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きまずい



『湊くんいい加減にしてよ! それでも男なの?』


「うぅ……あと10分したら覚悟できるから……」


『それさっきも聞いたってば!』


 不毛な戦いが朝からずっと続いているのは、ひとえに僕が、柊と顔を合わせたくないがためである。

 幼馴染と事故ちゅーしてしまった僕は、結局どんな顔して彼女に会っていいかも分からないままに、この時を迎えてしまった。


 もしかしたら、柊はもう既に下で朝ご飯を食べているのだろうか。

 

 布団替わりのタオルで朝日を遮り蹲る僕。

 タオルを引き剥がさんと戦うさくら。

 

 僕の幼馴染1号は生身であっても、幽霊であっても、僕に優しくないらしい。


『しかたないなぁ。さくらが湊くんをサポートしてあげるから!』


「いや、らぎちゃんにはさーちゃんが見えてるわけだし」


『……そうだった』


 桜とコミュニケーションを取る時には、色々とアドバイスや気遣いの類の指導をしてくれるさくらだけれど、幽霊が見えてしまう柊にはその戦法は使えない。


 ちなみに、さくらのことは桜には永遠に黙っているつもりだ。

 僕のことを……その、好きって思ってくれてるのも、そうだし、もし一日中桜の生霊と一緒にいるとバレた時には、何を言われるか分からないからだ。


「はっ。なーんだ。やけにテストの点数が良いと思ったら、私の生霊にカンニングをさせていたのね? 恥を知りなさい、この生ゴミが──とか、言われそう」


 もちろんそんなズルをせず、ちゃんと勉強しているのだけれど。


『はーやーくー。いい加減にしないと、柊に起こしに来るよう伝えちゃうよ?』


「それはダメだよ! それはダメだ。絶対ダメだ。僕のタイミングがあるんだ!」


 よし、さん、にー、いち、ゼロ、でベッドを降りよう。

 そうしよう。


「さーん、にー、いーち、ぜーろ! ……てん、きゅう。れいてんはちー、れいてんななー」


『ポルターガイスト!』


「ぴぎゃぁぁぁぁ!」


 突如、何か見えざるものに引かれるようにして、僕は部屋を飛び出すと、転げるようにして階段を下り出す。

 意志とは反して一階に降り立った僕。


「おはよう、湊。遅いじゃないの」

「港にぃ、おはよう」


 いつもと変わらない二人の挨拶が僕を出迎える。


「お、おはよう」


 ……どうやら意識していたのは僕だけだったらしい。


 柊は何事もなかったかのように、小さな口でカリカリとパンを齧っている。


「ハァ……」


 息を吐き、姿勢を質す。

 寝癖を梳くようにしていつもの席に着き朝食を摂り始める。


「いただきます」


 今日の朝ご飯はエビのサラダと目玉焼き、それからサンドイッチと味噌汁。

 味噌汁の場違い感が否めないけれど、外も暑くなってきて、食べ物も喉を通りにくくなってきている季節なので、汁物はありがたい。


 僕はサンドイッチを両手で握りチラリと柊を見る。


 ……普通だ。


 本当にいつも通り。感情をほとんど感じさせない無気質な表情である。

 今日は化粧、してないんだな。

 そんなことを思いながらサンドイッチにかぶりつく。

 トマトの微かな酸味が僕の頭を徐々に覚醒させていく。


 今日の味噌汁は……あさりらしい。

 僕は冷めないうちに茶碗へと口を付ける。


「二人とも、今日はヤケに静かねぇ〜」


「げふっ! っ、あちっ!」


 ピンポイントで触れてきた母のせいで味噌汁を口に含んだまま噎せる。


 母さん、そこは触れないでくれ……。


 

「……今日は寝不足。運動が忙しくて、あまり眠れなかった」


 至っていつも通りの柊はお茶の入ったコップを置いて、母さんにそう答える。


「らぎちゃんはストイックね!」


「6回した」


「まあ! 私は体力がないから腕立ても腹筋も全然できないのよ〜。今度らぎちゃんと一緒にしてみようかしら」


 仲良さげに話す2人を見て、ため息を吐く。

 やめだやめ! 考えるのやめい!


 いつまでもダラダラと引きずってても仕方ない。

 しちゃったもんはしちゃったんだ。

 らぎちゃんには後で謝って、これで全部おしまいだ!


「あ、ごめん、ちょっと醤油とって貰っていい?」


 僕は母さんに手渡すために醤油を取る。





 ──はずだった。


 しかし、僕が掴んだのは醤油の入った瓶ではなく、柊の手。

 

 時間が静止する。


「……あっ、ああ、湊にぃ……」


「うぉ! 悪い! ごめんよ!」


 バッと手を離した僕は両手を膝へ。

 目の前の味噌汁をじーっと見つめて視線を動かさない。


 やべぇよ。やっべぇよ……。


 目だけ。

 目だけでチラリと横を見る。

 柊は僕が掴んだ左手を胸に抱いて顔を伏せている。

 髪の毛の隙間から覗く耳は火傷したかのように赤い。


 きっ、き、気にしてたあぁぁぁぁぁ。

 柊の方も全然割り切れてなかったぁぁぁぁ。


 どうする? どうすればいい?


 とりあえず僕は軽く腰を浮かせて醤油の入った瓶を取ると、母さんに手渡す。

 

 なるほど……。

 こんな時に彼女に対して、年上の男としてスマートな言葉を届けられない。不甲斐ない。そんなんだから、世の童貞達は女性から鼻で笑われるのだ。

 

 ……ここで、ここで黙って座っていいのか?


 腰抜けで、弱くて、情けない自分。

 そのままでいいのか……?


 僕は……僕は!


「らぎちゃ──」

「あんたいつまで立ってるの? 時間ないんだから早く食べないと遅刻するわよ!」


「え、あ、うん」


 僕は椅子に座り直す。

 救われたような。邪魔しないで欲しかったような……。


 フォークを手に握りサラダを掻き込む。

 はて、僕は今、一体何を言うつもりだったのだろうか。

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