していいのか分からなくなってしまった中学生カップルみたいな、初々しく、気恥ずかしい2人の距離が──隣に並んでいく私と湊にぃのこの空白の1m。
「えへへっ……」
勝手に妄想して勝手に喜んでいる私を不思議そうな顔で湊にぃが見つめる。
恥ずかしくなって更に距離を取る。
「ねぇ、らぎちゃん」
「っ!? ……なに? 何用?」
3mにまで広がった距離で湊にぃの顔色を窺う。
事故とは言え、私のせいで湊にぃとキスをすることになってしまった訳だけれど、その件に関して彼が怒っているような様子はない。
いっそうのこと、湊にぃが怒っていたならば、まだ謝って、仲直りして、スッキリできだろうと思う。
ただ、湊にぃは負の感情を表に出すことが滅多にない。
感情を殺し過ぎるきらいがある湊にぃ。
その内心を察するのは難しく、本当の意味で彼を理解できている人なんて、それこそ湊にぃの姉である真央さんくらいのものだ。
湊にぃは怒っているだろうか。
一見、私に対して気を遣ってくれているようにも見えるけれど、ここまで何かを引きずるのも珍しい。
「も、もうすぐ夏休みだね」
いつものように、話を振ってくれる湊にぃ。
でも、その声には張りがない。
「どこかに出掛ける予定とかあるの?」
その質問に首を横に振る。
夏休みはきっと、毎日部活があるだろうし、友達からは遊びに行く誘いも受けている。
でも、今年の夏は湊にぃを何よりも優先するつもりだ。
真央さんは多分、今すぐにでも湊にぃを連れて行きたいはずである。
彼女の帰国が早まったのは偶然じゃない。
湊にぃといつ会えなくなってもおかしくないのだ。
それまでずっと気まずいのはイヤだなあ。
もし、仮に湊にぃが私を意識してくれているのならば、それは嬉しい事だけれど、でもそれで距離が空いてしまうのであれば意味がない。
例えば、湊にぃが今後、海外生活をする様になるとしよう。真央さんの仕事を補佐することになったとしよう。
お姉ちゃんはついて行くかもしれない。
お姉ちゃんは頭が良いから仕事も手伝える。
じゃなくても、湊にぃの恋人になったお姉ちゃんが後を追うかもしれない。
そしたら、私はどうなる?
私は……どうすればいい?
湊にぃの役には立てない。
真央さんだって、きっと私を雇ってはくれない。
このまま気持ちが腐り落ちていくのを待つ?
死に尽くすまで、気持ちを殺し続ける?
色褪せた世界。その中で唯一鮮やかに彩る存在。
それを摘み取って、忘れて、なかった事にする?
「いやだなあ」
いつの間にか止まっていた足。
湊にぃが少し前からこちらを振り返る。
「湊にぃは……キスしたこと、怒ってる?」
湊にぃは一瞬驚いたように目を見開いたけれど、小さな笑顔で言った。
「ごめんね」
……ほら、違う。
そういう事じゃない。
私が訊こうとしたのはそんな事じゃない。
「湊にぃは怒ってるの? だから、今日はいつもと違う?」
「……怒ってないよ。ただちょっと、自分を咎めたい気持ちとか、気まずさはあるかも」
頬をかいて苦笑いを浮かべる湊にぃ。
これが本当の彼の言葉なのだろうか。
嘘偽りない声なのだろうか。
私には彼の心は読めない。
「私は……私は嬉しかった。事故だったけど、初めてが湊にぃでよかった。……だから、謝って欲しくない。私には良い思い出ができた。湊にぃにとって、それが悪い思い出であって欲しくない」
いつか別れの日が来るとしても、きっと私の記憶にはこの日々が、あのキスが残り続けるだろう。
湊にぃが忘れても、私はずっと覚えてる。
「湊にぃにとっては嫌な事だった?」
「いや、僕にとっても嫌な事じゃなかったよ。らぎちゃんがそう思ってくれるなら、僕としては心が軽くなった気分だ」
「そう」
そっか……。そっか。
「ならいつか、湊にぃが私のファーストキスを貰い直してくれる日を楽しみにしてる」
「え……」
私は湊にぃの困った顔が好き。
今はまだ手の掛かる妹分でいい。
でも、やっぱり最後に勝つのは私だ。
強く、強く、己に誓った。
今回のお話で本章はお終いになります。
次回、最終章です。
もうすぐ完結します。